第83話 各国の思惑(2)
ヴァンダルベルク王城内。
会議室。
幹部たちが集まっていた。
長机を二列並べ、その一番奥の椅子には、ヴァンダルベルク国王が腰かけている。
一人の堅物な男が口をひらく。
「瞬間移動でアラザス公国を単身援護したという噂がひろまっているが、本当なのか、シュヴァルツ国王」
めんどくさそうにシュヴァルツは答える。
「偵察にいっただけだ」
「では何故そんな噂が」
「知らん」
その返答にぐっと詰まりながらも、男は話しをやめない。
「このままでは、ドレアーク王国が我が国を戦争ほう助国とみなし、攻撃される可能性もあるんだぞ・・・!」
怒気を含んだその口調だが、どうにか怒りを抑えていた。
「なぜ一人で偵察など勝手な真似を・・・!」
「瞬間移動できるからだ」
しれっとして言う。
扉の横に立ち静かに聞いているアラムが、右眉を動かした。
それを皮切りに、他の幹部も次々に口をひらいた。
「瞬間移動できるなど、初めて聞くんだぞ。なぜ今まで言わなかった」
するとシュヴァルツは皮肉げな顔で言う。
「言ったとしてどうなる?」
「なに」
シュヴァルツは腕組みをしてふんぞり返る。
「この力は、何の役にも立たない。現に同盟国であるアラザス公国は倒れた。戦争で使う以外、一体何の役に立つというのだ?」
「それは・・・」
別の幹部が叫んだ。
「国王、あんたがそうだから国から幹部たちがいなくなってしまうんだ!聞いただろう!?またいなくなったんだぞ!?」
「・・・」
シュヴァルツはしばらく黙っていたが、おもむろに椅子から立ち上がった。
「一人で勝手に偵察に行った事は申し訳ないと思っている」
そして周囲を見渡す。
「―――――俺は戦争は好まない。この国も平和主義のはずだ。誰も戦争に手を染めてほしくないんだ」
(そう。だから一人で偵察に行った)
「・・・」
会議場に不穏な空気が流れた。
すると、父の代から王城で働いている者の一人が口をひらく。
「まあまあ、ここは言い争いなどしている場合ではないでしょう?同盟国であるアラザス公国が消滅してしまった今、やらなければならない事は山ほどある」
「・・・ああ」
シュヴァルツはまたふんぞり返って椅子に座った。
その話し合いを黙って聞いていた、一番末席に座っている一人の男性がポツリと呟いた。
「つれないねェ・・・」
――――――その数時間前。
「ひっく、うっく・・・」
「いつまで泣いている。ヴァンダルベルク王国へ着いたのだぞ」
シュヴァルツは困り果てていた。
顔を涙でぐしゃぐしゃにして一人の若い男性が言う。
「だ、だって、ユリウス公が・・・」
ここはシュヴァルツの部屋。
瞬間移動でコルセナ王国とアラザス公国の国境から戻ってきたのだ。
ガタン!
扉が開かれた。
「アラム・・・」
一番信頼できる見慣れた顔に安堵する。
アラムが駆け寄ってきた。
「シュヴァルツ様・・・!あなたってひとは・・・!」
その顔はひどく怒っている。
「どうした」
「どうした、ではありません。ああやはりあなたを一人で行かせるのでは無かった・・・!いえ、私があの時止めればよかったのです」
めずらしく、アラムが混乱している。
どう答えたらいいのかわからず、シュヴァルツは彼の次の言葉を待った。
どうにか冷静さを取り戻した優秀なシュヴァルツの右腕が口をひらく。
「あなたが瞬間移動魔法を使える事が、プラネイア大陸全土に広まり、ヴァンダルベルク王国は今現在慌ただしくなっております」
「ああ・・・」
もうバレたのか?
