第74話 ギースゼルド傭兵団との契約
「それでは、はじめよう」
国王がそう言い、応接室の椅子に座った。
全員は座れないので、王子たちだけは壁際でみな立って事の成り行きをうかがった。
傭兵たちの方も、代表の傭兵だけが座り、あとの三名は長椅子の後ろに立っていた。
椅子に座った傭兵がニヤリと笑みを浮かべ口をひらいた。
「やっとご依頼いただきましたね。レガリア国の戦争も終わり二十年間、さほどの大きな依頼もなく、傭兵の数も減っちまってね。我々も祖国を出ようと考えていたところですよ」
(なんだか嫌味な言い方だなあ)
レオンハルトは眉間にしわを寄せた。
「ずいぶん不義理をさせてしまったな」
国王がすぐさまそれに答えた。
レオンハルトの右隣にはギルベイルが立っていたが、そのギルベイルの右隣にいたアレクシスが、ぼそりと言った。
「・・・あのようなやからに、あまり下手に出ないほうがいいのに」
彼の顔をのぞき見ると、腕組みをし、歯噛みして傭兵たちを睨みつけている。
端整な顔が台無しである。
(・・・毛嫌いしているのは、ロベールだけではないんだな)
レオンハルトは心の中で苦笑した。
隣に立つギルベイルが、彼らの名前も知らないレオンハルトに色々と教えてくれた。
国王の正面に座っているのがギースゼルド傭兵団の隊長、ケヴィン=ギースゼルドという名前らしい。
年齢は四十三歳。
焦げ茶色の無造作な髪で、口のまわりと顎に髭をたくわえている。
とても背が高く体格が良い。
頑丈な鎧にマントという出で立ちで、いかにも戦場で活躍しそうな出で立ちだ。
ギースゼルド傭兵団の隊長ということは、レガリア国の傭兵たちを代表する傭兵でもある。
ケヴィンは元々傭兵の家系で、このギースゼルド傭兵団というのも、彼の家系の何代も前の人物が作った傭兵団らしい。
彼の父親が、二十年前の戦争で傭兵が一気に増えた際に、建物を大きく改築したという。
そのほかの三名の男性は、髪を短く刈り込んだ副隊長のジャックに、同じく副隊長のサウ。
そしてもう一人団員のリンメイだと云う。
ケヴィンがトントンと机を人差し指で叩く。
「契約を結ぶのはいいが、戦争などはじまる気配があるんですかね?」
すると国王は一瞬の間のあと、真顔で言った。
「戦争は始まってはいけないだろう」
ケヴィンは一瞬ポカンとすると、
「ははっ!あっはっはっはっは!」
盛大に笑った。
「何がおかしい!」
壁に寄りかかっていたアレクシスが、前のめりになって怒鳴った。
会議中に大声を出すなど、彼にしてはめずらしい。
すると国王側を向いて立っていた傭兵たちが、レオンハルトたちの方を振り向く。
「戦いがなくて、よく俺らと契約しようと思ったな!」
アレクシスが睨む。
「なに!?」
「俺たちは『戦争屋』じゃねえ。なかにはそんな物騒なやつらもいるがな。しかし俺たちは契約にのっとって雇い主との関係を失わねえよう信頼関係を大事にしてるんだ。そのためにはきちっとした仕事の依頼が必要なんだよ!」
彼らの声にひるまず、アレクシスは不敵な笑みを浮かべる。
「十分戦争屋だよ。・・・なにがきちっとした依頼だ」
(あわわわわ)
一触即発のような状態になって、レオンハルトは慌てた。
すると、それを制したのは他でもないケヴィンだった。
「やめないか。れっきとした仕事の契約なんだ。冷静に行こうじゃないか」
(い、いや、冷静でいられないのはあなたの言動が良くなかったからなんですけど・・・)
レオンハルトは心の中で突っ込みを入れる。
ケヴィンは国王の方に向き直る。
「笑って申し訳ないね。俺らはいつも契約してすぐに仕事に取り掛かる。だから、そんなにのんびりした契約など初めてでね」
