第百話 リゲイン・メモリー
* * *
今までの、二倍も、三倍もの痛み。
それほどに重大なことを思い出そうとしていると言うことははっきりとわかる。
しかし……
「ーーーー!ーーーーー!」
この痛みはなんなんだ!?いくら叫んでも、無様に悲鳴をあげても和らがない!
何も見えない!何も聞こえない!ぐにゃぐにゃに視界が歪んで……
聞こえる音は……私の叫び声か?どうすれば……!どうすれば……!?
「ふふふ……二度と、思い出すことはないでしょうね」
そんな言葉がふと聞こえて来ると、いきなり風景が、視界が……痛みが消えた。
「な……」
何が起きたんだ……!?何も感じない……!?
と、とにかく身体の安全を……
「動くな」
手で胸元を探ろうとした瞬間、唐突に目の前から声が聞こえて来る。
落ち着いた声で、凛とした雰囲気を感じた。
声のする方向を見ると、黒く、大きな鳥が目の前にいた。
大きな、というのは普通の表現とは程遠く怪鳥とでも表せる程の……
「いや、そうじゃなくて……誰?」
「私か?私はお前の痛みを取り除く存在だよ」
「痛みを……?」
鳥のクチバシには、何か白く光り輝く物が咥えられていた。
そのクチバシが力を加える度にヒビが入り、黒く濁って崩れ去っていく。
塵となったそれを鳥は飲み干し、またクチバシに咥える。
食べているのか……?
「や……やめて……!」
何故そう言ったかは分からない。でも、今鳥が啄んでいるそれは私が失ってはいけない、何か重大なものの気がする。
「何故だ?お前は自分に痛みを与えているこれを無くしたくはないのか?」
痛み……どういう意味……
「ッ!」
私はその光る物体の先を見て愕然とする。
それは円柱状だったが、先端に行くにつれて、徐々に先細って、その先には……
「わ……私……!?私に、ささ、って……」
光り輝くそれは私の胸元と腹部の間を貫いていた。
それと同時に、貫いている辺りに鈍い痛みが感じるようになってきた。
「う……!」
「分かっただろう?さあ、私に身を任せろ……」
優しく寄り添うような声に私は体の力が抜けてしまう。
この鳥に、棘を取り除いて貰えば痛みも……痛みも……
『私にはまだ用事がある。やりたいこと、やらなきゃいけないこと』
唐突に、頭の中に言葉が浮かんだ。なんだ……これは……?
どこで聞いたかは思い出せない。
でも……この言葉が何かを伝えようとしている、そんな気がする。
私のやらなきゃいけないこと……?
『身体なんていくらでも治せる。難しいのは心の方さ』
また、言葉が浮かんできた。
……私のこの痛みは身体、いくらでも、治せる。だったら、私は……私のやらなきゃいけないことは……!
「む?どうした?」
私が白い棘を両手で抱え込むと、鳥は不審げに伺って来る。
……全く、また同じ間違いをするところだった。
「この棘が全部取り除かれたら、私の心には穴が開いたままだ。そしてここは多分、私の心の中」
「……だからどうした、お前の痛みに変わりはな___」
「違う!これは痛みなんかじゃない!私の記憶が、想いが!思い出せと叫んでいるんだ!
痛みがどうした!私はやり直せるなら___」
私は抱え込んだ光を自分へと押し込んでいく。胸を裂くかのような痛み、しかし叫び声は上げない。
「どんな針山でも極寒でも、耐え抜いて見せる!」
その言葉を叫び、私は鳥から光を取り戻し、全て体に収めた。
その瞬間、私の体が光り始め暗闇に包まれた世界を照らしていった!
「なんだと……!?」
それと同時に鳥の姿が明らかになる。
鳥は鷹だった。評議会のバッジそのもの、姿形何一つ違わなかった。
「やっぱりね!お前の正体はあのバッジだったんだ!私の記憶を棘に変えて、じわじわじわじわ私の心を蝕んでいた!」
指を指し、私は鋭い目線で鷹を睨む。
鷹は一瞬たじろいだが、すぐに嘲笑うようにこちらを見た。
「ふん!知ってどうする!ここの出入りは私が担っている!お前はここから出られないぞ!」
つまり……こいつを倒さないと出られないってことか?
……ふふ、上等だ!
真っ白な世界に足を踏み込み、私は白いローブを翻らせる。
鷹の上空に来た瞬間に、スキルを……!
「はぁっ!」
鷹は翼で風を巻き起こし私を吹き飛ばす。
鷹は私がスキルを使おうとしたにも関わらず全くの無傷だった。
「まさか……マナがないからスキルが使えないっていうのか!?
精神世界……マナの臓器もへったくれもないってわけか……!」
「ごちゃごちゃうるさいわァッ!」
鷹はまた風を巻き起こし私を地に這いつくばらせる。
スキルが使えないんじゃどうすることも……!
「ふん、口ほどにもない」
鷹がズシンと地を揺らしながら近づき、翼を構える。翼が振り下ろされ、最後の暴風が巻き起ころうとしたその瞬間……
「な……なんだあれは……!?」
真っ白な世界をそれ以上の純白で照らす光が現れた。白を超える純白。
それに見惚れていると、私を避けるように風が逸れていく。
「なんだ……!?バリアみたいじゃないか……!」
「みたい、ではなくその物だ。下等生物ごときが私の力を借りずに心を取り戻すとは感心したぞ」
尊大で、見下すような口調。でもそれは確かに私を褒めていた。
「あなた……もしかして……!」
「私はマナの原初にして祖、貴様らの世界を支える存在。名を、マナティクス・カースという。
私が名前を自ら言ってやったのだ。ありがたく思うと良い」