第77話 オーウェンからの相談(3)
「このベビーヘルファイアたちを、マギアスファウンテンに帰す」
そう、オーウェンが言った。
レオンハルトは急にさみしくなった。
「そっか・・・。うん、それがいいよ」
かわいい竜たち。
なついてくれているのに、手放さなきゃならないなんて。
(だとしたらオーウェンはもっと、)
レオンハルトはふと、オーウェンが『竜』と名付けた魔物を見た。
レオンハルトにはどのベビーヘルファイアも同じに見えて区別がつかないが、オーウェンはわかるらしい。
さすが長年一緒にいるだけのことはある。
彼は今日来るレオンハルトにもわかるようにと、『竜』にだけ首輪をしてくれていた。
「この一番最初に連れてきた子は、どうするの?」
「そいつも返す」
オーウェンは即答した。
しかし顔は曇っている。
(オーウェンだって・・・。いや、オーウェンは僕なんか計り知れないくらいに寂しいんだろうな・・・)
「・・・ほんとに、いいの?もう少し待っても・・・」
オーウェンが首を横に振った。
「ほんとは、もっと前に帰してやるべきだったんだ。まだ、一匹しかいなかった頃に」
「・・・」
オーウェンはそう言うと、レオンハルトを部屋にひとつあった椅子に座るよう促した。
レオンハルトは素直にそこへ座る。
すると、何匹かベビーヘルファイアがレオンハルトへ向かって降りてくる。
そしてレオンハルトの周りをピイピイ鳴きながらぐるぐる飛び回っている。
「ふふ。かわいいね・・・」
レオンハルトがそれを見つめながら言った。
オーウェンが顔をゆがませる。
「そいつらの母親はどんなかんじなんだろう、とか、俺が突然連れて帰ったから母親たちも探し回っているんじゃないだろうかとか・・・」
そう言って自身はベッドへ腰かけた。
「オーウェン・・・」
「・・・まあ、魔物だから、親とか、詳しい事はわからないが、いるんだろうなと思って。親が」
「・・・うん・・・」
オーウェンは、ベッドの上で後ろ手に手を付いて部屋全体を見渡す。
「この部屋は元々俺の部屋だったんだ。もうずっと使ってないから、こいつらの部屋にしてるんだ」
「そっか・・・」
綺麗に掃除されているところをみると、まめに家に帰って魔物たちに会い世話をしているのだろう。
この家にはお手伝いさんもつけていないようだ。
(一人で大変そうだな)
十年前にオーウェンの両親は亡くなったと聞いた。
(十年前・・・)
マギアスファウンテンの探索も十年前。
もしかしたらオーウェンは、そのさみしさを紛らわすために、飼うようになったのではないか。
レオンハルトはそうぼんやりと考えた。
「この部屋は狭すぎる。だから早く外へ出してやりたい」
天井で窮屈そうに翼をばたつかせているベビーヘルファイア。
そしてオーウェンは悲しそうにポツリポツリと語った。
「まだ三匹しかいなかった頃から、日中は見つかるのが怖いから散歩にも連れて行ってやることもできず、家の中にずっと十年も。勿論、夜誰もいない時に外に出したりはしているが、いつも縄でしばって散歩してて。色々調べてこいつの食べたい食料とか探して持って来たりして、喜んで食べたりしてはいるが、本来なら、外で自由に動き回るのが一番いいんだ、たぶん」
そこでいったん喋るのをやめた。
下を向き右の拳を額につけ、悲痛の表情をする。
「それを、俺は・・・っ」
「オーウェン――――」
オーウェンの目には涙が浮かんでいた。
それを必死に抑えている。
(オーウェンはそうして、ずっと罪の意識にさいなまれていたのだろうか・・・)
そうだとすると、自分が撒いた種とはいえ、オーウェンがあまりにも可愛そうだ。
一匹のベビーヘルファイアがオーウェンのそばに来た。
無邪気にピイピイと鳴き、体をすり寄せてくる。
「『竜』・・・」
オーウェンは『竜』には触れず、ただじっと見つめた。
『竜』は不思議そうに顔を斜めに傾けて、オーウェンの屈強な腕の中に無理やり分け入ってくる。
(そこが一番安心するんだろうな)
そうレオンハルトは思い、なぜか自分の母親を思い出した。
その『竜』を無言で抱き止めながら、オーウェンが言った。
「俺は人間としても失格なのかもしれない。こんな、家に閉じ込めるようなことを・・・」
