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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

香り立つ忠誠 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃん。人間と動物って、どちらが強いのかな?

 ちょっと前の漫画読んでて思ったんだけどさ、王様や軍人ポジションのキャラって動物飼っていることが多いじゃない。それも異様に能力が高かったりして。

 ペットより飼い主のほうが強いのは、漫画ではお約束。でも現実だと、往々にして動物のスペックは人間のそれを上回る。虫などに関してもしかりだ。なのにどうして、人様は飼い主という立場になることができるんだろう?


 これは人間同士でも当てはまる。正面から殴り合ったら弱っちい人のもとに、腕っぷしの強い者が集まって、組織を作ることは多い。どうしてそのようなことが、可能なのかな?

 血筋? 財力? カリスマ? 

 こんなところが、ぱっと思いつくか。ふたつ目以外は、どうにもふわふわして分かりづらいけどね。


 ――ん? なにか、その手の不思議な話がないか?


 相変わらず、知的好奇心は旺盛だね、こーちゃん。

 そうだなあ……単純な魅力とは言いがたいけれど、こんな話はどうだい?


 戦国時代のこと。とある武将が、領主の館の近くを通りかかった。

 武将はこの領主に仕えて、まだ日が浅い。主家が滅んだのち、浪人としてこの領内へ入ってほどなく、領主自ら勧誘を受けたんだ。

 提示された禄は悪いものではなく、いったんは押し切られる形で承諾した。でもまだ心の中には、かつて仕えていた主への思いが残っている。あの時、最期までそばにいられなかった無念さは、ときおり胸から染み出し、頭の中で海の波のように何度も返ってくる。


 ――本当に、この選択で良かったのだろうか。自分も主に殉ずるべきだったのでは。


 暮らしが落ち着いたせいか、そんなことを考える機会が増えた。

 もしも、いまの主が器でないとすれば、最低限の義理だけ果たしておいとまするのも、視野に入れていたそうだ。


 しっくいの塀の向こうからは、鳥や犬の鳴き声が聞こえてくる。塀に開いた「矢ぶすま」からそっとのぞいてみると、庭で領主が動物たちとふれあっているところだった。

 右手には厚い手袋ごしに鷹を乗せ、左手で足元の犬のあごをなでている。少し前に聞いた話だと、いずれも狩りのときに伴う相棒とのこと。


「よーし、よしよし。次も頼むぞ」


 そうつぶやきながら、交互に彼らをなでていく領主。普段はまげにしている髪を、いまは月代にしており、頭頂部の照り返しがまぶしい。

 矢ぶすまからのぞく武将の目さえ、ときにちらつかせるほどで、その下の笑顔もまた、若さ相応の麗しさを帯びている。


 ――美しい。が、それだけで渡れるほど、戦の世は甘くはない。


 つと、矢ぶすまから顔を外す武将。

 臣下になってより、初めての評定が数日後に迫っている。そこで領主の手腕を拝見するつもりだった。


 武将たちが集まってからほどなく、領主は部屋へ入ってきて上座へ腰かけた。小姓にくわえて、あの日に可愛がっていた鷹と犬もそばに伴いながらだ。

 むっとする武将だったが、いつものことなのか。周りにいる諸将は、黙ってじっと控えている。先ほどから部屋には香が焚き込めてあり、いささか品がよすぎると思っていたが、ひょっとすると獣臭さを消すためだったのかもしれない。

 評定は月々の収支に始まり、前月より続く任務の進捗やこれからの方針がどんどん議題として出されていく。それに対し、領主が意見をいって皆に尋ねるのだが、これも少し妙だった。


 領主に対する反対意見を、誰ひとり口にしないんだ。領主の言葉にただうなずいたり「御意に」と軽く頭を下げたりと、肯定の意を示すばかり。とんとん拍子でことは進むも、武将は首をかしげてしまう。

 かつての主の時は違った。領主の意見に対して、多くの臣たちがおのおのの考えを述べ、ときに熱気が部屋の中を渦巻いたものだ。数時間の激論を交わしたのち、しっかりと煮詰まったのであれば、そのまま酒と肴が振る舞われる。

 先ほどまで論を交わした者同士で盃を酌み交わし、ときにはゲン担ぎの余興がおこなわれたこともあった。それに比べると、この場の空気はあまりにもかけ離れ過ぎている。


 郷に入っては郷に従えというが、あまりにもあまり。

 そのうえ領主が口にするのは、現状維持に終始する無難な策ばかり。下手をすれば10に満たない子供でも、献ずることができそうな内容だ。

 それにしきりにうなずいて、ほめそやすことさえする諸将の姿をみると、太鼓持ちのように思えていらついてくる。

 

