第百二十二話 恐れの理由
イレティナは族長の鞭打を受け、固まってしまった。
固まった、というよりはむしろ筋肉が硬直して動けないような、まるで全身がつってしまったかのような状態だった。
表情は目を見開き、俯きながらもやはりそれは叩かれた時に動いた位置から変化はしていなかった。
まるで蛇に睨まれたカエル。何かが引き金となって、イレティナは身動き一つ取れないほどに怯えてしまった。
イレティナが族長と戦いたがらなかったのは、この事を危惧していたから……?
そもそも何が理由でイレティナは硬直してしまっているのか……
……やっぱり族長の鞭打が原因……?いや、判断材料も少ないのにそんなに急いで答えを求めてはいけない。
族長は今のところイレティナに追撃をするわけでもなくイレティナの真正面に立っていた。
イレティナが息を荒げて過呼吸気味になりかけているのに対して族長はただ立っているだけだ。
ともかく、今なら族長に隙がある。それにイレティナも現状ではとても戦えたものではない。
族長から引き離さなきゃ……!
若干草を覗かせる土肌を強く踏み、出来るだけ強い力を出せるように駆けっていく。
「てやぁっ!」
私は掛け声と共に族長の背へ向かって体当たりをした。
族長はため息を吐いて姿勢を少し前に逸らし。
「……また、こうなるのか……」
ッ……! 効いていない……⁉︎
族長はこちらも向かずに私の腕を掴むと次の瞬間、私は地面に組み伏せられてしまった。
「くぁっ……!」
腕がギシギシと痛みを上げ、思わず声をあげてしまう。
それと同時に首も締められてしまっているが、それよりも気になることがあった。
「ま……また、って……どういう意味……ですか……?」
痛みで絶え絶えになりながら地面に顔を向けたまま私は質問を投げかける。
「……昔イレティナが今日と同じように、同じ理由で私に勝負を挑んできた。貴様のように何処かから仲間を連れてきてな。そして、私に負けた」
仲間……?でも、イレティナは一人で暮らしていたはず……。
「仲間は……その仲間はどこに行ったんですか……?」
「……全員、殺した。娘だけは気絶だけで済ませたがな」
……!それじゃあ……このまま負ければ私たちも殺される……⁉︎
……イレティナが怯えていた理由は、こういう事だったのか……族長が恐ろしい訳ではない……私達が殺されるのが怖かったんだ……。
「が……は……っ!」
意識が遠のいて行く……このままじゃ窒息して……。
「そう長くは見守ってらんないわ!」
上にかかる体重が軽くなるのを感じると同時、息ができるようになる。
ウンディーネが、サラマンダーを持って族長と対峙していたのだ。