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いじめ対応マニュアルー転生教師はクビをかけて貴族令嬢を糾弾するー  作者: 神埼 アオイ
転生教師アオイとのアズーナ王国物語
5/45

5 アゼリア嬢ーいじめ対応マニュアル始動ー

「じさ・つ、で、す・・・か?」

「未遂です」


鯉のようにぱくぱくしている私にかぶさるように副校長が短く言う。


校長室の重厚な椅子に縮こまりながら、私は顔をおおって大きく息を吐いた。


『女子生徒が いじめを苦に自殺未遂』


新聞記事の見出しが脳裏に踊る。


『なお、担任は何も把握しておらず、学校側の対応の杜撰(ずさん)さが問われています・・・』


そんな女性キャスターのナレーションが聞こえる気がした。


ークビだ

ひええ、クビだ。クビならまだマシ。この貴族世界ではどうなるんだろう。なんたって相手は、


「ローレイナ家のお嬢さんですからね・・・」

「困りましたなあ」


アゼリア・アズ・ローレイナ侯爵令嬢。14歳。アオイが担任する1年2組の女子生徒。幼い頃から第一王子の婚約者として大切に育てられた<金の白百合姫>。

貴族学院に進学するかと思われたが、王子が王立学院を選択したため、後を追って入学したそうだ。令嬢中の令嬢である。

王子が即位すれば、未来の正妃。そして、国母・・・。


自殺・・・未遂。


(クビはクビでも縛り首だよお!)


やっと、アオイとして生涯一教師をがんばるつもりになったのに、転生して即断罪なんて、嫌だよお。


「・・・リーゼンバーグ先生もお越しになったことですし、校長先生、詳細をご報告してよろしいでしょうか。」


副校長のジュリナ先生が私の前に座った。シド校長のデスクを前に、斜め向かいに私と副校長が応接セットの左右に位置する形である。校長室は広く、他にも小会議のデスクと椅子がセッティングしてあるが、今の位置は密談用フォーメーションといってもよい。


事の始まりは、ローレイナ侯爵家の長子、王院の学生であるアーボルト・アズ・ローレイナからの電話から。すぐに邸に、という要請に、担任(私だ)不在ゆえ副校長が向かった。


そして。


(このことは、国許に赴いた父上母上にもお伝えしてありません。内密に調査をお願いしたいのだ。)


アーボルトは静かな怒りと沈痛な面持ちで語った。


(アゼリアは幸い大きなけがもなく、擦り傷と打ち身だけで済んだ。ただ、頭を打ったことと大きな悲しみのせいで心が不安定になっている。主治医のおかげで眠ってはいるが・・・。わたしはあの子がこれまでどれ程の辛さを堪えてきたかと思うと・・・悪魔をこの手で引き裂いてやりたい!)


アゼリア嬢は邸の大階段から、靴を脱ぎ、ふわりと自ら落ちたという。


階段下に横たわり、意識のないアゼリア嬢を侍従が発見。

アーボルトの指示で医師を呼んだ。


踊り場にきちんと揃えられたハイヒールには一枚のカード

<もう耐えられません。K・R・Vには>


・・・K・R・V。この世界はアルファベットが通用するようだ。


(アゼリアは再三のいじめに遭ってきたという!心優しいあの子は耐えに耐え、いつか分かって下さると、わたしの力を借りるまでもないと、常々言っていたのだ!耐えきれず・・・自らを無くしてしまおうとする程に、悩んで!)


副校長はアゼリア嬢に目通りさせてはもらえなかった。見舞いの言葉と、学院として生徒の心痛に気づけなかったことへの謝罪は受けてもらえはしたが。


でも、さ。


今を盛りの侯爵家だよ?この子がいじめたのー、と姫が言えば、相手のおうちは吹き飛ぶんじゃないの?


それだけの力を持っているはずだよね。相手が同等またはそれ以上でなければ。そして、そんなおうちは今アズーナ王国には、無いと思う。王家以外は。


(ー家として全面的に争うことは容易い。しかし、ローレイナ家が無傷とはいかないでしょう。何より、アゼリアの名誉が・・・。あの子の今後を考えても、ここは学院で起きた事として、調査いただきたいのだ・・・)


そして、副校長は、その話を持ち帰り審議すると邸を辞してきた、という。



「どうしたものかなあ・・・」

白いおひげの校長先生は、ほう、とため息。

呑気です。あなた最高責任者。


「学園のことはまず学園で。ローレイナ学士殿はご聡明であられる。リーゼンバーグ先生」


「は、はい」


「貴女は何もご存じなかったのね?」


白い上着と灰色のドレススカート。灰色のひっつめた髪はつややかで、気品と知性をたたえた瞳は、じっと私を見据える。

ジュリア副校長はたしか公爵の血筋。ずっと独身を貫き研究に半生を捧げた、アオイの大先輩である。


「ー何も。彼女は人望があり常に人の輪におりました。」


そう。なんたって高貴なお方なのだ。そして絶世の美少女。笑顔とアクアマリンの少し垂れた大きな瞳で、学年はおろか、高等学院の男達をもメロメロにしていた、筈。


「スクールカーストのてっぺんですよ、あれは・・・」


「スクール?」


「あっ、いえ、何でもありません!」

やばい。碧が出てしまう。


おかしいですわね、副校長はつぶやく様に口を開く。


「貴族の子女の嫌がらせなど、昔から絶えたことなぞありません。いずれ(たが)わぬタヌキとキツネ。そうあらねば、上流社会を泳ぎ渡ることなど不可能です。」


副校長の出自からすると、その社会をお一人で渡ってきた胆力と政治力がおありなんだろうなあ。


「だからこそ、私には理解しかねるのです。学院の最高格のアゼリア嬢が、ということ。そして彼女がなぜその状態を糾弾せず、自殺まで思い詰めたのか・・・」


そういえば、そうよね。


誰が何を言おうと意地悪しようと、無礼者!愚か者!とはねのけるだけのお家柄よね。


「ローレイナ学士が、負け戦をするとは思えません。学院側に裁きを委ねたと言うことは、それなりの勝算があってのことでしょう。そして、学院が加害生徒を罰し、排除することで、彼女の円滑な学校生活を保障するように圧力をかけている。」


「ですが!」


だめよ、と、アオイが制するが、碧は口に出してしまった。


「一方の言い分だけで、判断することは早急かと。もちろん、いじめはいじめがあったと被害者が訴えた時点で成立します。被害者側に立つことが、いじめ対応の一歩です」


「・・・いじめ。この事件を、貴女、いじめ、と呼ぶのね?」


「はい。」


思い出せ、私!

就業以来7年間、軽微ないじめも、モンスターペアレンツの対応も、あれもこれもあったではないか。校長室で震えながら、会議室で号泣する生徒を抱きながら、教師を辞めようかとか、やっぱこの仕事麻薬だわ、とか、あれこれあったわよね。


「ですが、等しく他の生徒にも人権があります。いじめはあった。という視点をもって丁寧な情報収集にあたることと、客観的にその情報を整理すること。複数の教師が組織的に動くこと。生徒の心理ケア。保護者への誠意ある対応。対外的な情報調整と内部における情報公開。それらのプロセスを立案させていただきます!」


私の背後には青白い炎が見えたかも、しれない。


いじめ対応マニュアル、発動じゃ!


縛り首には、ならないぞお!!






校長センセが、カ○○ルサンダースさんに思えてしかたがないの。チキンは胸焼け。

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