第百六十四話 壁
あれから暫くして日が沈み、ヴィリアも帰って来ず、ひとまず私達はディオトルに用意された宿で寝ることにした。
そして、今は朝。一夜明けて部屋の窓からは登る朝日が街並みを照らしていく姿が見える。
どうすればいいのかも分からず、私は半ば放心状態で窓から顔を出し、ただただ町並みとともに輝いていく海を見るだけだった。
『サツキは、持ってあと二日だ』
マナティクスに昨日言われた言葉が脳裏に張り付いて離れない。
正確には、今の時間から三十六時間程度。明日の日没ごろまでがリミットだ。
……余りにも、時間が無い。イレティナはまだ諦めちゃダメだ、とは言っていたけどそもそもサツキのいる場所まで行くあてもないのだ。
サラマンダーも昨日から口を聞いていない。ウンディーネが復活する目処も立たず、ましてや彼女が復活した後にサツキを助けられなかったなんていうのも言えたことではない。
……高く、とても肥えられそうにない壁が私たちの前に立ちはだかっていた。
「……少し、外に出てきます」
私はサラマンダー以外誰もいない部屋を後にしようと窓から顔を引っ込め、扉の方へ向かって行く。
イレティナもコウヤもブリュンヒルデも、既に何処かへ行ってしまった。
起きた時には居たが、こうして窓を眺めていた間に、皆次々と出て行ってしまったのだ。
私の身体も動きたがっている、如何してかは分からないがとにかくそこらで散歩でもしなければ気が済まない。
*
散歩の道はできるだけ通行人がいない所にした。下手にパニックになられてもこちらが困る。
しかし、そう言った道を選んでいるからか、やはり道の整備は次第に無くなっていき、剥き出しの土の地面の上を歩く様になった。
島国の端だからか、よく海が見える。私は海岸沿いの道を見つけて、なんと無くそこに座った。
「……」
波が行ったり来たりを繰り返し、僅かではあるが私の座っていた場所にも水滴が飛んできた。
フェアラウスに行った時に、サツキは海のモンスターと戦っていた。あの時は刺身にするなんて言い出して驚いたっけ……。
海を眺めていると、色々と今まで皆と過ごしてきた思い出が蘇ってくる。
ウンディーネも、サツキも、それにサラマンダーも……今は皆、辛いはずだ。
もちろん、私も……。でも、今を乗り越えなければ……幸せはやって来ないんじゃないのか?
私は一体、どうすれば良いんだ……?
「サツキ……教えて下さい……」
そんな事を、私は不意に呟く。……こんなふうに言ってもサツキには届かないのに。
「……貴様、何故ここにいる?」
唐突に後ろから苦々しげな声が聞こえて来る。
「なっ……! ……ああ、貴方ですか」
その声の正体はヴィリアだった。昨日よりも動きやすそうな服装で、釣具の様なものを抱えている。
何故ここにいる、と言われてもどう説明するべきか……。
「……何故……ですか。なんと無くここに来てしまって……サツキはあと2日しか持たないと言われているんです。私が助けに行かないと、直ぐにでも死んでしまうらしいんです……」
ヴィリアは私が自嘲を込めて諦め気味にいった言葉を聞くと、少しため息をついて私の横に座る。
「貴様はそれで良いのか? ここで止まっているだけで」