#夕や黄昏という文字を使わずに夕方が来たのを文学的に表現してみてください 及び #パスタの作り方を怖く書く
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私、この時間帯がとても好きなの。会いたいあまりに流れる涙で、あなたを無駄に心配させてしまわずに済むもの。」
バリッと不吉な音を立てて、パスタの袋を左右に引きちぎる。勢い余って中の麺が一本だけ折れてしまったが、胃の中に入れてしまえば同じことだ。そのまま紙の輪を取り去り、軽くバラバラにした後に、煮え立つ湯にくべた。その様子は、不幸を暗示する卦の棒のようだった。
次は玉ねぎだ。古くなった茶色の皮を剥ぎ、俎板に荒っぽく置いた。その弾みで少し転がり去ろうとした様に少々、彼の悲惨な運命を拒む意思を感じ、無慈悲な己に背筋が寒くなった。ともあれ切らねば話は始まらぬので、俎板に抑えつけ、滑って逃げないよう垂直に刃を入れた。
だが、玉ねぎの意思やささやかな復讐などは恐るるに足らない。私は、ウィンナーの方が怖い。良い店で買ってきた高いウィンナーであるから、使っている皮は勿論・・・何でもない。そうだ、胃に入ってしまえば全部同じだ。手につく肉汁も、美味の前奏曲と思えば何でもない。
水を切った麺、切ったウィンナーや玉ねぎ、それからピーマンを炒めていたところに、トマト缶を加える。トマトの液の中にトマトの果実が入っているため、時折、ボトリ、ボトリ、と音を立ててフライパンに落ちてゆく。ナポリタンらしさが一気に増す。
混ぜてゆくと滲む様な赤色も薄まり、全体が橙色となってゆく。皿に盛り付けて、ようやく一息つける。
皿を居間に運ぼうと調理場に背を向けた途端、ゴトリと無機質な音がした。怖いもの見たさで振り返るも、もとの場所になかったのは、切りかけのウィンナーだけだった。