国王はいたって冷静に答えた。
「・・・戦争は起こっていないが、ドレアーク王国とアラザス公国の戦争を知っているだろう?今後何があるかわからんからな。そのための軍事強化だよ」
「ああ、わかってますとも。さすがに俺らもそこまで馬鹿じゃない」
ケヴィンは少し国王の方へ身を乗り出す形で座りなおした。
そして、急にするどい眼光を見せ、ドスの利いた声音になった。
「―――――ただね。戦争が無いなりに、他に仕事があるんだろうな?傭兵たちの事が心配でね。安定した報酬が約束されるんでしょうね?」
一瞬、場の空気が凍りつく。
「勿論だ。フィリップ、書類をここへ」
「はい」
しかし、その言動に気圧される事なく、国王は即答した。
(さ、さすが、父さん)
レオンハルトはヒヤヒヤしたが、一瞬たりとも動揺しないのはさすが国王だとしか言いようが無い。
フィリップは丁寧な所作で何枚かの紙を国王へ渡した。
国王はそのうち何枚かをケヴィンへ渡した。
「契約内容を見てくれ。仕事内容が書かれている。賃金は定期的に支払われる。それに、辺境配置の兵には、報酬金額は倍になっている。悪い話ではないはずだ」
「ふん。どれどれ」
ケヴィンが椅子の背もたれにふんぞり返ってその紙を眺める。
しばらく眺めていたが、ニヤっと口角を上げる。
「――――わかった。悪くないね。これで契約しよう」
「そうか、よろしく頼む」
契約の話が終わり、その場の空気が緩んだかに思えたが、アレクシスはまだ怖い顔で睨んでいた。
ふと、ケヴィンが何かを思い出したような顔をした。
「おっと、忘れていた。ひとつ、条件があるんだ」
「・・・条件?」
「こいつを王立騎士団に入れてくれ」
そう言って、後ろに立っていた傭兵のうちの一人を指さした。
「なに!?」
その場にいた全員が驚きの声をあげた。
国王でさえもだ。
(傭兵が、いきなり騎士団だなんて・・・)
(そりゃ僕だって、戦闘がまるで駄目だけど騎士団に入ったけど・・・)
それとこれとは違う。
「なぜ騎士団なんだ?何が目的だ?」
さすがに国王も質さなければいけない。
しかしケヴィンの対応は軽い。
「ははっ、そんなたいそうなもんじゃないよ。ただたんに、前からこいつが国の仕事がしたがっててね。今がいい機会だと思ったんだよ」
その渦中の人物である傭兵の男が一礼した。
たしか、副隊長のサウだ。
灰色の髪に、細身の体、身長はロベールと同じくらいだろうか。
そして目が糸のように細い男だ。
(国の仕事がしたかった?傭兵なのに?)
レオンハルトは訝しむ。
「ま、騎士団じゃなくても、ほら、今まで戦場が仕事だったから、戦いの場があるような仕事がいいだろ?ま、それ関係ならどこでもいいんだ、特務部隊とかでもさ」
(い、いや、特務部隊をそんなに軽々しく言わないでほしいな)
クリスあたりが聞いたら卒倒ものだよ。
「特務部隊などもってのほかだ!!」
すると、やはりというか、一番怒りそうな人物が声を荒げた。
アレクシスだ。
壁によりかかり腕組みをして黙って見ていたギルベイルも、アレクシスに同意する。
「――――やめたほうがいい。もしもその条件を飲まないなら契約しない、という事なら、別に契約しなくてもいいのではないですか」
「・・・どうします、国王」
軍務大臣が国王の意見を仰いだ。
いつも無表情の彼も、さすがに焦りを隠せないようだ。
国王も目をつぶり考えている。
フィリップは黙って国王を見る。
そして国王が重い口をひらいた。
「信頼度、というものが未知数だ。騎士団は、国に忠誠を誓う組織だ。そこらへんは、どうなんだね?」
(そう。そうだよ!忠誠心が大事だと、レイティアーズも言っていたよ!)