「ちょ、ちょっと待って。それは考えすぎだよ」
「しかし・・・」
「僕だって、もし魔物をこっそり飼ってたら、誰にも言えないで苦しかったかもしれない」
「苦しい・・・」
オーウェンがレオンハルトの言をゆっくりと反芻した。
「――――――・・・」
そして手で顔を覆った。
涙が溢れてきた。
(オーウェン・・・。ずっと、我慢してきたんだね、きっと)
「この子にとって今、親はオーウェンなんだよ」
「え?」
思いがけない言葉にオーウェンが顔を上げた。
その頬には涙が伝っている。
「だから、こんなに腕の中で安心して抱かれてるんじゃないかな」
「・・・」
たとえ、本当の親ではなくとも。
オーウェンは、涙が落ち着くと、ふいに立ち上がった。
「俺は、特務部隊を辞めようと考えている」
「え・・・。―――――はあっ!?」
レオンハルトはその突拍子もない発言に茫然とする。
「俺は罪を犯したんだ。だから、国に知られなくても知られたとしても、その前に」
「ちょ、ちょっと待って」
すでに意思を固めているようなオーウェンに、レオンハルトが焦る。
ふいに、オーウェンが顔をゆがめて笑った。
「だから、権力のある身分の王子であるあんたに言えば、救われるとでも思ったのかな」
(え・・・)
「・・・なに、それ」
レオンハルトの体からサーと血の気が引くのが分かった。
「権力?王子だから・・・?」
ゆらり、とレオンハルトが椅子から立ち上がった。
「なに、それ。僕は、友達だと思って相談に乗ってた。なのに、権力?王子だから?・・・オーウェンは違うの?」
「・・・王・・子・・・」
オーウェンは茫然とする。
「僕は・・・っ!」
「王子!」
レオンハルトは家を飛び出して行ってしまった。
****
(ああ、ケンカなんてしたの、子供の頃のシュヴァルツ以来だな)
レオンハルトは行くあてもなく、結局王宮へ戻ってきた。
(まあ、ケンカってほど、仲が良いわけでもないし、僕ばかり一方的に怒ってしまったからな)
・・・そういやシュヴァルツはどうしてるだろう。
(オーウェンの魔物の事で手いっぱいで、すっかり失念していた)
――――――親友の事なのに。
(何をしているんだ、僕は。情けない)
一国の主に何かあったら、情報があるはずだ。
それが無いという事は、無事、だよね。
(そうだ、特務部隊で何か知らないか聞いてみよう)
今日は休暇を貰っているので、なんだかバツが悪く、そーっと特務部隊の会議室の扉を開けた。
「メイベリー隊長」
書類から目を離し、顔を上げる。
いつもの柔和な笑顔のメイベリー=ベルナールが出迎えてくれた。
「レオンハルト王子、どうしました?」
会議室を見渡すと、他に誰もいなかった。
レオンハルトはホッとする。
「あ、あの・・・」
もじもじしていると、メイベリーがきょとんとした顔をする。
だが時間は無い!
思い切ってレオンハルトは聞いてみた。
「あの!!しゅ、シュヴァルツ国王はどうなってますか?情報がぜんぜん入ってこないので・・・」
するとメイベリーは納得して笑顔になる。
「ああ。その事ですね。特務部隊の任務で数人、ヴァンダルベルク王国へ偵察に行っています。―――――彼は無事ですよ」
「あ・・・。良かった・・・」
心底ほっとした。
(本当に良かった・・・。亡命中のアラザス国民の元へ瞬間移動した時、シュヴァルツは上手く逃げてくれたのか、それとも間に合わなかったのか・・・)
メイベリーが微笑む。
「彼はあなたの古い友人でしたものね」
「あ、はは。はい・・・」
もしかしたら、僕だけが友達と思っているかもしれないけどね。
「ところで、王子は今日特務部隊はお休みでは?」
「あ、ああ、うん・・・。そうなんだけどね・・・」
まさかシュヴァルツの事だけ聞きにきた、とは言えない。
「おや、またお休みの方が見えましたねえ」
「えっ?」
メイベリーがドアの方を見やる。
レオンハルトもつられて見ると・・・。
「オーウェン!?」
オーウェンが入ってきた。
この特務部隊にいると、さっきまで彼の自宅にいたのが不思議なくらいに感じる。
そのまま無言でスタスタとメイベリーの方へ歩いていく。
そして何か紙を一枚、彼の手元へ置いた。
それを見たメイベリーの表情が一変した。
「どういうことです」
低く抑えた声でそう言う。
