第百十八話 不安
「イレティナ……その手……」
イレティナの震える褐色の手を指差すと、イレティナはそれをもう片方の手で握りしめて震えを抑えた。
やっぱり……無理しているんじゃ……。
「……さ、そうと決まれば早く行きましょ。あの族長を探すのなら多分あの集落でどっしりと構えているんじゃないかしら?」
ウンディーネは私達を急かすように立ち上がらせると、一番最初に穴から出ていき、それに続いてイレティナも出て行った。
数秒私は穴の中で一人になる。穴の外からは山に似つかわしくない部族の喧騒。
サツキの為にもこの場で、族長とイレティナの問題を解決することを急ぐべきでは……ある。
イレティナは族長の娘だ。話を通して貰えばオルゲウスへ行く事も……。
しかし、だからと言って過程を飛ばして結果だけを得ようとすればから回るに決まっている。
私にはサラマンダーが解決を急いでいる気がした。ここ数日間動けなかったためと言うのも一つあると思う。
でも、もっと、何か別の方法があったのではないか、と思ってしまう。
今までのように万全な状態で挑むわけではない。サラマンダーは力を使えないし、イレティナの精神にも若干不安定さがある。特に……
「フレイちゃん?どうしたの?」
「あ、すみません。すぐ行きます」
私は外から顔を覗かせたイレティナに声をかけられ、急いで外へ走っていく。
「よし!じゃ、行こうか!」
外に出ると、ウンディーネも待っていたらしく穴のすぐ横にいた。
イレティナは元気なようにも見える。ただ、もう一度聞いておきたかったので、小声でイレティナに話しかけた。
「イレティナ……本当に、大丈夫ですか?」
「……大丈夫。私が絶対にやらなきゃいけないことだから。そう、絶対に……」
……特に、イレティナの精神状態が今回の鍵になってくるかもしれない。
それから数十分後、私達は集落に着いた。しかし……。
「……どこにも居ないわね」
集落には誰一人居なかった。族長も出払っていたのだ。
「……」
イレティナは先ほどよりも少し表情が緩んでいた。……やっぱり不安だったのだろう。
むしろ族長がいなかった事がいい方向に向いたかもしれない。
「イレティナ、今日は一度戻りましょう。もう一度新しい案を考えて___」
「イレティナ……何故ここに……」
その時、集落と森のちょうど間から出てくる人影がいた。
二、三人の仮面をつけた男達。先頭にいたのは族長だった。
「あ……あ……」
イレティナは言葉をつまらせ、立ち尽くす。
最初に対峙したときにはここまで恐れていなかったはず……。