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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第四章 それぞれの思惑とマギアスファウンテン
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第87話 マギアスファウンテン第四層(2)



「―――――何かの気配だ!」



オーウェンがそう言い、気配のする方へ神経を集中させる。

腰に携行した自身の武器に手をかけたままだ。


レオンハルトも身構え、剣の柄に手を置く。

心の中は吐きそうなくらい緊張している。

「ど、どどどどどうしよう・・・!ごめんなさいオーウェン。僕が一人で歩いたばっかりにっ・・・」


「もう過ぎた事だ。とにかく今は、このまま何事もなく元の場所に戻る事だけ考えろ」


オーウェンは緊張の面持ちで、前を見据えたまま続ける。

「いいか、前を向いたまま後退するぞ」



「う、うん・・・」

喉がゴクリと鳴る。



じり、じり、と一歩、また一歩と後退する二人・・・。



しかし・・・。




「ギシャアアアアアア!!!!」



突然、大きな鳴き声が奥から聞こえてきた。



「なんだッ!?」


あたりをキョロキョロ見渡す。


すると・・・。




「うわああああああっ・・・!」


「こ、これは・・・、まさか・・・」

さすがのオーウェンも目を見張った。




―――――霧の中から、巨大な生物が現れたのだ!




「ちいっ。本物の魔物が出やがったか・・・!」


オーウェンが自身の武器である短剣、スティレットを抜き、構えた。

チラリとレオンハルトを見て思う。

「竜、ね・・・」

(王子の言っていた事はあながちウソでは無かったか)



見上げてやっと頭上の角が見えるぐら大きいその生物―――――魔物かもしれない―――――は、ドラゴンの種族の姿かたちをしていた。

大きな両翼、頭から尻尾の先まで灰色だった。

頭には長い角が二つついている。

地面にどっしりと置かれた足は、前足二本、後ろ二本と計四本あった。



そのレオンハルトは腰が抜けて地面に尻もちをついていた。

「おい、大丈夫か」

そう投げかけるが、

「あ、あ、ああ・・・」

返事になっていなかった。


オーウェンはため息を吐き前を見据える。

(これはマズイな)

(一人なら走って逃げる事もできるかもしれないが、王子を抱えてとなると、速度が落ち、魔物に何をされるかわからんな・・・)

オーウェンはそんなレオンハルトを尻目に、冷静に次々と考えをめぐらすが、何も良い案が見つからない。


そして無意識のうちに左頬の傷をさすった。

(・・・十年前に戦った魔物とは、比べ物にならないくらい強そうだな)


「しかし何故魔物が・・・。ここは第四層だぞ?」

オーウェンはつぶやく。

この巨大な魔物が、十年前に拾った『竜』同様、迷子になったわけでもあるまい。

「まさか、な・・・」

魔物を見上げる。

(ん・・・?)

ふと、何かに気づくが。



「オーウェン!!!!」

ようやく落ち着いてきたレオンハルトが叫んだ。


「ちっ」


魔物が大きな口を開け、こちらへ向けて火を吹いてきたのだ。


「戦うつもりは無いんだ!」

そうオーウェンが叫ぶが、魔物は理解するはずもなく。



ゴオオオ!


再び魔物は火を放つ。

巨大な炎がこちらに向かってくる!



「【防御壁】!」


オーウェンが咄嗟に防御壁の魔法を詠唱した。

どうにか炎を防ぐ。


(このまま防御壁を張ったまま逃げるきるのは無理だな・・・)

「仕方ない!王子、下がっていろ!」


「え、えっ!?」


オーウェンは狼狽えるレオンハルトを尻目に、スティレットを構え直した。


「【シュトローム】!」

ひとまず中位水属性魔法を放った。

水属性魔法にしたのは、炎を放っていたからだ。

なにせ、魔物に関する情報が少ない。

どんな属性の魔物なのかもはっきりしないのだ。


そしてその魔法に反応させ、炎を吹かせている間に、斬り込む算段だ。


「ギシャアアア!」

案の定、魔物はそれに反応し炎を放つ。


その隙にオーウェンは後ろ―――魔物の背中側―――へ周り、大きく跳躍した。


一番近い距離にある長い尻尾に向かって刃を向けた。



「【連撃】!!」


ガキン・・・!