レオンハルトは何事かとそれを覗き見た。
「ええっ!?」
それは―――――――。
「なぜ、『辞表届』を?」
そう。
その紙は部隊を辞める事が書かれた辞表届だったのだ。
無表情でオーウェンが言った。
「・・・俺は、特務部隊失格だから」
「それは私が決める事です」
即座にメイベリーがきっぱりと言った。
「・・・っ」
それを聞いたオーウェンが、少し眉根を寄せ苦しそうな顔をした。
しかし、すぐに踵を返した。
「じゃあ俺はこれで」
「オーウェン」
静かにメイベリーがそれを制するが、オーウェンはそのまま入口へ向かってしまう。
「オーウェン!待って!」
レオンハルトもそれを阻止しようとオーウェンを追いかける。
扉の前でオーウェンは一度立ち止まり、こちらに背を向けたまま言った。
「・・・もうこれで、友達でも一緒に仕事をする仲間でもないから安心してくれ。あの件も、無かった事にしよう」
「・・・っ。そんなっ。そんな事言わないでよ!辞表届なんて出さないで!」
「・・・」
「大丈夫だよ!魔物のことだって・・・」
そこまで言ってレオンハルトは口をつぐむ。
メイベリーがいるのを忘れていた。
「もしも俺がアレを飼ってたなんて知れたら、あんたも罪になるかもしれない。早く離れたほうがいい」
「なにそれ。そんなこと、出来ないよ!」
「なぜだ・・・!」
オーウェンが苦しい声を吐きだす。
「友達だからだよ・・・!」
レオンハルトは大声で叫んだ。
「・・・っ」
その二人の元へ、メイベリーが近づいてきた。
「だとしたら、罪は私が一番重いかもしれません」
「え!?」
二人は思わず声の方を振り返った。
メイベリーが、いつになく悲しい表情をしていた。
「私は・・・、オーウェン、あなたが十年前、魔物をこっそり国へ持ち帰ったのを知っていました」
「な・・・」
オーウェンには初耳の事なのだろう、驚愕の表情をしている。
「知っているというか、実際に見たのです。あなたが地面に横たわっている傷ついた魔物を拾ったのを」
「・・・」
「その後どうなったのかは知りませんでしたが、まさか、現在まで飼っているのですか・・・?」
今度はメイベリーが信じられないといった表情になった。
オーウェンは静かにうなづいた。
メイベリーはそれを見て、なんて事だ、と小さく呟く。
「魔物を飼っているなど、少なくともレガリア国では聞いたことがありません。もしかしたらあなたのように隠れて飼っている場合もあるかもしれないが」
「罪に、なるでしょうね」
そのオーウェンの問いに、メイベリーがうなづいた。
「もしも隠し持っているとしたら。収監されるか、もしくは国を追放されるか・・・」
「そこまで重いの・・・!?」
「・・・魔物は未知の生き物です。何をするかわからない危険なものです」
「違います!!」
レオンハルトが思わず叫んだ。
「王子・・・」
二人は驚いた。
メイベリーが眉根を寄せて首を小さく横に振る。
「あなたがたの魔物がどんなものかはわかりませんが、一般的にはそういう定義なのです」
「そんな・・・」
(あんなに可愛いベビーヘルファイアなのに・・・)
オーウェンがまっすぐにメイベリーを見据えた。
「俺の認識が甘すぎた。それだけの事です。罪を償います」
メイベリーが丸い眼鏡を直し、小さくため息を吐く。
「私があなたに聞いておけばよかったんだ。あの魔物をどうしたのかと。私はあの頃まだ隊長ではなく一介の隊員だった。そこまで、責任感は無かった・・・」
メイベリーの表情はだんだん苦渋の色に染まって行く。
右手で顔を覆った。
「そうすれば、こんな事には・・・」
「隊長・・・!」
オーウェンがたまらずメイベリーの言をさえぎった。
「あなたには何の罪もない!」
メイベリーは首を横に振った。
「私も同罪です」
オーウェンが口角を上げ無理やりに笑顔を作った。
「安心してください。何も無かった事にします」
「え・・・?」
「責任もって元の場所へ返してきます」
「帰すのですね・・・。では、私も同行しましょう」
「いえ、あなたは特務部隊の隊長です。ここにいなければならない」
「しかし・・・」
「僕が行きます!」
「・・・は?」
オーウェンがおどろく。
「僕が一緒についていきます。だから大丈夫です!」