第百二話 脱出その1
「ほう……なかなかやるな」
跡形もなく消えた鷹を見てマナティクスは興味深げに言う。
今の鷹……消えた、という事は私も……戻れる、のか?
「しかし……熱光線?なんだあの捻りもない名前は。浄化の炎の名を与えてや……」
「いや結構です」
「なんだと!?貴様神からの賜り物を無下にするとはなにを考えているのだ!?
もっと有り難く考えるべきでは無いのか!?」
「いやでも浄化の炎ってちょっとキツイというか……。……あ、身体が……」
マナティクスのネーミングセンスに若干引っかかりを覚えていると、腕を光が包みぼやけ始めていた。
「む、そろそろ意識が戻る頃か。……さて、私が貴様に力を貸してやれるのはここまでだ。
その薄暗いところから抜け出すのはお前の手でやってみせろ」
マナティクスは心配するでもなく、淡々とその言葉を述べた。
それに対しては私も特に不満は無い。自分で乗り越えなきゃフレイたちにも顔向けができないし。
「……その、もしフレイ達に何か有ったら……その時は手助けしてあげてください。
きっとここから出るのは一苦労すると思うので」
私がもし評議会にいる連中と戦う事になったら、万が一死んでしまったら、それに備えての神様へのお祈りみたいな意味だ。
「馬鹿を言うな。私はただ気まぐれで貴様を助けてやっただけで情など全く持っていないのだ。
……まあ、精々早く戻るよう励め。そのでたらめな力でな」
突き放すようにも聞こえるマナティクスの激励に、私は不敵な笑みを浮かべて光に包まれていった。
目を開けると、そこには椅子に座って紅茶をすすっているホークアイと壁に無気力げに寄りかかる芦名がいた。
……先ほどまでの記憶はある。十二分なほどに。
あのホークアイの卑しげな言動もスキルの内容も、今すぐにでも殴りかかりたい気分だった。
「おや?目覚めたんですね、サツキさん。ささ、どうぞこちらへ、早速あなたのスキルをもう一度覚えていただきましょう。……構いませんよねぇ?アシナさん」
「……好きにしろ」
ホークアイが楽しげな雰囲気であるのに対して芦名は自暴自棄というか、無気力というか、印象で言って仕舞えば拗ねた子供のようだった。
まあ無理もない。理由は知らないが、彼は私の記憶を蘇らせるつもりだったのだから、私が記憶を取り戻せないと思っているならああなっても仕方がないのだ。
……しかし、この二人の気持ちを今から逆転するというのはなかなかに爽快かもしれない。
「ふふふ……さあ、行きましょうかサツキさん。あなたを強くして差し上げます」
「分かった。私ももっと強くなって評議会の役に立ちたい……」
私は必死にうつろな雰囲気を出しながら、呟くようにいう。
ホークアイはそんなことを露知らず、嬉しそうにしながら後ろを向く。
「そうでしょうそうでしょう、やはり貴方にはここが似合って___」
「なわけないだろうがあああああぁぁあぁッッ!」
「グアアアァァァァっっ!?」
ホークアイは背中を蹴り飛ばされ、壁にめり込む。
脚を引き伸ばしたまま片足立ちをしていた私は息を一つついてそこに直立する。
「な……お前……まさか……!」
芦名は音を立てて椅子から立ち上がり、驚きで言葉が詰まっているようだった。
「驚いたかい?この白いローブを見せるのは初めてだからね」
「いやそうじゃねぇ!お前記憶を思い出すのにはとんでもねぇ痛みと試練が……!」
芦名が指をこちらへさしながら叫んでいると、ホークアイも回復したのかよろめきながら立ち上がっていた。
「全くです……!精神世界に移動したとしてもあの鷹からは逃れられないはず……!」
「いちいち言っててもめんどくさいから言わないよ。ま、それはそれとして……私の目の前で、『研鑽』を使ったね?」
その言葉を聞いてホークアイは眉間にシワを寄せる。
まあすぐに差を埋められるようなスキルでもないし、まだホークアイを殺すには足りないだろう。
「じゃあ帰らせてもらうよ。『時空転移』……って、あれ?」
私は『時空転移』を発動しようとするが、それは不発に終わった。
……いやいや、おかしい。『時空転移』ってのは元の世界、この異世界の間に有ればいくらでも移動できるスキル……。
いや、むしろ……だからか?今、その二つの世界以外の場所に……?
「別次元……ってことか」
まあ、今はそんなこと言っていられない。今はとにかく……
「さっさと逃げさせてもらうよ!んじゃさいなら!」
私は部屋を『神速』で退出する。あんなとこから普通に出て行こうとしたら捕まって終りだしね。
『脱出マップ頂戴!』
『検索完了。マップを提示します』
『万物理解』は別次元であるにもかかわらず発動した、というか当たり前といえば当たり前か。
ホークアイもスキルを使えていたということはマナがあるということ、どこから取り入れているかはわからないけど。
「止まれ!中西沙月、『煌光』を持つこの私が相手をしよう!」
出口を目指して直進する中、唐突に私の目の前に女性が現れた。
……彼女は見覚えがある。確か私と戦いたいと言っていたっけ。
「……良いよ、君が満足して死ねる戦いをしてあげよう。私は『神速』と『蜘蛛糸』しか使わない」
「舐めた真似を……その甘さが貴様に敗北を喫させるぞ!」