「なにっ!?」


もう一度やり直す。


「【三方斬(さんぽうざん)】!」


刃が入らない。

「固い・・・」

傷ひとつ付ける事が出来なかった。


「まったく効かんな・・・。あの固い鱗だと、刃こぼれしてしまいそうだ」

茫然と魔物を見る。

オーウェンはレオンハルトのいる場所へ戻ってきた。



よく見ると、その魔物の姿かたちがベビーヘルファイアと似ている姿をしていた。

しかも・・・。

(どうして俺は気づかなかったんだ・・・)

オーウェンはうわずった声を出す。

「お、おい・・・。あれはさっきのベビーヘルファイア達じゃないのか・・・?」


「え、あれ!?」

レオンハルトも気づいたようだ。


「――――あれは、さっき飛んで行ったベビーヘルファイアたち!?」



どこからともなく、小さい魔物たちが、巨大な魔物の周りに集まってきた。

そう。

先ほど、レンのカバンの中から飛び出し飛んで行った、増殖したベビーヘルファイア達らしき小さい魔物たちに非常に似ていた。

そして魔物の周囲を飛びまわる。

まるでそれを従えているかのように。


オーウェンは何かに気づき、目を見開く。


「ま、まさか、『竜』の『親』か・・・!?」


「ええ!?」


母親なのか父親なのかはわからないが、そう言われると合点がいく。

「もしかして、探しに来た、とか・・・?」

オーウェンが頭を振る。

「―――まさか。もう、十年も前だぞ。十年も探す、か・・・?」

申し訳ない気持ちでいっぱいのオーウェンだが、さすがにそれは無いと否定した。


それにしても。

小さい魔物たちがうるさくピイピイ鳴いている。

レオンハルトが頭上を見上げ叫んだ。

「ねえ君たち!オーウェンに何の恩もないの!?この魔物に何か言ってやって!攻撃しないで、僕たちは何もしないと!ねえ、伝えて!」

しかしベビーヘルファイアたちは首をかしげるばかり。

「もう~~~~」

本当に言葉が通じないのはツライ。


「オーウェン、これは仕方ないね。攻撃されたら、反撃しないと、危ないよ、ね・・・。・・・オーウェン?」

レオンハルトが見ると、オーウェンがあきらかに動揺している様子だった。



そうこうしている間に、魔物が再び火を吹いた!


「オーウェン!」


オーウェンはレオンハルトより前にいたため、炎はオーウェンに向かってくる!


「・・・ッ!」

レオンハルトがオーウェンの腕を引き、どうにか直撃は免れた。


しかし・・・。


「うわああ、オーウェン!」

オーウェンの左腕が、火傷のような状態になり、血が出ている。


「す、すまん・・・」

痛みに顔をゆがませながら、オーウェンが謝った。


「か、回復魔法、回復魔法・・・」

レオンハルトが魔法の発動を試みるが焦って集中できない。


「いい、俺が」

そうオーウェンが言い、自身で治癒しようとするが。


ゴオオ!


オーウェンの回復など待つこと無く、容赦なく炎が放たれた!


「また来たぞ!」

オーウェンが叫ぶ。


立ち上がり、防御壁を施そうとする。

「・・・っ」

しかし痛みで出来なかった。


炎が彼らめがけて向かってくる―――――――!




「ピイイイイイイイイ!!」


「!」



魔物の炎が、()()()()()()()()によって()れ、防がれた。


「―――――『竜』!?」


二人は驚いた。


なんと、レンと一緒にいるはずの『竜』が二人の目の前に現れたのだ。

しかも、攻撃を防いでくれた。


「あ、ありがとう。助けてくれたんだね・・・」

レオンハルトが涙目になった。


「『竜』、お前・・・」

オーウェンは困ったような、嬉しいような複雑な表情をしていた。

いつもはオーウェンの胸にまっさきに飛び込む『竜』が、今はオーウェンの前を飛んでいた。

まるで、オーウェンを(かば)っているようだ。



それを見た魔物は鳴き声を大きくした。

「ギシャアアア!」


オーウェンは魔物と『竜』を交互に見る。

(『竜』を見て何か感じたか・・・?)



しかし、魔物はまたも火を放つ。


「『竜』!お前は危ないからどいてろ!」

「ピイイイ!」

ダメだ、とばかりに動かない『竜』。

そんな二人のやり取りは続き、炎が近づいてくる!



「危ない!」


ドオオン!


