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第百十四話 父と娘

 どこからどう見てもサラマンダーだ。

 土埃で少し汚れてはいるけど、間違いない。


「……なにこれ?」


 机に置かれたサラマンダーを指差し、イレティナは胡散臭げに見下ろす。


「イレティナ、この刀をお前に与えよう。誰にも見られないように地面に埋めてはいたが、洗えばすぐに綺麗になる……」


「それだけ?」


 イレティナはどこか不満げに、単調な口ぶりで言う。

 

「それだけ……? どう言う意味だ?」


「……私がこんなもの貰って嬉しいと思っているの?って意味」


 族長はなおも彼女の言いたいことがわからず、困惑するようなそぶりを見せた。

 イレティナはそれが気に入らなかったのか、表情がどんどんと険しくなる。


「……今なら行けるわね。あの族長も娘に気を取られているし、ここから下に急降下すれば___」


「待って下さい」


 今にもサラマンダーを取り戻すために二人の間に入ろうとしたウンディーネに、私は待つように頼む。

 イレティナは、族長と二人だけになった瞬間態度が急変した。族長の方の対応からして前からあった事なのだろう。


 しかし、族長のことを話す彼女は決して嫌味を言うような事は無かった。

 正直に言いたいことを言えず、気づいてくれない相手にまでイライラする。……きっと普通に、親に守られて生きてこられた人間なら最初に衝突するのはきっと自分自身の両親だろう。


 私はそれを経験できなかった。だから、今彼女が経験しようとしている事は貴重なこと。


「割って入るような事はしたくありません」


 ウンディーネも私の言いたいことを察したのか、下へ向かっていた体勢を上に引き戻す。


「こんな物……⁉︎ 確かに森にあった物だが、これにはマナが宿っている! とても貴重な物だ!」


「だから……! そう言うことじゃない! 私が欲しいのは物なんかじゃないよ! そんなことにも気づけないなんて、あんた本当に私の親⁉︎」


 そう叫ぶイレティナに、族長も椅子を蹴って立ち上がる。顔は見えないが、明らかに激昂していた。


「親に決まっている! お前には健やかに育って欲しいんだ! だから___」


「だから私に何もさせなかったって言うの⁉︎ なんでこの山に入った人を殺すのかも教えてくれないし、私に物だけあげて腫れ物扱い! だから私はここから出ていったのに……! また同じことを繰り返して……こんな物……!」


 そう言い、イレティナはサラマンダーを手に持ち振り上げる。このままイレティナが本気で壊そうとしたら、サラマンダーは……!


「違うんだイレティナ! 聞いてくれ!」


 族長は顔を真っ赤にして目を腫らすイレティナへ必死に呼びかける。

 しかし、次の瞬間にはイレティナは投げる事ができなくなり、族長の目の前は青色に染まっていた。


「ウンディーネ……!」


「流石にもう限界よ。今のサラマンダーじゃ耐えれるか分からないんだから……」


 ウンディーネはイレティナごとサラマンダーを抱え込んでいた。

 外と中を遮るカーテンを抜け、私たち四人は外へと脱出した。



*




「イレティナ……もう大丈夫ですか?」


「うん……ごめんね、フレイちゃんの友達を壊そうとして……」


 数十分経ってイレティナは涙がおさまった。部族の人間が総出でイレティナと私達を探しているが、簡易的に作った穴に隠れているのでしばらくは見つからないだろう。


「何言ってんのよ、私があれくらいで壊れるわけないでしょ? 今までどんな戦いだって切り抜けてきたんだから!」


「じゃあこの子にもう一度やって貰ったら?」


「……壊れないわよ? 壊れないけど、それはやめとくわ」


 ウンディーネが意地悪気に顔に笑みを浮かべて話す一方、サラマンダーは心なしか声が震えているようだった。


 そんな中、イレティナはいつもとは打って変わって暗い顔をしている。


「……フレイちゃん、その……あなたを騙していたみたいになっちゃって、本当にごめんね。 私、どっちかが本当とか、そう言うわけじゃないんだけども……」


「いえ、騙されたなんて思っていませんよ。ただ……彼、あなたの父は本当にあなたの言っていたことを?」


 正直、あそこまで行くと過保護にも思える。なにが正しいとかそう言うわけじゃないけど少なくとも好奇心旺盛なイレティナには重荷に感じる物だろう。


「まあ、ね……今まで何度もあんな風に言っていたんだけどもお父さん聞く耳持たなくて……。

 私が自分の仮面を叩き割って部族を抜けたのも、そんなふうに繰り返している時が我慢できなかったからなの」


 イレティナは伸ばしていた足を折り曲げ、その間に自分の顔を埋める。

 ……なるほど、話し合いと言うのは難しそうだ。一番平和的な解決方法は族長を納得させる事だろう。


 納得させる、と言うのなら方法はもう一つある。


「イレティナ、あなたの父……族長は恐らくあなたを自分より弱い存在と考えているはずです」


「弱い……から?」


「はい、彼は自分よりも弱い存在だからあなたを守らなければならないと考えているのです。

 族長なら尚更、より強くその感情が出るでしょう」


 私がそう言うと、イレティナは心外だ、とでも言うように顔を膨らませる。


「私は弱くないよ! 一人で十分生きているし!」


「そう、その通りです。ですから……勝つんです。あなたの父親に」

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