第95話 ドレアーク王国へ
「こりゃーひと雨降りそうですな」
小太りの男が、心配そうに空を見上げた。
レオンハルトに同行する駐在員のうちの一人だ。
名をトマス=ライムネルドと云う。
黒い山高帽をかぶり、黒のコートを羽織っている。
今日のレオンハルトのような重装備とは全く違い、今にも王宮に出向くような服装だ。
(あんな軽装で大丈夫なのかな・・・?もしも賊なんかが出たら・・・それともよっぽど戦いに自身があるのか?)
レオンハルトはそう思いながら彼を見る。
黒いコートの上からでもお腹がでっぷりしているのが判る。
(・・・とても戦いに自身があるようには見えない・・・)
「服装はいつもそれで?」
レオンハルトがじっと見ていると、逆にトマスの方からから聞かれた。
「え?」
「出かける時はいつも、そんな重装備なんですか?」
「え、いや、その・・・」
レオンハルトが言葉に窮していると、トマスの隣で馬を走らせるもう一人の男が笑った。
「ははは。トマス、我々の方が普通じゃないのかもしれんよ。なんたって山越えだからね」
「・・・まあ、そうともいえるな」
「・・・」
こちらも駐在員の一人だ。
名はアンヘル=マデラン。
彼もまたトマス同様軽装だ。
しかも帽子すら被っておらず、銀色が少し混じる薄茶色の髪が見えている。
彼らの年齢は共にレオンハルトの父親より少し若いくらいだろうか。
そのアンヘルが、優しそうな眼差しでレオンハルトを見つめた。
「私たちは何度も仕事でドレアークとレガリアを往復しているからね、慣れているんですよ」
「はあ・・・。慣れているといっても大変でしょ・・・?」
レオンハルトは、チラリとアンヘルでは無くトマスを見る。
このアンヘルはいいとして、恰幅の良いトマスは、失礼ながらとても山越えをするほどの体力があるように見えない。
トマスが笑う。
「はっはは。いや、普段は飛行魔法で行っているんでね、馬よりは楽ですな」
「―――確かに・・・」
レオンハルトには使いこなせない魔法だ。
「馬に魔法をかけるわけにもいかないですしねえ」
「・・・」
今回は、最近の天候の不安定さを考慮し、馬での移動となった。
勿論、ゴールドローズへ行った時は飛行魔法だったが、それもロベールが何度も飛行魔法をかけ直したからなんとか飛んで行けた。
一国の王子としての品格を重んじれば、これを同行する駐在員に頼むわけにはいかない。
飛行魔法で飛んでいて何かが起こってからでは遅い。
だから、表向きは『天候の不安定さ』を理由にし、馬での移動をとる事にしたのだ。
(・・・後ろに『いるであろう』人物は、馬は使わないらしい。徒歩で僕たちに付いてくるというのだろうか)
(僕が、飛行魔法を使えたら・・・)
もしも行くのが兄さん達だったら、苦労せず早くドレアークに着いた事だろう。
(失念、していた・・・)
『自分がドレアークに行く』と言ったばっかりに、こんな事に・・・。
今更ながら後悔した。
レオンハルトは申し訳なさそうに頭を下げる。
「・・・すいません。・・・僕が、魔法が使えないばっかりに」
その『表と裏の理由』を知っている駐在員二人は、首を横に振った。
アンヘルが口をひらく。
「馬での移動もたまにはいいものです。我々がまだ若く下っ端だった頃は、馬での移動のみでしたから。かなり鍛えられましたよ」
「そうなんですか!?」
「ええ。それに雨や雷などの気象条件ですと、飛行魔法の魔法が弱まってしまう可能性もある」
(じゃあ、天候の不安定さを考慮するって、あながち嘘でも無い?)