「あ・・・」


「お、王子・・・」



炎は、彼らに届かなかった。


防御壁によって守られたのだ。

()()()()()()()()()()によって。


レオンハルトが無意識のうちに、防御壁をオーウェンの達の前に作り出していたのだ。

既に消えてしまったそれだが、しっかりと魔物の炎を防いでいた。


「防御壁、できた・・・」


茫然と己の両手を見る。

レオンハルトの防御壁の魔法がはじめて発動されたのだ。




「王子!オーウェンさん!」


向こうからレンの声が聞こえてきた。

『竜』を追いかけてきたのだろう。



「た、大変!」

レンはオーウェンの腕を見て焦り、すぐさま治癒してくれた。

(さすが、専門家)

レオンハルトはホッと胸を撫で下ろした。


ほっとしたら、今度はだんだんムカついてきた。

「チビ竜ちゃん!行って!親のところに行って!じゃないと、オーウェンがもっと危ない目にあうよ!?」

しかし『竜』は何の反応も示さない。

「王子・・・」


レオンハルトはそれをただ黙って見ていたオーウェンに向き直った。

「オーウェンも何か言ってよ!君なら伝わるかも!」


オーウェンは『竜』を撫でた。

「本当の親に会えたってのに、なんで、俺のとこに・・・。お前から親を奪うような真似をして、ほんと、ごめんな・・・」

最後は感極まって涙を流していた。


「オーウェン・・・」


オーウェンが涙を吹き立ち上がった。

親かもしれない魔物に、大声で言った。

「本当に申し訳ない!謝っても許される事じゃないが、でも、俺はこいつをここへ帰しにきたんだ!だから、仲間には攻撃しないでくれっ・・・」


「オーウェン・・・」



しかし。



ゴオオオ・・・!


オーウェンたちの話しが通じる事も無く、またしても魔物が攻撃してくる。


レオンハルトがふと疑問を口にする。

「一般的な魔物って、僕たちが何もしてなくても攻撃してくるものなの!?」

「・・・。俺の知識よるとそれは違うな。俺たちは最初無抵抗だった。なのに攻撃した。しかも、ここまで執拗に攻撃してくるわけはない」

「だとしたら――――――」

二人は魔物を見る。

「やはり、『親』の可能性は高いのか―――――?」



「でも、もう、やるしかないよ、オーウェン」

「そうです。このままでは私たちもやられてしまいますっ・・・」


オーウェンは、チラリとレオンハルト達の方を見る。

(そうだ。俺は『竜』だけじゃなく、こいつらの事も守らなければならない)


「――――ああ。わかった。お前たちは下がっていろ」



「なんでっ!?」

「戦力にならん。防御壁でも張っとけ」


「な・・・!?勝手な事言わないでよ!僕だって手伝いたいよ!」

「王子・・・」

レンがそっと、レオンハルトの背中に手を置く。

「今は下がりましょう。王子」


「レンちゃん・・・」





「ベビーヘルファイアが火属性だから、きっとこいつも火属性ってことだよな?」


オーウェンが誰に問うでもなくそう言うと、レオンハルトが後ろから叫んだ。

「じゃあ水属性が有効だよ!」


それを聞き苦笑するオーウェン。

「そんなの知ってるって」




さっきは斬撃だと無理だった。

ならば、やはり魔法か。

水魔法を放つと、炎でその魔法がはじかれる。


「なにっ」

オーウェンは軽くショックを受けた。


ならばと今度は上位魔法を試みる。

炎は消えたが、魔物の体にダメージを与えるまでにはいかない。


「ふう・・・」

オーウェンが攻撃の手を止め、ため息を付く。

「これが効かないとなると、どうする・・・。俺に魔物に関する知識がもっとあればな・・・」



「ぴいい・・・」

突然、『竜』がオーウェンの足もとへ摺り寄ってきた。


「こら、危ないから・・・」


ふと、オーウェンが気づく。

―――そうだ。

そういえば、『竜』はいつも、なぜだか足の甲を撫でられると、こてっと寝ていた。

(こいつにも有効か・・・?)

オーウェンは魔物の大きな足を見る。

灰色の皮膚の先にある爪も、大きく鋭利に尖っていた。

容易に足に近づけるわけがない。


オーウェンは、魔物を見上げ、その体の隅々を観察した。

(きっと、どこかにあるはずだ・・・)



オーウェンが足もとに来た『竜』を抱え、レオンハルト達の方へ戻す。

レンが『竜』をしっかりと抱きかかえた。

オーウェンはレオンハルトへ声をかける。

「おい王子。さっきみたいに防御壁を張っておいてくれ」

「へ?ぼ、僕が?」

レオンハルトが尻込みしていると、レンが隣で大声を出した。

「私は、収納魔法で魔物の周囲のマギアスを取り込んでみます!」


「え?」

レオンハルトがポカンとする。

「そうすれば、体内に残るマギアスでしか、魔力は作れませんから!」

「ああ、なるほど!」

(その考えはまったくなかった。すごいな、レンちゃんは)

