僕がまだ話せたころ
これは、僕がまだ話せたころの話だ……。
あの時、僕は高校三年生だった。
三年前の春を思い出す。
「拓海先輩!」
後輩の南麻美が笑顔でこっちをふり向いた。
「おはよう」
僕は片手をあげて美術室に入る。
四月二十日。新入生が入部してからちょうど十日が経つ。
美術部は本来朝練はないのだが、始業三十分前くらいに、なんとなく一人で美術室にいたら、麻美も朝に来るようになった。
麻美とは中学三年生のときからの縁だ。
ぼーっとしたり、それぞれスケッチをしたり、窓際で喋ったり。
「拓海先輩、知ってます?」
満面の笑みのまま、彼女が近づいてきた。
「何が?」
窓枠に肘をついて、校庭を眺めてみた。運動部のランニングの声が聞こえる。
「生徒会長のことですよ!」
「……ああ、春日か」
春日晴花。僕と同じクラスで、クラスのリーダー的存在。生徒会長。中学校時代の悪友だ。
「彼女がどうしたの?」
「もう……全然知らないんですね……」
はあっ、と大袈裟に溜息をつく。
「春日会長のペン数本がですね、ほんっとうにそっくりなものと、差し替えられていたんですよ……」
「それは……気味が悪いね」
なんだか他人のぬくもりを感じるペンを想像すると……ぞっとする。
「なんで春日は気づいたんだ?」
「さあ……?でも、なんかわかるんじゃないですか?女の勘で」
麻美はショートカットの頭をつついた。
「本当に女の勘って怖いね」
「またそういうこと言うから……。ところで拓海先輩、どう思います?生徒会長の件。推理、聞かせてくださいよ!」
「さあね……情報が少なすぎる。」
「ええー……想像でも良いですからーー。なんか言ってくださいーー」
………。面倒くさいな。
「あのねえ……想像を推理とは言わないし、第一、僕には関係のないことだ」
「う…………。そ、想像で良いです!私は、正解じゃなくても刺激的だったら何でも良いんですから……」
それを言うか。
ううん。これは、正解というより麻美が満足しそうな刺激的な解を示せばいいのか……。
「物凄く突飛な想像なんだけど」
「はいっっ!」
「盗聴器じゃないか?」
僕も、こんなことが現実世界で起こることないとわかっている。
春日も生徒会長だが、平凡な高校生なのだから。
「なるほど……盗聴器!さすが拓海先輩!」
「でも……どっちにしろ普通の嫌がらせではないだろうね。加害者側の利益は全く無いし、嫌がらせにしては度が過ぎている。何か……あるんだ」
「でも……ちょっと相談乗ってあげてくださいね?中学校のころ、仲良さそうでしたよね。落ち込んでるかもしれないし……」
「ん……ああ」
気のない返事をしたら麻美に睨まれた。
「もう……そんなんだとそのうち後悔しますよ!あの時動いていれば良かった、あの時話していれば良かった、って」
麻美はもう、あの時の言葉を覚えてないかもしれない。
でも……あの言葉はまだ僕を縛っている気がする。
そんなことを思う、今日この頃だった。
ーFINー