第82話 各国の思惑(1)
その頃。
コルセナ王国の王都、コルトデラ・ノルテ。
王城の会議室。
「ドレアーク王国め・・・。我が兵まで手にかけるとは・・・」
玉座に座り、怒りで顔をゆがませる。
「国王!進軍いたしましょう!ドレアークへ!」
会議室には身動きが取れないほどたくさんの幹部と兵士たち。
その中の一部が息巻いてそう叫ぶ。
国王、と呼ばれた人物はアイスブルーの目を、チラリとその声の方へ向けた。
フェルナンド=バトラー四世。
齢五十三歳。
薄い黄土色の前髪、横をすべて後ろに流しきっちり撫で付けている。
レガリア王国の北に位置するこの国は、人口六万人と、レガリア国よりも少し人口が多い中規模国家である。
二十年前にレガリア国と戦争をした時は今より領土も狭く、国民の数も今の半分ほどであり小国であった。
しかしその戦争が終結すると、また別の国との戦争を起こし領土を拡大し続けた。
国民はその戦争ばかりの国を憂い、人口流出を招く結果となる。
当主が代わり、その実態を危険視した現当主は、戦争よりも平和を選び、ヴァンダルベルク王国との同盟も強化した。
そしてやっと人口の数も増えてきたのである。
威圧感のある気難しい顔をしているが、幹部からの人望は厚い。
何より当主となってから平和主義を推し進め、国の人口を増やし産業を発展させていった手腕を皆が買っている。
しかしどの国でも、一部反発する幹部はいるもので―――――、
「感情論でもって報復したとして、その戦争に意味は無い」
国王は首を縦に振らない。
「た、たしかにそうですが・・・!」
「今回ばかりはさすがに怒り心頭に御座います!どうか、攻撃の許可を・・・!」
じろり、とその目だけで下々を威圧する。
「―――――っ」
それだけでこの会議室にいるすべての人間が黙った。
国王がおもむろに立ち上がる。
「勿論、兵が犠牲になってしまったのは許せる事では無い。できれば彼らの無念を晴らしたい」
「では!」
国王が息巻く幹部をもう一度目でたしなめる。
「しかし我らは、もう嫌というほど戦争をしてきた。我が父の代までにな」
そして幹部たちをゆっくりと見渡す。
「だから今回、我々は戦いをしない」
「――――――・・・」
****
同じ頃、ドレアーク王国。
国を挙げての勝利の宴は何日も続いた。
このお祭り騒ぎにも冷静なのが――――――ドレアーク王城。
ドレアーク王国国王、ダンテウス=デ=ドレアークは、執務室で書類に目を通しながら町中の騒ぎと国民の拍手喝采を思い出し、ほくそ笑む。
コンコン
執務室の扉を叩く音。
「おお総司令官、入れ」
入室してきたのは、国王の右腕、総司令官だ。
彼は嫌そうな顔をしながら国王の座っている後ろ側にある窓を眺める。
「そろそろ宴をやめさせましょう。少々耳障りになってきました」
国王はフッと笑う。
「まあいいではないか。この一生に一度の悲願、国民も喜びを隠しきれないのだよ」
「・・・」
(果たしてそうだろうか)
と冷静に思う。
国民はいったいどこまでこの国の事を考えているのか、彼ら一人一人に直接聞いたわけではなく、商工業の代表者からしか聞いた事がないので、わからない。
今後、国民にどれだけその恩恵を流せるかが我らの腕の見せ所だな、と思った。
全権得たマギアスファウンテであっても、それを使いこなせなければ、宝の持ち腐れ。
他国から馬鹿にされるに違いない。
「――――国王。アラザスのラドバウトの処遇をそろそろ決めねばなりません。このまま牢屋に何日も入れておいても埒が明きません。どう致しましょう」
「うむ・・・」
ふと、窓を眺め、考えた。
「この国中の宴もそろそろ終わる。その頃でも遅くないだろう。それより心配なのは―――――――ヴァンダルベルク王国のシュヴァルツ国王の事だ」
総司令官は黙ってそれを聞く。
「瞬間移動を使えるというのは本当なのか?」
「確信はできないですが、本当にその場から消えたのです。ただ、瞬間移動という魔法自体、誰も見た事の無い魔法。実際に瞬間移動してみなければ、それが本物なのかどうか、はっきりしないのではないかと思います」
「ふむ・・・」
国王は顎をなでさすり、難しい顔をする。
「本物だとしたら、今後脅威となりうるな」
「ええ。また近々、偵察にやりましょう」
「それと、奴の魔力はどのくらい強かったんだ?」
「私は直接は見ていないのですが、一人で兵士三十名ほどを短時間で倒したと」
「・・・ということは、強大な魔力を得たというのは事実だな・・・」
(それと、あの方々が言うように『古代魔法』も・・・?)
国王はそれを否定した。
(そんな魔法、持っていたとしたら脅威どころではない)
「まあいい。ヴァンダルベルク王国の軍事力はあきらかに減ってきている。そして同盟国のアラザスは滅んだ。奴一人の魔力があるとて、どうなることでもない」
総司令官が静かに口をひらく。
「・・・変な噂があります」
「ん?なんだ」
「アラザスを一夜で滅ぼす事が出来るくらいなのだから、コルセナも一夜で滅ぼせるのでは?と・・・」
「ほう・・・」
ニヤリと笑う。
「なるほどそういう話も出るか・・・。まあそれは、事前に様々な準備が出来たからの結果だ。それに、あの方たちからの援助もな」
「ええそうです。ですが、兵士たちの間でまことしやかに噂になっているのです。どれだけ我が国を強国だと思っているのか。ひとつの国を滅ぼすのに、どれほどの労力がいるのかわかっていないのです」
そう言って大げさにため息を吐く。
「いいではないか。第一、アラザスを一夜で滅ぼしたのは、いわばデモンストレーションのためだ」
「・・・」
「我が国が強いというのを知らしめるためにな。そうすれば誰も戦争をしかけてこない」
確かに、戦争を短時間で終わらせるというのは、戦略のひとつだった。
ドレアーク王国の脅威を、世界中に知らしめるための。
(まあこれが『ハッタリ』に近いような事だとは、誰も知るまい)
国王はニヤリと笑う。
「この考えも、あの方たちによるものだが」
「・・・」
(あの方たちは、一体、どこまで、何を考えているのか)
ここまで我が国に関与し影響力を与え。
しかし自分は、国王ほど彼らを信用できない。
「軍の中には、このままコルセナやヴァンダルベルクなど周辺諸国も倒せるのでないかと勘違いする輩もいるそうです」
「ふ、よほど今回の戦争が凄かったと印象づけておるな」
「勘違いも甚だしい。領土奪還のための戦争。それだけです」
「まあ、時と場合によっては、また次の領土拡大の手を打ってもよいとは思うが」
「国王。時期尚早です」
総司令官がたしなめる。
「お前は冷静すぎるぞ」
「これが私の取り柄ですので」
飄々とした顔で言ってのける。
(二歳しか違わんが、わしよりもずっと肝が座っておるように見える)
国王は笑った。
「ふ、頼もしい男よ」
そしておもむろに机にあった魔石を手に取った。
(やはり『魔法研究所』で加工した魔石は一味違うな・・・)
「領土拡大でもなんでも、あの方々のお伺いをたてねばならない。彼らが―――――どうお考えなのか、実に興味深いよ」
「・・・」
(どっちにしても、慎重に進めねばなるまい)
彼らの事をどう対応してよいものか、総司令官をもってしても、考えあぐねるのだった。