(僕は・・・、僕は何が出来るんだ)


隣では、レンが自身のカバンを持ち、何やら魔法を詠唱している。

思えば彼女は、はじめから一生懸命な子だった。

(火事の時、レンが一緒になって水を汲んできてくれた)

思い出せ。

彼女が助けてくれたことを。


「・・・」

レオンハルトの体から、自然とデュナミスオーラが溢れ出てきた。


レンがそれに気づきはっと息を呑む。

「王子・・・」



レオンハルトは両手を前に出し、小さく叫ぶ。


「【防御壁】!!」



すると両手から淡い光が現れ、周囲を包んだ。



「王子!!」

レンが嬉しそうにその名を呼ぶ。



そこには、レンとレオンハルトの二人分守れるほどの規模の防御壁が作られた。

「で、できた!」

(まぐれじゃない!二回も魔法が発動したんだから!)

レオンハルト自身も成功の喜びに溢れた。


オーウェンが顔だけこちらを向けた。

「良かったな」

そう言って笑った。



オーウェンはまた前を見据え、ギリロと魔物を睨む。

剣をしまい、自身のヘルムをぬいだ。

そしてそのヘルムの空洞へ手を入れる。



「あ、あれは―――――」

レオンハルトとレンが目を見張った。



収納魔法が施されたそのアイアンのプレートメイルのヘルム。

オーウェンが手を差し込むと、そこから一丁の小銃が出てきたのだ。


ライフルのような形状のグリップは焦げ茶色。

真っ直ぐに伸びたシルバーの銃身(バレル)は、口径が大きく、通常のライフルよりかなり太い筒状。


「俺は接近戦の方が得意なんだが―――――」

オーウェンが銃を構え、左目で照準器をのぞき魔物の頭上に照準を合わせた。




「あとは確実な場所がわかれば・・・」

ここからだと魔物の頭上ははっきりとはわからない。

長い角が二つあるのは見えていた。



(俺が探しているのは―――――)




「――――やつの弱点は、角と角の間にある第三の目だ!」



「!」



突然、レオンハルトでもレンでも無い声が、後ろから聞こえた。



(角と角の間!)


オーウェンはその瞬間、トリガーを引いた。



(当たってくれ!)


()()()()()()()()()()()、角と角の間めがけて、弾丸が放たれた!



「少し痛いが、我慢してくれ!」



「ギシャアア!!」


魔物が驚き、炎を吐こうとする。



しかしそれよりも早く、オーウェンの放った弾丸が、第三の目に直撃した!


その弾丸は魔物に当たると緑色の光を放ち、白い粉をまき散らした。




地上ではレオンハルト達が固唾を飲んで見守っていた。

「当たった!」

その瞬間歓喜に包まれた。



「ギシャアアアアア!!!!」

魔物は痛みでのたうちまわっている。


周りで飛んでいたベビーヘルファイア達はオロオロと魔物のまわりを飛び回る。


オーウェンは銃を下し、ふうと息を吐いた。



「やった!」

レオンハルトが歓声をあげる。



「・・・あれは目くらましの為の銃、グレネードランチャーだな」


「ろ、ロベール・・・」

隣で腕組みをして難しい顔をしているロベールを、レオンハルトは戦々恐々とした顔で見た。



「特務部隊で使われる『催涙』系に使用する銃だ。彼の持っている物は少々短い銃身だが」

「催涙・・・?」

「守秘義務のある特務部隊だ。勿論武器の情報も極秘だ。僕もお前と一緒に特務部隊に入るまでは知らなかった武器だったが――――」

「え?」

「涙を強制的に出させたり、かゆみや痛みを生じさせる。・・・実に嫌らしい効果だよ。多少の痛みは伴うが、効果が少しの場合、後遺症は無くしばらくすると効果も消える。効果絶大の場合は、中和魔法でなければ消えないが」


それを聞いてゾッとした。

(そんな種類の銃もあるのか)

「そ、そうなの・・・」


ギロリ、と睨まれた。

「ひっ・・・!」

(やっぱり、相当怒っていらっしゃる・・・)

