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第1回いじめ対策委員会を閉じ、アオイは自分の教官室に足早に帰った。
ばん、ばん、ばん
今度は磁石でホワイトボードに3枚の学生調書を貼り付ける。
「パトロ・アズ・ミズリ。中等部2年。
ナレック・バルザック。中等部1年。
ガカロ・ボラリナ。高等部1年。」
宰相の次男、騎士隊長の嫡男、国教会準教皇長男。
ううーん。見事なテンプレート!ヒロインのお取り巻きにふさわしい面々。
いいね!いずれも碧が楽しく読んでいた<令嬢モノ>で攻略されていくイケメン達とピッタリである。
アオイはホワイトボードの中央左にアゼリア嬢の調書を貼って、三人と線を結ぶ。線の上に『犬』と記入。
調書のアゼリア嬢は、ストロベリーブロンドの綿菓子みたいな髪と少し垂れ目のアクアマリンの瞳。
写真絵が、うふ☆と言ってきそうな可愛らしさだ。こちらもヒロインにふさわしい容貌!
ヒロインは身分や男女の違いなど越えて、彼らをメロメロにする。劣等感だの孤独だの、ガキの中二病をその手のひらでころころ転がして、彼らの悩みを払拭する女神なのだ。
零落された彼らの婚約者や恋人はたまったモノではない。悪役令嬢がやっかみから意地悪するのに乗っかって、あれやこれやとヒロインに仕掛ける。無論、ご令嬢が手を下すパターンも多いのだが。それらの困難をもヒロインのか弱さ可憐さを引き立てる。彼らの庇護欲をかき立てる。
かくして、ヒロインとその取り巻きは彼らのお花畑を創り出すのであった・・・
といっても、この世界の場合はその趣旨がかなり変わる。
ヒロインが、まず庶民ではない。侯爵家令嬢だ。
そして
「断罪しようにも、ヒロインが王子の婚約者じゃない。」
テンプレートは、もちろんヒロインが王子すら攻略し、婚約者の悪役令嬢にいじめられる。
その結果、真実の愛に目覚めた王子は、あの手この手の卑劣な振る舞いを『断罪』し、とっちめる。ヒロイン勝利!
あるいは、
真っ当に抗議していた悪役令嬢の正義が通り、馬脚を現した実は強欲で淫売なヒロインが責められる。お馬鹿な王子は廃嫡。取り巻き達も不幸な人生に墜ちる、
という、ざまぁ!モノ。
そのどちらにも当てはまらない。見た目も振る舞いも、ヒロイン枠のアゼリア嬢だが、ポジションは悪役令嬢なのだ。
「クレア嬢は、高等部1年。浮ついた噂も聞かないし。お家柄はいいけど、悪役令嬢顔じゃないのよねえ!」
今度はボードの中央より右寄りに、クレア・レア・ヴァレリオーズの調書を貼る。←いじめ?と記入。
黒髪黒目の清楚だが割と地味な女の子じゃない。
銀髪つり目が欲しかったわあ。そんで、おーほほほ!と笑ってほしいわあ。
ん、まてよ。
「クレア嬢は、王子と同じクラス、じゃない?」
えーと、高等部・・・あった。フォーベルト・エリ・ド・アズーナ 17歳。
銀髪が銀色の瞳にまでかかり、もっさりしている。お世辞にもイケメン王子には見えないなあ。こいつも攻略されてるのかなあ。アゼリア嬢、メンクイじゃないのかな。
あ、でも、婚約者なんだから攻略も何も、結ばれる運命にあるのよね?
「クレア嬢が、嫉妬、している?」
もっさり王子の奪い合い?
王子の調書をアゼリアとクレナの真ん中に貼ってみた。
「・・・しっくりきませんねえ」
わあっ!だ、だ、れっ!イ・イーゼさん!
「・・・い、い、いつからっ!ここ私のへ、へやっ!」
聞かれた?聞かれたか、な?
「…部屋には一緒に入ったじゃないですかあ。貴女後ろも振り返らず、入って即ボードに夢中でしたからねえ。ここに座って貴女を見てましたあ。」
忍者か!猫か!猫顔だけど!
チェシャ猫の青年はアオイの隣に立ち、ボードを見ている。そして、トン、と3人の調書を指でたたいて、ニタ、と笑みを変えた。
「いずれ劣らぬ良家の子弟。アゼリア嬢のナイト達ですね。ま、名乗りもできない腰抜け達ですがね・・・。」
せめてしっかり自分の名前を書いてあれば株も上がるというモノです。それであれば、一介の女教師にイヌ呼ばわりされずにすんだでしょうねえ。。。。
「・・・ご内密にして下さい。私の部屋なのですから・・・」
「ええ、貴女の言動はとても興味がありますので。ご助力いたしますよ?副校長からも頼まれていることですし。」
「あ、りがとうございます」
「とりあえず、この3名から取りかかってみましょう。面談の準備をすすめましょうかね。ところでリーゼンバーグさん?」
はい?
「貴女、身体に2人いますね?」
ふえええええええええっ!!!!!
「今、私と話している貴女は、どちらですか?」
!!!!
目をひんむいて、後ずさったアオイにチェシャ猫の笑顔を消したシリアスな顔が迫ってくる。
マーレ師、畏るべし!