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僕たちのプロトコール  作者: 和 をん
五月 不安定なジギタリス
10/10

秘密の院内庭園 その六

〈高村先生〉


庭園に咲く薔薇の垣根を見て、オレは思わずつぶやいた。

(これは俺たちの仕事じゃないだろう?)


一週間ほど前だっただろうか、深海先生が一生懸命薔薇の手入れをしていたのは。精神療法の一環で肺ガンのターミナル患者の面倒を見ていたらしいが、その患者が亡くなったと言っていた。その患者と最後に訪れたこの庭園で、深海先生は一緒に散歩をしていた。楽しそうに、笑ったりしていたのを思い出す。


(すげーよ、深海先生。)

何だこれ。

オレは思わず、息を呑む。

この間見たときは、ほとんどの薔薇が咲き終わって、赤い薔薇はどす黒く、白や黄色、ほとんどの花は力なく俯いていた。ピンクの薔薇は茶色く錆びたようになり、朽ち果てて、花びらは形を崩し殺伐としていた。深海先生は、その死んだ花々の頭をチョン切って、垣根をほぼ丸坊主に剪定していた。なんと言ったかデッドヘディングといったか、見頃を過ぎた花の頭を切り落とすことで、新芽や蕾が息を吹き返す。薔薇が深海先生の手で再び命を与えられ、喜びに満ちて咲き乱れているようだった。


(あんた、何なんだ?魔法使いか?)

(これは、医者の仕事じゃないだろう?)

何だか自分の身体の細胞が、ざわざわするような感覚に陥った。鳥肌が立つ。深海先生は、今までに会ったことのないタイプの未知の生き物であり、医者だった。

今まで自分の周りには、自分と同じようなタイプの人しかいなかった。父も母も医者。2つ年上の兄も医者。みんな当たり前のように、医者になり、診療所を構えている。抜かりのないように勉学に励み、医学を学び、病院に勤める。無駄のない、効率のいい仕事。次々とこなしてゆく業務。そんなのが当たり前だと思っていた。

今まで働いていた大学病院でも、周りは、どれだけ優れた医者になるか、誰よりも素晴らしい処置をするか。競争社会の中、どうやって教授に認められるか、そんなことを考える者たちだらけの中で過ごした。


(アイツは何モノなんだ?)

医者とは思えない、その言葉と行動にいつも調子を崩される。

茶髪で一見チャラい容姿の深海先生。看護師たちの受けが良く、患者の為に時間を惜しまない。オレの喫煙に文句をつけ、和菓子屋の跡取りのくせに、甘い物が苦手で…。ここで俯きながら、一生懸命薔薇の手入れをしていた姿を思い出す。風が彼の茶色い髪の毛を揺らし、薔薇の垣根を通り抜け、振り返った彼の目には、涙がいっぱい溜まっていた。

赤い薔薇より、白い薔薇のほうが香りが良いなんて知らなかった。薔薇の花をデッドヘディングするだけで、こんなにも美しく花が蘇るなんて知らなかった。そして、何よりも自分の中にこんな些細なことに感動できる心が、まだ残っているなんて思いもしなかった。





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