第79話 オーウェンからの相談(5)
その夕方。
「・・・王子、大変だ」
突然オーウェンがレオンハルトの部屋へやってきた。
昼間に明日の予定を立てて、別れたばかりだが。
「どうしたの・・・?」
明日のために今日は早く寝よう、と心に決め、食事もさっさと済ませ、あとは寝るだけだったのに。
勘の良いロベールにも、今日と明日は彼と離れる理由をなんとか考え納得してもらったのに。
オーウェンは切羽詰った表情をしていた。
「すまない。緊急事態だ」
「え・・・。――――ええ!?」
「しっ。声が大きい」
そう言ってキョロキョロ辺りを見渡す。
ここはレオンハルトの寝室だから、誰もいないのだが。
「ご、ごめん。で、一体どうしたの?」
「ああ。それが・・・、『竜』たちの話しなんだが・・・」
「え」
ベビーヘルファイアの話。
なんだか嫌な予感がしてきた。
オーウェンの顔はだんだん青ざめていく。
それは依然、レオンハルトにまるで恐怖体験を語った時のような表情をした時と同じ、顔。
「俺が外出し、少し目を離したすきに・・・」
(え・・・)
「また数が増えていたんだ!!!」
「ええ~~!」
思わず二人は口を塞いだ。
いつ誰が聞いているかもしれない、特にロベールが辺りが。
だからこそこそと話した。
恐る恐るレオンハルトが訊く。
「今度は、い、いったい何匹に・・・」
オーウェンは頭を抱えた。
「それが・・・、数えきれんのだ・・・」
「へ?」
「飛んでいて動くし、数えきれんほどに増えてる・・・」
「そ、そんなあ~」
まだまだ彼らは増殖を続けているようだった。
「こんなに増殖する生き物なのかなあ」
二人とも愕然とした表情だった。
「わからない。なぜ増殖を繰り返すんだ・・・。王立図書館の魔物の本にも載っていなかった・・・」
そう言ってふと、オーウェンがレオンハルトを見る。
「誰か、魔物の専門家は知っているか?いたら聞いてみたい」
そう訊かれてレオンハルトは考えるが、全く思い浮かばなかった。
「うーん、ごめん。知らないなー」
しかし、ふと、思い出す。
(魔物の、本・・・?)
本といえばダンダリアンとロベール。
そしてダンダリアンの魔法の凄さは勿論、その頭脳と博識さは目を見張るものがある。
(だとするとダンダリアン?)
だがすぐにその考えを捨てた。
ぶんぶんと頭を振る。
(ダンダリアンに知れたら、ロベールにも知れちゃうじゃないか!)
それだけは駄目だ!
「それで、ど、どうする?」
「帰すのは明日予定どおり行おう。こうなったら一刻も早く返さなければ」
「帰せるの・・・?」
「わからない。ところで王子、今出れるか?ちょっと家に来て確認してほしい」
「う・・・、わかった。行くよ」
(こうなったら最後まで付き合うよ!)
オーウェンの自宅に着いた。
「さあ、開けるぞ」
「う、うん・・・」
「たくさんいるから、いつ外へ出てしまうかもわからない。だから、扉を少しだけ開け、この隙間から見てくれ」
「え・・・。わ、わかった」
レオンハルトがオーウェンが開けた扉の隙間からのぞくと・・・、
「うわっ」
天井はおろか、部屋ぎっしりを埋め尽くしていた。
(昼間に見た光景とまったく違う!)
「これじゃあどれが『竜』かもわからないね」
「ああそれはわかる」
あっさりと言った。
(わかるのかい!)