ドレアーク王国は手が早いな。
すると、シュヴァルツの体がグラリと揺れた。
「シュヴァルツ様っ!?」
アラムが駆け寄る。
膝を付きしゃがみ込むシュヴァルツの顔をのぞきこむと、少々顔色が悪いようだ。
「・・・お疲れですか?」
シュヴァルツはベッドの方へ移動し横になった。
「あ、ああ。瞬間移動魔法を使ったからな」
「・・・それだけではありません」
突然、奥の方から別の声が聞こえた。
アラムはそれを、驚きもせず冷ややかに見た。
「・・・先ほどから気にはしていましたが、その泣きべそをかいている若者は?」
声の主である若い男性が答えた。
「は・・・、あ、あの、私はグラード=デイと申します。アラザス公国の兵士です」
「なに!?」
さすがのアラムも予想だにしない回答だったようだ。
「さっきまで、アラザス公国の亡命を護衛していました」
アラムは目を大きく見開く。
「なんと・・・」
だが、すぐに疑惑の目を向ける。
「しかし、たしかドレアーク側によると、亡命者もすべて抹殺したいう話だぞ・・・?」
グラードが頷いた。
「はい。俺だけ、生き残りました。そしてシュヴァルツ国王に助けてもらったんです」
シュヴァルツがベッドに仰向けになりながら声を出す。
「別に助けてなどいないが、行くところも無いそうだから拾ってきたんだ」
「はあ?」
アラムが盛大に胡散臭い顔をした。
「そこまで話したなら、俺も話すが、俺はアラザスの王宮で、成り行き上ドレアーク軍と戦った」
「なっ・・・!」
「しかしラドバウト公は捕えられ、ユリウス公は本陣で・・・。そしてさっきここへ戻る前、本陣に戻り、ユリウス公の亡骸を葬ってきた」
「え?」
アラムがきょとんとしていると、突然グラードが泣き出した。
「とてもきれいなお顔で、今にも話をしてくれそうな、かんじで、うっうっう・・・。でも、やっぱりダメで・・・。だから、シュヴァルツ国王が埋葬を提案してくれたのは本当に助かりました・・・。本陣にあのまま置いておきたくないし、きちんと、・・・お墓に・・・。本当は連れて帰りたかったけど・・・」
アラムはすべてを理解し、小さくため息を吐いた。
「・・・そうだったんですか」
アラムは急に元の怜悧な表情に戻った。
「しかし、涙を流している暇は無いようです。―――――良くない報せもございます」
アラムは目を伏せた。
言いたくないような、かんじだ。
「なんだ、話して見ろ」
アラムは皮肉げに小さく笑った。
「あなたがいない間に、また一部の兵士や幹部が国を離れてしまいましたよ」
「―――――・・・」
「アラザス公国へ援軍を出さないヴァンダルベルクに不満を持っていたそうです」
「そうか。俺もずいぶん見くびられているようだな」
今度はシュヴァルツが皮肉げに笑う。
余裕の表情を見せるつもりだったが、心の中がズキズキしていて、ずっと笑っている事に失敗した。
「・・・」
アラムはそれをじっと見つめた。
しかし、すぐに踵を返し、扉の方へ歩いて行く。
扉まで来ると、背筋をピンと伸ばし、くるりとシュヴァルツたちの方へ向き直る。
綺麗な栗色の髪がふわりと揺れた。
「―――――国王。お疲れのところ申し訳ありませんが、皆が待っています。会議へご出席を」
****
シュヴァルツへの非難や抗議が主であるかのような嫌な会議も終わり、夜が更けた。
シュヴァルツは一人、迎賓の間へ来ていた。
無人のそこは、シンと静まり返っている。
この部屋の奥には、戴冠式の時に使った豪奢な玉座があった。
横には王の冠も置いてある。
シュアヴァルツはそこにドカッと座った。
(ここに座ったのは、戴冠式以来だ・・・)
辺りを見渡すと、急に虚しさが襲ってくる。
すると、静かに扉が開かれた。
「ここにいたのですね」
「・・・」
アラムが入ってきた。
「夜は冷えます。どうぞお部屋へお戻り下さい」
シュヴァルツは弱く笑いかぶりを振った。
「俺はこれがあるから、大丈夫だ」
そう言って、冠の横に掛かっていた、戴冠式に使う王のマントを取り、羽織った。
「―――――」
アラムは無言でそれをジッと見る。
シュヴァルツがふいに口をひらいた。
「――――アラム。あいつに会ったよ」
「あいつ?」
「ゾルデだ」
「なっ・・・!?」
