第百五十四話 ディオトル
今の声が……祭祀長なのか?何か、転んでいたような気が……
「いててて……腰に雷が落ちたわい……」
「ご老体なのですから無理はなさらぬよう申したではないですか! さ、お立ちになられてください……」
穴の中から、辛そうな老人の声とそれを心配する女の声が聞こえて来る。
……こちらから行った方がいいかも知れない。
縄に縛られたままではあったが、私は足を踏み出して洞穴の中へ入っていった。
「あのー……大丈夫ですか……?」
洞窟の中を照らす松明の光が周期的に壁に縛り付けられ、岩肌をオレンジ色に染め上げている。
松明には油に浸されたのであろう布が燃やされている……松明はそう長くは持つ物ではない。定期的に誰かが手入れに来ているのだろう。
そんな風に思いながら洞窟内を眺めていると、こちらに背を向けてかがむ女の姿があった。
非常に小さいしわがれた手を握り、女が立ち上がるとその手の先には顔の半分をローブで覆い隠した老人……祭祀長がいた。
「おやおや……よく来てくださいましたの、フレイ殿」
祭祀長は服の間から見える口から嬉しそうに笑みを浮かべ、杖を支えに頭をわずかに下げる。
私よりも背が低い……どれだけ長く生きているんだろう……って、そうじゃなくて。
「どうして、私の名前を知っているんですか……⁉︎」
私はこの女にも名前を伝えていなければ、この祭祀長に伝えてもいない。
……でも、さっきからまるで私が来るのを待ちわびていた様な雰囲気は一体……?
「おっと、これは礼を欠いていましたな。儂はディオトル、この赤髪の方がヴィリアと申しますのじゃ」
ヴィリア、と呼ばれた女は私に礼を持つのを嫌そうにしながらも、深々とディオトルに続いて頭を下げる。
「ど、どうも……私はフレイです」
二人のお辞儀に若干たじろぎながら、私は同じように頭を下げる。
後ろからもブリュンヒルデがお辞儀をしているのか、金属が擦れ合う様な音が聞こえて来る。
「えっと……すみません、それでどうして祭祀長さんは私の名前をご存知なのですか……?」
「……そう祭祀長様を急かすな。この島で最も偉大な方なのだぞ」
ヴィリアは声を低くし、こちらを睨み付ける。
「ヴィリア! 儂はただの老人じゃ! 何もそこまでして貰わずとも、すでに十分礼は頂いておるわい」
ディオトルは叱りつける様に言うと、ヴィリアは何も言わずにそれを素直に謝った。
……よほど彼を尊敬しているのだろうか?
「ああ、すみませぬ。それでどうして儂が知っているかと言うことでしたな?」
「は、はい……」
ディオトルはおもむろに自分の立つ道を開け、私がその先を見れる様にする。
その先には赤い大きな布を敷いた岩の机の様な物があった。布には幾何学的な模様が描かれて、不思議と神秘的なものを感じる。
「マナティクス様に、お告げをいただいたのですじゃ」