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怒りからなのか、メリアお義母様の持っている扇がミシリと音をたてた。
「リリアナ、こちらにいらっしゃい!ウェズリ王太子殿下、リリアナと話がありますので失礼いたします」
「私が居ては邪魔かな?」
「家族の事なので、この場では・・・」
私の腕を掴み、義母は挨拶もそこそこに、その場を離れた。
「いっ、痛っ」
強い力で私の腕を掴んでる義母は恐ろしい形相をしている。
控え室の扉を開けて、私を中に突き飛ばし、扉を閉めた。
床に倒れている私の手を容赦なく踏みつける。
「邪魔なのよ!お前はどこにいても、忌々しい!二度と私の前に姿を見せないことね!お父様には私から話します。・・・そうね、第二王子に棄てられた寂しさから従者を誘惑して二人で出ていった事にするわ」
「私の邪魔ばかりして、そんなに愛し子の私が羨ましいの!」
マリエヌが髪を掴み顔を上に向けられ頬を叩く。
「みっともない。」
口元や踏み潰された左手の甲からは血が滲み、赤黒く変色してきている。
気が済むまでじっと耐える、いつものことだった。
虐げられている姿を見られたくはない、そんなことを考えていると、不意に、窓の方からパチパチとした音と共に焦げた臭いがしてきた。
「!!」
煙と臭いが部屋を覆っていく。
慌てた義母と義妹が扉を開けて部屋から転げ出ると、控えていたメイドが部屋の中を見て悲鳴を上げた。
「誰か!火が、火が・・・」
騒ぎを聞き付け、人が集まってきた。
(何てこと!皆、お願い、水を!火を消してちょうだい、お願い)慌てて精霊にお願いする。
「火を消して!早く!」
マリエヌが大きな声で叫んだ。
燃えているカーテンに、何処からともなく水が降ってきて火を消した。
「火が消えた、何もない所から水が出た!凄い奇跡だ!」
「愛し子様だ、この目で見たぞ!」
(あっ、まずいわ・・・この状況は)
人々の騒ぎ声を聞いて、メリアも声を張り上げた。
「そうよ、マリエヌよ、マリエヌは愛し子なのよ!お前がマリエヌを怒らせるから、カーテンに火がついてしまったのよ、マリエヌが直ぐに水を出したからこれだけですんだのよ、お前のせいよ、リリアナ!」
(やはりメリアお義母様はそう言うと思っていたわ)
父が慌ててやって来て私を抱き起こし、部屋から連れ出してくれた。
「あなた、何故その娘を庇うの!愛し子のマリエヌの邪魔ばかりしているのよ。」
「私の大切な娘だ!!」
メリアとマリエヌをジロリと睨み付け、父は私を庇う様にして王宮を後にした。
馬車の中でゆっくりと呼吸を繰り返していると、少しずつ落ち着いてきた。
「お父様ごめんなさい、こんな騒ぎを起こしてしまって」
向かいに座った父は首を横に振った。
「私が全て悪い。メリアの事をそのままにしてしまった、家の事を見て見ぬ振りをしていた、悪いのは私だ」
「お父様・・・」
「リリアナ、疲れただろう、ゆっくり休みなさい。家には戻らない、このままセレイルとジェンリーの元へ行こう」
優しい笑顔の父にそう告げられ、リリアナはゆっくりと目を閉じた。
涙が、こぼれ落ちた。
気付いた時には、薄明かりが窓から射し込んでいた。夜が明ける。
窓に近づこうと動くと、左手に痛みを感じた。見るとそこには包帯が巻かれていて、口元の傷には薬が塗られていた。
(お父様がやったのかしら?)
窓からぼんやりと外を見ている。
『リリアナ、てとくち、おとうさまが、やってたよ』
『まだいたい?いたくなくしてもいい?』
(ありがとう、お願いするわ)
精霊達が手を治してくれている間、お父様の寝顔を見ていた。
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