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始まりは純粋な瞳から

 あれから何度夜明けを迎えただろうか。

空を飛んでその先に進んでも楽園なんて物は見つからず。かと言って自分のような奴が本来行くべき場所も見つからない。

 ならば未だ見ぬ世界を見ようと地平線まで飛ぶと引っぱられるようにあの場所へ連れ戻される……腰を見えない縄で括り付けられているようだ。


 そうか、歩ける足がないと進めないか。


 脈打つ鼓動がないと遠くへ行けないのか。


 自由を奪われてこの場に留められているなんてまるで呪いのようだ。


 身体が腐ると散り散りになって大地へ帰り、命の糧になって世界を循環していると言うのに。

 心だけが残ってしまった。

 一番厄介な物が消えずに残ってしまった。

 全てから忘れられて自分に掛けられた呪いのような現象を怨んでも、それよりも強い感情が溢れ出て来る。

 口には出さない。出してたまるものかと耐えていたら足音が聞こえ、振り向くとソイツがいた。

「お母さん……どこ……?」

 その時、純粋な瞳で見上げる幼いソイツを追い払う事が出来なかったのは……心の奥底で溢れ続ける苦しみに腕が突き動かされたのだろう。

 安心させる様に頭を撫でようとしたが上手く撫でる事が出来ず、仕草だけで頭上を撫でると自分でも驚く程優しい声が出た。


「よしよし、可哀想にな。一緒に探してやる。……お前、名前は?」

「……分からない。呼ばれた事ないの」

「そうか……儂が呼ぶ時に不便だからグラーズと勝手に付けるぞ」

「うん。ありがとう、お爺さん」









 トコトコトコトコ。


 グラーズが鬱蒼と茂る木々の間を縫うようにして歩いていると、一際大きく太い木の根が入り組み、畝った根が土の毛布から飛び出していた。

 根が伸びる過程で真っ直ぐ育つ事が出来ずアーチのようになったそれをくぐったグラーズ。足下を見ると太陽の光が届かない土はほんのりと湿っていて、フカフカの苔が広がっていた。

「わぁあ……! 気持ち良さそう……! わーいわーい!」

 グラーズが苔に寝転ぶとゴロゴロと転がり無邪気に笑う。すると森全体で大きな傘のように折り重なった木々の葉が揺らいで微笑みを自分に向けているようだった。


 そして苔の上で遊ぶのも辞めて起き上がると再び歩きだし、鼻を森の傘に向けるように動かしながら即興で作った曲を歌いながら進んで行く。すると木々によって光が遮られたこちら側の世界と明るく照らされた向こう側の世界が二分されている所まで来た。

 グラーズは世界を跨ぐように森から抜け、光を遮る木の生えていない原っぱに抜けると頭や身体に太陽の光が当たって思わず大きく欠伸をして伸びをする。甘い香りに目を向けると土が盛り上がり、花が咲き乱れている場所があった。その直ぐ前に座り込んでいる小さく痩せ細った老人を見てグラーズは目を輝かせて走り出す。

「じいちゃーん!」

「げぇ、また来たのかこの餓鬼! 帰れ帰れ!」

 グラーズが老人に跳び掛るとその枯れ枝のような身体を摺り抜けて地面に転がり、老人は迷惑そうに広げた手を上下に振るとシッシッと追い払おうとする。

「じーちゃんはどーして僕では触れないの?」

「だぁら! 昨日も言ったろうが! 死んでるんだよ! 死、ん、で、る!!」

 老人は原っぱの一部盛り上がった土を指差すとグラーズの頭に殴りかかるが老人も手が摺り抜けてしまいフワフワと小さな身体が宙に浮く形で終わってしまう。

「くっそー! 腹の立つ! 触れればこんないつの間にか懐いた餓鬼位、二度と来れないように追っ払うのに!」

「じーちゃん今日は何の遊びをする!? 言葉遊び!? それとも物語を聞かせてよ!」

「言葉遊びでも、いくらルールを説明してもお前は理解してないじゃねぇか。物語だって何度同じ話させるんだ馬鹿! 脳みそチンチクリン! あぁー! 鬱陶しーー!」


✳︎


 老人が暫く喚き散らすとやがて疲れ果てたのか何も暴言を吐かなくなり、項垂れて動かなくなった。

「じーちゃん、じーちゃん」

 グラーズは老人の傍に座る。

 老人は諦めたのか溜息をつくとグラーズの目を見た。


「死ぬってなあに?」


 純粋に疑問を投げかけるグラーズ、そして老人は考え込むとやがては雲を目で追いながら口を開く。この老人はいつもグラーズに怒るがある程度怒りが収まるとされた質問にも律儀に答えてくれるのであった。

「死ぬってのは、儂みたいになる事だ」

「触れなくなるの?」

「触れなくなるし、見えなくなる」

「僕は見えてるよ?」

「煩い! 他の奴には見えねぇんだ!」


 老人は細い腕を振り上げると拳を握る。


「生きてたら……腹も減るし眠くなるし、うんこだっておしっこだって出る。身体があるからな……だが死ぬと眠くならないし、腹も減らない。身体が土に還って魂だけになっちまう」

「お腹が減らないのは良い事だね! 僕も死んだら毎日ご飯に困らなくて良いのかな!?」

 老人は皺が深く刻まれた瞼を見開くと細い拳を思い切り突き出すがグラーズの頭を擦り抜けた。

「良い訳あるか! 良かった事なんて一つもない! お前なんて嫌いだ! 皮を剥いでやる! それか殺してやる! あっちいけ!!」

 触る事が出来ないこの老人、どれだけグラーズを恐がらせようとしてもそれは実現する事はない。

 それでも自分の放った言葉で先程より不機嫌になって大声を上げる老人から逃げるようにグラーズは慌てて走り出し光が降り注ぐ草原から一線跳んで薄暗い森の中へと帰って行った。


✳︎


 トコトコトコ。


 落ち込んでしまったグラーズ、来た道を戻りながら薄暗闇を歩いていた。この道を進む時は森の傘に鼻を向けていたのに帰る時は鼻を苔の毛布に向けている。


「やあ、一人でお散歩かい?」


 柔和な若い男の声がグラーズの耳に入った。



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