第百五十六話 机
イレティナは匂いを嗅ぐ様な仕草を続け、歩みを進めていく。
真っ直ぐと進んでいき、まるで犬の様に匂いを嗅ぎ取っている様だ。
狭い洞窟の中で嗅覚に集中するために目を瞑っているにもかかわらず、しっかりとした足取りで彼女が進んでいった先には、先ほどの石造りの台があった。
イレティナはそこで足を止め、数度その台の前にしゃがんで嗅ぐ。
見当が付いたのか再度立ち上がり、イレティナはこちらへ顔を向け。
「……ここから匂いがするよ」
「そこは……儂の机ですな?」
祭祀長の机なのか……。いや、それよりも一先ず試してみるか。
「どんな匂いですか? ちょっと嗅がさせてください……」
私はイレティナの横まで行って屈み込み、その地面に突き刺さった円状の机に顔を近づける。
匂いを嗅いでは見る物の、鼻で感じ取れるのはほのかな土の匂いと苔の匂いがするだけだった。
かと言ってこれがイレティナの感じた臭いとも思えない。むしろ彼女だったらこんな匂いは日常茶飯事だろう。
「うーん……特別何か気になる匂いというのはしませんが……」
私は嗅ぐのをやめ、顎に手を当てて立ち上がる。
イレティナも伝わらないことが不思議だったのか若干戸惑っている様だった。
イレティナの感じ取ったものは、きっと幻ではないと思う。だがそれが分からなければどうすれば良いのやら……
「もしや……マナの匂いではありませんかな?」
「マナ、ですか……? マナに匂いが有るんですか?」
ディオトルの放った不意の言葉に私は若干困惑を覚えるも、疑問に思った点を挙げた。
マナはどこにでも有るけれど今までそんな風に匂いを感じた様なこともない。無味無臭のはずだが……。
「ああ、マナと言っても純粋なマナではございませぬ。儂はこの机でよく魔術の研究をしていましての、その時にマナを練り上げるのですじゃ」
つまるところ魔法やスキルを使っているということ、だろう。
しかし、スキルの使用と匂いにいったいなんの関係が……?
「マナはスキルでも魔術でも人の手が加わると何かしらの特性を持つものでしての、炎や氷、その様な魔法を使う場合、色で例えるならば赤や青と、そのマナの性質が変化するのですじゃ。更にそれが膨大な量になれば性質の差から匂いが生じる様なことも……」
性質の変化……私のマナはスキルや魔法で出しているわけではないから匂いも感じないのか……
……というか、膨大な量?その机にマナが?
「……つまり、その机には膨大なマナが?」
「微々たるものではありますがな。そこらのマナ濃度よりかは多くあると思いますぞ」
それって……つまり……!
頭の中で、二つあった点が見事に結びついた。全て、わかった。