レオンハルトは一匹一匹扉の隙間を少しだけ開けて指さしながら数えてみた。
「いーち、にい、さん、しい、・・・、・・・・・・」
しかしレオンハルトがだんだん難しい顔になってくる。
そして、
「無理!」
すぐに根を上げてしまった。
「だろう?」
「でも、百匹くらいはいそうだね・・・」
「ああ」
隣にいるオーウェンが、眉間にしわを寄せうなづく。
オーウェンはここへ来る道中もずっと眉間にしわを寄せたままだ。
「この数では入れ物を何個用意し、入ったとしても、入れ物だけで十個ほどになり、持って行くだけで大変そうだ」
「うわあ・・・。どうしよう・・・」
うーん、と二人で唸った。
オーウェンが口を開く。
「通常、戦争時などに兵糧を運ぶ荷馬車を使う手もある。あれなら荷台に荷物をたくさん乗せられる。ただ、残念ながらそれは国の武器庫に入っていて、国の許可がないと貸してもらえない。あとは、どこかの店でそういったものを借りるか・・・」
「そ、そうか・・・。なんとか貸してもらえないかなあ・・・あ!」
そういえば、以前にロベールとダンダリアンで、地下へ降りる許可証をコピーする魔法を使っていたことを思い出した。
コピーしてもらい偽物の許可証を使えば・・・。
(・・・あ。でも、だめだ。ロベールに知られるのは駄目だ!そんなことをしたらマギアスファウンテンに行く事をぜったい反対される。しかもロベールが毛嫌いしている傭兵の、『元』傭兵の話しを鵜呑みにするなどと、怒られそうだ。この機会を逃したら次いつファウンテンに行けるかわからないんだから、ロベールには絶対言えない)
――――僕は、あらゆる可能性を試したいんだ。
「・・・王子?」
黙りこくったレオンハルトに、不思議そうにオーウェンが声をかける。
「あ、うん・・・、ええと、どうやって運ぶかね・・・」
ふと、ある人物が浮かんでしまった。
(ないないない!それはない!)
一度は否定したものの・・・。
「まとめて入る!それでいこう!」
パアアと顔が輝いた。
その百面相のようにコロコロと表情を変えるレオンハルトを、怪訝そうに見ながらオーウェンが言った。
「なにか、いい案でもあるのか?」
「うん!ただし、そのためにはね・・・」
ここは騎士団宿舎会議室入口。
夜になり、会議室にも魔石ランプの明かりだけが漏れる。
完全に暗くなっていないところを見ると、誰かまだ会議室にいるのかもしれない。
レオンハルトは先ほどのオーウェンとの会話を思い出した。
「そのためには、もう一人このことを知っていなければいけない人物が増える。それでもよければ」
オーウェンなら、却下するだろうか。
「いや、しょうがない。隊長にも知れてしまったし、どっちみち罪を償うつもりなんだから」
「む。罪を償うとか言わないで。僕、悲しくなるよ」
「しかし本当のこと―――――わかったよ、言わないようにする」
オーウェンは自宅で待たせた。
特務部隊である彼が、騎士団宿舎にいるとなると、色々詮索されてしまい、面倒な事になりそうだからだ。
その点、レオンハルトは元騎士団員であり、一国の王子。
誰も疑わないだろうと踏んだ。
ある人物をのぞいては。
「レオンハルト王子」
レオンハルトの足がギクリと止まる。
「あ・・・」
案の定、彼に呼び止められた。
「こんな夜更けにどうした、何の用だ」
「レイティアーズ」
とても優秀な我が国の騎士団長。
彼は宿舎の会議室の椅子に座り、相変わらず背筋を伸ばし、整った顔で書類に目を通していた。
本来であればこの会議室を通らないで行きたかったのだが、ここを通らなければみんなの寝室のある宿舎にたどり着けないので仕方ない。
会議室には彼一人だけがいたようだ。
(この時間だと、寝ていないにしても、みんな任務を終え寝室にいるのかもしれない)
「ひ、ひさしぶりっ」
取り繕った笑顔は引きつっている。
会うのは同盟交渉以来、いや、その後、戦争が終了しアラザス公国から戻り、その後の緊急会議の時にも話はしていないが顔を合わせている。
「?」
レイティアーズが訝しむ。
(やばい!)