「――――――話はあとだ。今はこの魔物だ」

「・・・」



オーウェンは休む間もなく、のたうちまわって気が逸れている魔物の足の甲にたどり着く。

のた打ち回っているので、振り落とされないよう魔物の足首にしがみついた。


「大きいな・・・」

『竜』のものとは比べ物にならない。


「もしかして『竜』もこのくらい大きくなるのか?いやいや十年も一緒にいても少しも成長していないんだ。・・・もしかして、巨大化しているのはマギアスファウンテンの影響か?」


オーウェンは足の甲を撫でさすった。


魔物が一瞬びくっとなる。


「たのむから、寝てくれ」

そう言って、何度も、何度も。



ロベールが、いっこうに攻撃しないオーウェンにしびれを切らして叫んだ。

「おい!何をしている!とどめを刺せ!」



「・・・」

オーウェンはそれを敢えて無視して、行為を続ける。


オーウェンが疲れて家に帰ってきても元気に飛び跳ね、遊ぼう遊ぼうとつっつくので、頼むから寝かせてくれと『竜』を無理やり寝かせるために体をあちこち撫でた。

たしか、赤子は母親から頭や背中をさすられると気持ち良くなる、とそんなおぼろげな知識から。

そして足の甲をなでると・・・、こてっと寝たのだ。

「ふ、あれは可愛かったな・・・」

思いだし、笑う。


その時のように、何度も何度も撫でさする。


――――が、この魔物はなかなか寝ない。

(さすがに効かないか)


大きく固いその足。

「・・・っ」

オーウェンの手が何度も撫でているうちに赤くなり、痛みを伴ってきた。

(俺が根を上げてどうする)

手に自身で回復魔法を施し、どうにか応急手当てする。

そしてもう一度、その行為をはじめた。

魔物はまだ痛みにのた打ち回っているが、さきほどよりも動きが少なくなってきている。

撫でやすくはなったが、効果が薄れてきている証拠だ。

(早く、しなければ)



「あ、おい・・・」

しばらくすると『竜』がやってきた。

そして赤くなったオーウェンの手をぺろぺろ舐め始めた。


「・・・ありがとう」

オーウェンが『竜』の頭を撫でる。


『竜』は今度は魔物の足の甲もペロペロ舐め始めた。

オーウェンは複雑な表情で言った。

「・・・なあ『竜』。その舐めているのは、お前の親かもしれないんだぞ?」

「ピイ?」

『竜』は首をかしげる。


「このまま、この魔物と一緒にお前もここに残れ」

さみしそうな表情で言った。

『竜』はまた首をかしげ、魔物の足の甲を舐め続けた。




すると・・・。



魔物の体がグラリと傾いだ。


「あ・・・!」


魔物が横に倒れてきたので、オーウェンは『竜』を抱きその場から離れた。



ドオオオン!


という大きな音と共に、魔物は完全に地面に倒れた。


そして、グオーグオーという大きな寝息が聞こえてきた。



「寝た、のか・・・」

オーウェンは茫然とその光景を眺める。


「・・・」

ふと、オーウェンは思いつき『竜』を見る。

「そうか。寝かせてしまえばいいんだ・・・」

今のように足の甲をさすり無理やり寝かせ、『竜』が寝ているその隙にマギアスファウンテンから帰ればいい。


「『竜』、ごめん・・・」

オーウェンは『竜』を抱いたまま足の甲を撫でた。


『竜』は何かを感じ取ったのか、最初はピイピイ!と大きな声で鳴き、抵抗しようとしたが、

「ピイィ・・・」

最終的にその心地よさに屈服し、目をつぶった。

複雑な思いが、オーウェンの頭を支配する。


「・・・」

『竜』はオーウェンの胸の中で寝てしまった。


「・・・」



「オーウェン?」

なかなか来ないオーウェンを心配し、レオンハルトが声をかける。


「ああ」

オーウェンは、胸の中でスヤスヤと眠っている『竜』を抱いていた。


「あれ、『竜』も寝ちゃったの?」


「しばらく起きないだろう。その隙に帰ろう。これで、気兼ねなく帰れるぞ」

そう言ってさみしそうに笑った。

そして『竜』をそっと、魔物の隣に置いた。


オーウェンは魔物の頭上に手をかざした。

「念のため、第三の目には『中和魔法』をかけておこう」

そう言ってオーウェンは寝ている魔物に魔法をかけた。

これで起きた時、違和感を感じないだろう。




オーウェンは、ロベールに声をかけた。

「魔物の弱点を教えていただき、助かった。感謝する」


ロベールはその礼には答えず、厳しい表情で返した。

「君には説明義務がある。オーウェン=フラムベルガー」


「・・・ああ」

オーウェンは弱く笑い、そう短く言った。





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