アンヘルはにっこりとほほ笑んでレオンハルトを見た。
「我が王の我が儘につきあっていただきとても光栄に思います。それになにより、我らは国と国との懸け橋の役目を担っている仕事をしていますので、その駐在している国の意向を汲むことは、我らの仕事です。馬で行く事は、痛くもかゆくもありません」
「あ・・・。ありがとう、ございます・・・」
そう言ってくれると、涙が出そうになるくらい有り難い。
すると、アンヘルが急に表情を変えた。
少し不機嫌な様子だ。
「・・・本来なら、魔法など使えなくともいいのです」
「え?」
レオンハルトはそのアンヘルの発言の真意がわからずキョトンとした。
アンヘルは吐き捨てるように続けた。
「平和の為に使うならまだしも、戦争や何かを傷つける為に使う魔法など」
(どこかで聞いた事のあるセリフだな。・・・シュヴァルツ・・・?)
シュヴァルツは今どうしているのか、情報すら入らない場所にいるな、僕。
(シュヴァルツに直接会って元気でいるのを確かめたいのに、どんどん遠ざかっている)
・・・僕は馬鹿だな。
(親友だなんて、もう言えないよね)
――――でも、それでも、まだ僕は彼と繋がっていられる。
ギュッと剣の柄を握りしめた。
そう。
こっそり、父から貰った魔石ペンダントが破損しているのが気にかかり、もう一つ護身用にとシュヴァルツが置いていったユリウスさんの剣を持ってきていたのだ。
父さんから貰った破損した剣はまだ修理中なので、別の剣を宛がわれたが、こっそりこのユリウスの剣と差し替えた。
(最後に身体検査されなくて良かった)
トマスがたしなめる。
「おいおい、アンヘル。そんな話するもんではない。ましてや国王にでも聞かれたら」
(そ、そうだよね。魔法は戦争で使うものではない、なんて、国に携わる仕事をしている人が発言したのをシュヴァルツ以外で聞いたことない)
しかし彼はどこ吹く風だ。
(ドレアーク国王・・・)
どんな人物なのだろう。
父さんたちからしか聞いた事がなく、あまり詳しくない。
「あの、ドレアーク国王は、魔法が好きなのですか?」
すると二人がきょとんとした。
そしてトマスが盛大に吹き出した。
すると彼の騎乗している馬も、びっくりしたのか体を震わせた。
「あっはっはっは!魔法が好き、はははっ!」
「これ、失礼だぞ、トマス」
笑いすぎて涙を拭う。
「ははは、すいません、つい。しかし魔法が好き、ですか。まあ確かに魔法の研究に熱心ですので、好きなのでしょう」
レオンハルトは魔法研究と聞いて思い出した。
「魔法の研究とは、どんなことを?あ!そうだ!魔法研究所という施設はどんな研究をしているのですか?」
(もしかしたら、魔法研究所にいるデルフィーヌさんの情報を掴めるかも!?)
すると、さっきまで爆笑していたトマスの顔が急に真顔に変わる。
「・・・まあ、研究所の事は、極秘事項ですから」
「・・・」
トマスがチラリとレオンハルトを見る。
「ほら、王子ならわかるでしょう?レガリアでもそんな事項や施設があるのではないですか?」
どうやら少し焦っているような気がする。
(これ以上は聞けなそうだな)
レオンハルトは魔法研究所の事を聞くのを諦める事にした。
「・・・わかりました。じゃあ聞かない事にします」
するとトマスはあからさまにホッと胸を撫で下ろしていた。
アンヘルが話を変えた。
「さ、急ぎましょう。北の方では大雨らしいですから、こっちも降るかもしれない」
「そうだな。最近ほんとに天候が悪くてかなわん」
そう言って帽子をグイッと目深に被った。
レオンハルトも馬の手綱をぐい、と引っ張り、馬の速度を上げさせ、二人の後方を走りだした。
チラリと後方を見たが、まったく『彼』の気配すら見えなかった。
(ほんとについてきてるのかな)
自分で行くことを志願したのはいいが、不安は増すばかりだった。