シュヴァルツがフッと笑う。
「ドレアーク軍にいた。やっぱり、寝返っていたんだ」
アラムは動揺を隠せない様子だ。
「そう、ですか」
「しかも、魔物を操れるらしい」
「・・・」
アラムは驚かない。
その瞬間、シュヴァルツの目が見開かれる。
「・・・気づいて、いたのか?」
言いづらそうにアラムが下を向く。
「ええ。報告していなくて申し訳ありません」
―――めずらしい。
火の打ちどころの無いような優秀な彼が、その大事な件を報告しないなんて。
「なぜ教えなかった!!」
シュヴァルツは怒鳴った。
「私も、実際に見たわけではないので。それらしい魔法を練習しているのを見た事がありまして」
「そうか。しかし魔物だぞ、そんな危険な・・・」
「だから、彼は出て行ったのでは?」
「え?なん、だよ、それ・・・」
(やめろよ、なんでゾルデと同じことを言うんだ・・・)
アラムはシュヴァルツのいる玉座へ近づく。
「彼が、そう以前言っていたことがあります。この国は私には少し窮屈だと」
(そんなの、知らなかった。お前とゾルデだけの、会話・・・)
シュヴァルツは己がその二人の関係に嫉妬している事に気づいた。
「彼は、魔法学校時代から、異端でしたから・・・」
「・・・ああ、お前と奴は同じクラスだったっけ」
「はい」
アラムはどこか回想するような穏やかな顔で話し始めた。
「・・・彼はいつも一人でした。だから、私も気にかけてはいて、騎士団に推薦したのも私です」
「そういえば、そうだったな」
「勿論、能力もありました。それに、私と同じように楽器を武器にし、音の魔法を扱っていた。私も少しは親近感が沸いていたのかもしれません。彼はそれでも独自の道を進もうとしていた」
「ふ、ずいぶん奴の事になると雄弁なんだな」
「シュヴァルツ様」
やんわりとたしなめられた。
「だから、彼が魔物を操る魔法が使えるかもしれないと感づいても、私は黙っている事にしました」
「・・・」
「その事については、私は浅はかだったのだと、今では後悔しています」
めずらしく殊勝にそう言い、頭を下げた。
シュヴァルツは思わず、強気に出ようとした気持ちを押し込めざる負えなくなった。
「ま、まあ、でも、ヴァンダルベルクでその魔法を発動し魔物を誘導した事実は無いし、どっちにしても、奴はこの国を出たかもしれないな」
アラム皮肉に笑う。
「しかし、こんな形で裏切られるとは思いませんでしたけどね」
シュヴァルツはふと、アラザス公国で対峙した時を思い出し、絞り出すような声を出した。
「・・・俺は許せない」
「・・・」
「お前の話をきいて、増々許せなくなった」
するとアラムはあっさりとシュヴァルツに同意した。
「ええ、わかります。もう、いいんですよ。もう、過去の事です。彼は、ドレアーク王国の一員になってしまった。もしも戦いになって彼と対峙するような事になっても、戦うだけ」
「・・・できるのか?お前に」
「ふふ。当たりまえですよ」
微笑を浮かべるアラムをちらりと見る。
(ほんとに?)
出来るのか?お前に。
「それよりも、シュヴァルツ様。この国の事を考えましょう」
シュヴァルツは横にあった王冠を手に取った。
そこについている装飾を指でなぞりながら、ゆっくりと口をひらく。
「――――ああ。部下たちもどんどんいなくなるしな」
アラムがむっとした表情になった。
「・・・もう少し、まともな返答をしてくださいよ。なぜ彼らの怒りに火をつけるような言葉を・・・」
「ああ、会議の事か?だって、本当の事だしなあ」
「・・・」
アラムがじろりと睨む。
シュヴァルツはその王冠をかぶらず、横に置いた。
「俺一人になろうとも、この国を守るよ」
笑顔で、そう言った。
すると、アラムが意地悪く笑う。
「一人?勘違いなさらないでいただきたい。あなたのそばには他の人間がまだたくさんいるのです。それこそ、あなたが拾ってきたあのアラザス兵だって」
「あ、あれは・・・」
また別問題で。
アラムは続ける。
「あなたから切り離せない人間は他にもいるんです。私をはじめ」
一呼吸し、シュヴァルツをジッと見据え、笑った。
「私はどこまでもお供しますよ、国王。それこそ、地の果てまでもね」
「それは、怖いな」
そう言ってシュヴァルツは弱く笑った。