「ちょっと、忘れ物、じゃなくて、借りた物を返しに来たんだ・・・!」
なんとか言い訳を考える。
(お願い信じて!)
ヴァンダルベルク王国との同盟交渉以来、レイティアーズの事は、信頼のおける人物だと思っているが、どうしても今回はあまり人に知られずにいたいんだ。
レイティアーズがレオンハルトをじっと見る。
そして口をひらいた。
「・・・では私がそれを渡しておこう。もう寝ているかもしれないからな」
「――――――へ!?」
(ま、まさかそう来るとは!)
レオンハルトは頭が真っ白になりそうだった。
せっかくロベールがどこかに行っていていなくてラッキーと思っていたのに、
(そ、そんな事言われたら計画が台無しだ・・・!)
「ダメダメそれはダメ~~~~~~!!」
思わずそう叫び、宿舎の方向へ走り出した。
「あっ、こら!」
レイティアーズが呼び止めたが、レオンハルトは振り向かず全速力で駆けた。
「はあっ、はあっ」
レイティアーズは追って来なかった。
等間隔に並んだ魔石ランプの光に照らされた細い廊下を、息が上がるのを両手で必死に抑えながらレオンハルトは一人歩く。
(たしか、彼女の部屋はここだよね・・・)
目的の部屋の前で立ち止まる。
深呼吸をし、乱れた息を正す。
そしてごくり、とつばを飲み込んだ。
(よし・・・)
コンコン
扉を叩き、小声で呼ぶ。
「レン=レインさん、いますか」
すると、
はあいと呑気な声が中からして、
ガチャリ。
「王子じゃないですか!久しぶりですね!」
懐かしい笑顔で出迎えてくれた。
相変わらず服装が変わっていて、これも私服だろうか。
薄いシンプルな緑色の長袖シャツにこれまた以前同様サスペンダーの付いた、長いズボンをはいていた。
「突然、しかも夜にごめんね。寝てたでしょ?」
すると彼女はぶんぶんと首を横に振った。
金碧色の綺麗にそろった前髪が激しく揺れた。
「いいえ!本を読んだりしてたんで、大丈夫です!」
「へえ」
ひとつある棚には本がぎっしり詰まっていた。
彼女もまた読書家だろうか。
(ぎ、ぎっしり・・・?)
レオンハルトは何か嫌な予感がした。
レン=レインはレオンハルトを椅子へ座るよう促し、自身はベッドへ腰かける。
「どうしたんですか?王子自ら・・・。まさか、何か緊急事態でも・・・?」
「え、えっとねえ・・・」
(そうだよね、こんな夜に、しかも女性の部屋に入るだなんて・・・)
(・・・あ。そういえば家族以外の女性の部屋に入るのはじめて、かも?)
妙に意識して赤くなっていると、レン=レインが急にレオンハルトの手を取った。
「うわっ!」
思わず驚き、飛び上がりそうになる。
しかしレン=レインは見当違いの事を話し出した。
「もしかして、騎士団に戻りたいんですか!?」
「へ?」
(騎士団に、戻る・・・?)