 ――ここはひとつ。自分から意見をぶつけてみるか。

 

 昨今の家の情勢を、完璧に把握しているわけではなかったが、それでもいくつか指摘すべき点がある。

 ところが、武将が手を挙げかけたところで領主はいったん言葉を切る。

 続いて、さっと領主が仰ぐように手を動かすと、小姓のわき。止まり木で休んでいた鷹がぱっと飛び立ち、天井の一角に向かって飛んでいく。

 猛撃、と呼ぶにふさわしかった。鷹がそのくちばしを目にも止まらぬ速さで何度も木材に打ち付けると、あたりにくずを舞わせながら大きな穴が空く。

 ほどなくして、ここにいる誰のものでもない叫び声が響き渡る。どたどたと天井の板を鳴らし、離れていく足音。

 おそらくは間者のたぐいが潜んでいたに違いない。


「追え。タジマ、シュリ、カズサ」


 タジマは犬の名前。シュリとカズサは穴の開いた部分に近い将、修理介しゅりのすけ上総介かずさのすけのことだった。

 これまで領主の脇でじっとしていたタジマは、ぱっと跳ね起きる。そのまま将たちの間を走り抜けたかと思うと、穴の下でもうひと跳ね。大人三人分はあろうという高さの天井へ飛び移り、穴の中へ潜り込んでいった。

 この時には、すでにシュリとカズサも部屋を去っている。すり足ながら、速歩に劣らないほどの足運びだった。


 だが武将がもっとも恐ろしく思ったのは、他の諸将の姿だ。

 鷹が天井に穴を開け、追手が放たれるまでの間、彼らは正座したまま口を閉じている。ざわつきも、手助けも、自分たちの服や体に降りかかった木くずを払おうともしない。

 領主がそれを咎めることはなかった。少し腰をあげながら退室していった者を見送ると、もう一度、報告から聞いた方針を口にし始める。

 今度は武将も文句の出てこない、もっともな内容ばかり。先ほどの方針とは大違いで、もしあの間者が逃げ延びたとしても、偽の報を持ち帰ることになる。

 特に異論をさしはさむこともできず、武将もまたぐっと黙るしかない。戸が開け放たれたままにもかかわらず、立ち込める香の匂いはいささかも衰えることがなかったとか。


 最終的に武将は、隠居するまでこの領主に仕えたらしい。

 あの間者のあぶり出しを見ている以上、とんちんかんな発案も、ひょっとしたら潜む敵をあざむくためかとも思ってしまい、下手に反論できない。間もなく彼も、たいこもちたちの一員と化してしまった。

 それでもいくらか、自分の意見を言おうとしたことがある。でもそのたび、いきなり強い頭痛に襲われて、言葉を喉の奥へ引っ込めざるを得なくなったらしい。平時でも戦時でも同じようなことがあり、彼は隠居して早々、医者を呼んで診てもらった。


 何人もの医者にかかった結果、ひとりが頭の中に病巣があると語る。医者のすすめに従い、ぐらぐらと煮だった薬湯を、あおること三杯。寝込むこと三日三晩。

 その三日目の晩で、武将は口から血と一緒に、白いムカデらしきものを吐き出した。寝ずの番をしていた医者は、すぐさま手拭い越しにムカデをとらえて握りつぶす。

 するとたちまち、あたりにあの香の匂いが広まった。ムカデが苦しむたび、匂いはますます強まり、医者はそれを薬缶の中へ放り込んで蓋をしてしまう。


 医者いわく、このムカデらしきものは、あの匂いが漂うところに微細な卵を浮かべて数を増やしているとのこと。ひとたび体内へ入ると、ひとりでに奥まで入り込み、その生き物の脳に巣くうんだ。

 寄生されたものは、この主人に逆らう気を著しく削がれる。そむこうとすれば激痛を持って警告し、いやでも首を縦に振らせ、従わせようとするらしいんだ。


 これを用いて、領主が得たかったもの。それは家臣ではなく、唯々諾々と従ってくれる下僕だったのだろう。

 ややあって領主は亡くなったが、付き従っていた家臣たちは、そのすべてが殉死をとげる。諸将を失ったこの家は、間もなく滅びてしまったらしいんだ。


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