5月25日
「同じ日が繰り返されている」
そう気がついたのは一時間目の授業が始まってすぐのことだった。社会科の先生がまるで1日置きに喋るオウムのように私が昨日習った部分の授業をしている。
起きてから少なからずデジャブのようなものは感じていた。
遅刻しそうな私を急かす母の言動、猛暑日だと汗を垂らしながら伝えるニュースキャスター、珍しく手の込んだ朝ごはん...。
だがそれらは既視感さえ有れど、見慣れた光景であったことも間違いなかった。
だからこそ私はこの異常事態に気がつかずノコノコと学校まで来てしまったのだが。
これからどうすればよいのか、他に何か変わってしまったものはないか、「今日」が終われば「明日」は来るのか。
様々な不安が私の脳裏を横切る。
そんな事を考えているとどこか遠くの方から授業の終わりを知らせるチャイムの音が聞こえた。
気がつくと既に周りは用具を片付け、教師の姿はどこにもなかった。
どこかこの張り詰めた緊張感のようなものが授業という一段落で緩み、私はそこでようやく自分の状態に気がついた。
額から滝のように流れ落ち、セーラー服の肩部分をぐっしょりと濡らしており、自然と鼓動が早くなっている。
恐怖していたのだ、体は自分が思っていた以上に。この異常事態に。
結局私はどうすることも出来なく、六時間目の授業を終えてしまった。
帰りのSTが終わると誰よりも早く教室を出て家に帰った。
家に帰ると部活の事を尋ねる母親の声が聞こえたが、生返事をして私は階段を上がり自分の部屋に逃げるように入り込んだ。今は部活どころではないのだ。
ダメだった。
何も手がかりを得られなかった。
一日の繰り返しについてインターネットっという文明の利器を用いて調べても、出てくるのは洒落怖の話か、ふざけた超常現象や小説、ゲームなどの卓上で行われている解決策の無い娯楽目的のものしかなかった。
なぜこうなってしまったのだろうか。
確かに休みの日や、楽しい事がある日などはもう一日今日が来ればいいのに、と思ったことだってあった。
だが昨日は何もなかった。特に変わったことはこれといって何もなかった。
ただいつも通りの日常を、いつも通り行なっていただけだ。
いつも通りの日常をいつも通りに。
ふと布団に投げ捨てたスマートフォンを見る。
「5月25日8時32分」
そう表示されたスマートフォンを見て、部屋を出て階段を下る。
そろそろ食事の時間だ。
リビングへ行くと既に一人で食べ始めている母と目があった。
が、母は再び視線を食事へと下ろし食べ始めた。
私も席に着くと、まだ温かい料理たちを食べ始める。食事の途中何度か今日の出来事を母親に話そうかと思ったが、結局打ち明けることが出来ずに、それどころか一言も言葉を交わすこともなく母は食事を終え、風呂場へと行ってしまった。
残された私は、何故今日のことを言えなかったのか、そのことを後悔しながら一人で黙々と食事をしていた。
結局母親とは言葉を交えることなく、布団に入った。
これからどうなるのか、私は一体どうすればよいのか。
朝考えていたことと似たようなことが脳裏に浮かぶ。
だがやはり眠気には勝てず、思考はだんだんと散り散りになり、私は深いまどろみへと落ちて行った。
目が覚めた。いつもとなんら変わらない朝だ。私は急いでスマートフォンを確認する。
そこには
「5月25日7時10分」
そう表示されていた。
どこか、どこか、眠る時に根拠のない安心感はあった。
この以上現象は「今日」限定で「明日」にはもういつもの日常が戻ってくるのではないかと。
そんな淡い希望があった。
だが現実は違った。
私は三度5月25日を過ごすことになっしまった。
目が覚めた。スマートフォンを確認する。
そこには相変わらず
「5月25日」
と表示されていた。
あれから6日がたった。
大した進展は何もなく、ネットで調べてわかったことといえば、この以上現象の解決策はどこにも載っていないということだ。
他にも色々な努力はした。
お祓いに行って見たり、いかにもというお守りを買ってみたり。特にこれといった効果もなかったが。
だからこそ、この異常現象から逃れられないとわかったからこそ、私は逆にこの状況を楽しむことにした。
この空間なら何をしても次の日には元どうりなのだ。
とりあえず、まず最初に学校を休み前からやりたかったゲームを遊んだ。
母には熱があると嘘をついたが、本気で心配をしてくれる母に胸の奥が少しチクリと痛みを感じた。
目が覚めた。
スマートフォンを覗き込む。
「5月25日」
それだけが表示されていた。
つらい。
私は一体どれだけの「今日」を過ごしたのだろう。1日だと遠出も出来ず、あまり時間をかけたこともできない。そして近場でできる遊びなどほとんどがやり終わっている。
私は一体何をしていたのだろう。
同じ行動、同じ会話、同じ景色。
何千何万回見てきた。
何も変わらず、ただ私だけが覚えている。この世界の人々はまるで機械のように同じ行動しかしない。
私だけがいつも「今日」の中で異なる行動をしている。まるで私の方がおかしいかのように。
もはやこの世界は最早なんの面白さや新鮮さのかけらもなく、ただただ私にとって苦痛なものでしかない。
いい加減、この私にとっても、世界にとっても異常な現象を終わらせよう。
私は持ってきたロープを握った手に力を入れる。
そして天井にそれを吊るす。
あぁ、やっと終わる...。
そうして椅子の上に足を掛け、首に縄をかける。
こんな終わり方はしたくはなかった。
本当なら学校生活を満喫して、部活を仲間たちと精一杯楽しんで、彼氏をつくって、いい大学に入って、みんなで遊びまわって、いい企業に就職して、幸せな家庭を築いて...。
目からこぼれ落ちた大きな粒がロープと床を濡らす。
それと同時に脳裏に親の顔が浮かび上がる。
あぁ、お父さん、お母さん、先に旅立つことを許してください...。
震えて思うように動かない足に精一杯の力を込めて動かす。
「......っ!」
蹴り飛ばされた椅子は乱暴にドアにぶつかり派手な音を立てる。
「がぁっ!ぐぅあっ...!」
苦しく体を動かすか、すでに足が地に着く場所などない。
そして次第に意識が薄れゆき。
目が覚めた。