(騎士団に戻りたい・・・。それは何度も考えた)
でも、今は特務部隊で頑張りたいと思っている。
それに、オーウェンという大事な仲間もいる。
「そうですよね~。だって、特務部隊って何やってるかわからないし、実際、影の組織と呼ばれているんですよ~」
「え・・・?影の、組織・・・?」
「そうです。で、騎士団が光。陽の光の下で堂々と任務を行える騎士団とは真逆で、特務部隊はみんなに知られないよう暗い中でしか活動できないから、そう言われています。だから職種を選ぶ際、特務部隊は人気が無いそうです」
「そう、なんだ・・・」
それはひどい言われようだな。
たとえそうだとしても、特務部隊の仕事は誇り高い任務だ。
つらく大変な特殊訓練を経て、国のため、常人にはできないような任務をする。
レオンハルトはつい、反論したくなってしまう。
「そんなにひどいとこでもない、よ」
純粋な瞳が、それは以外だと不思議そうにレオンハルトを見る。
「そう、なんですか?」
そしてレン=レインはふと顔を伏せる。
「私も、知り合いが特務部隊にいるんですが、あまり状況がわからなくて・・・。ほら、任務の内容とか極秘だから言えないじゃないですか」
その顔は少しさびしそうだった。
「レン=レインさん・・・。そうだったんだね・・・」
「あ!レンでいいですよ!呼び捨てでいいです!」
「よ、呼び捨て!?それはちょっと・・・。あ!じゃあ『レンちゃん』で」
「はい、わかりました!」
そうして彼女の呼び名が決まると、レオンハルトはふと、前から言わなければと思っていた事を思い出した。
「――――あ、そうだ。あのね、レンちゃん」
「はい」
「騎士団、途中で辞めてしまってごめんね。ずっと、騎士団の第七部隊のみんなに謝りたかったんだ」
「―――――・・・」
レン=レインは一瞬驚き、ぶんぶんと頭を振る。
「謝らないでください!上の命令なんですよね?それは仕方の無い事です!」
「はは、ありがとう」
レオンハルトは、本題に入ることにした。
「あのね、レンちゃんの収納魔法『アイテム収納』の力を借りたいんだ・・・」
「!」
レン=レインは一瞬驚いた表情になった。
「ま、魔法ですか~。それはびっくりですう~。私の魔法なんて役に立ちますかねえ?」
レオンハルトは大きくうなづいた。
「それは、勿論!レンちゃんの力を借りたいんだ!」
そう力説すると、
「わかりました!!では存分に使っちゃいましょう!」
(の、ノリの良い子だなあ・・・。あ、でもナマモノも入るよね?ポーションを入れてたんだから・・・)
ナマモノも入るか、一応確認してみよう。
「その魔法なんだけどさ、ナマモノは入る?」
「な、ナマモノ、ですか?」
レン=レインがごくり、と喉を鳴らし、衝撃の表情になる。
しかし、次の瞬間・・・。
「勿論入りますよ!」
満面の笑みを浮かべた。
(入るのかよー!)
「頑張りますよ!私はスペシャリストになりたんいんです!999個の!」
レン=レインの勢いに、レオンハルトは焦る。
(でたー!999個!)
「い、いや、今回は999個も無いよ・・・。レンちゃんの好きなぎっしりも無いかも・・・」
それを聞くと、レン=レインは妙なテンションで叫んだ。
「な、なんですってええええ!?ぎっしり無い!?じゃあそれはいいい一体いかなるものなのです!?」
「うっ・・・」
レオンハルトはこの瞬間どこかへ消え去りたくなった。
(このテンションはなに・・・)
レオンハルトは疲れてきた。
さっきまで、いい雰囲気で話をしていたのに。
どこでどう間違った。
レオンハルトは事を早く済ませたくなり、彼女に事の真相をすべて伝えた。
「ま、まもの・・・」
変わり者の彼女でさえ、思わず言葉を失った。
「しかもドラゴン・・・。どうしましょう・・・」
うろたえている。
(そうだよね、そうなるよね)
そしてレン=レインは眉根にしわを寄せて考え込んでいる。
そして何かを決意するように顔を上げた。
「ベビーヘルファイアをどんな風に詰め込んだらぎっしりになるか、考えてみますう~」
(い、いや、それは考えないでいいから!普通に入れて!)
****
その頃。
レガリア国王宮地下、立入禁止書庫内。
「よし、次は―――――」
ロベールが、薄暗い書庫の中、本を次々と手に取る。
「なんだ?これは。ごく最近また魔法がかけ直されているような・・・?」
本の細部まで、じっくりと眺める。
「しかも、装丁も・・・。あー、ダメだ。時間切れだ。また来よう」