傭兵と騎士団では、真逆なのでは・・・?
今度は、ケヴィンではなく、サウが答えた。
「勿論。忠誠を誓います。・・・私は、雇い主との信頼関係を大事にしてきました。頼まれた仕事も忠実にこなしてきたつもりです。その点では、騎士団への忠誠に近いものがあるのでは。もしも許されるのであれば、今後一生を、騎士団に捧げたいと思っております」
そう、丁寧に言う。
無表情なので、どんな思いなのか、レオンハルトには計り知れない。
(い、一生を・・・?)
「ううむ・・・」
その非の打ちどころの無いような解答に、国王もうなる。
アレクシスが業を煮やして口をひらく。
「国王。今ならなんとでも言えます。実際すぐに手のひらを返される可能性もあります。信用できるものではありません」
「アレクシスの言う事もわかる。―――しかし、受け入れよう」
「国王!」
アレクシスは悲痛な声を上げた。
そして国王は傭兵たちを見渡す。
「彼らもレガリア国の一員なのだ」
(た、たしかにそうだけど・・・)
レオンハルトもイマイチ信用できない。
「騎士団でいい。国政に携わるよりはいいだろう。騎士団には後で私から直接言っておく」
「しかし、国王・・・」
アレクシスはまだ何か言いたげだ。
国王はたしなめるように彼の顔を見る。
「国の軍事力強化のためだ」
ケヴィンが紙にペンで記入している。
契約書だ。
アレクシスはそれを悔しそうに睨みつける。
傭兵団員は気味悪くニヤニヤ笑っていた。
(ああ、大丈夫かなあ、この契約)
はじまったばっかりなのに、胃が痛くなりそうだ。
(こんな危険な契約なのに、それでも、軍事強化しなければいけないの?)
――――これが、国民のためなの?
国王がケヴィンのサインが入った契約書を眺め、それを執事長へ渡した。
「よし。―――では、君は今日から騎士団へ」
サウが一歩前へ出る。
「有り難きお言葉」
そう言って一礼した。
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「―――――まったく!国王もなぜわからないんだ!」
王子たち以外誰もいなくなった応接室に、アレクシスの怒声が響き渡る。
会議が終わっても、アレクシスはまだご立腹だった。
「傭兵たちをレガリア国につなぎとめておくためさ。仕方無い事だと思え」
フィリップがなだめる。
ギルベイルもアレクシスと意見を出し合ったりしている。
(ぼ、僕はここから出ようっと)
大体、もう終わってしまった話なのだ。
もう、何を言っても無駄だし、自分が何を意見したって、頭の良い彼らとは話のレベルが違うのかもしれない。
レオンハルトはこっそり応接室出た。
「・・・」
チラリ、と中をのぞく。
誰も出て行った自分に気づく者などいなかった。
小さいため息を吐き、レオンハルトは自室へ戻ることにした。
すると。
「―――――なんだって。不治の病が?」
応接室を出てすぐの壁際で誰かが話をしていた。
(不治の病?)
レオンハルトは思わず足を止める。
「あ・・・」
(あれは、さっきの傭兵たち・・・)
隊長のケヴィンはいないようだが、傭兵三名が揃って話をしているようだ。
なんとなく、目を合わさず通り過ぎようとすると・・・、
「治らない病も治る薬があるだと!?」
彼らの声が少し大きくなる。
「――――っ!?」
レオンハルトは思わず声が出そうになって口を手で覆った。
(なんだって!?そんな薬があるの!?エミィロリンが助かるの!?)
即座にエミィロリンの事を考えた。
レオンハルトは、応接室の入口へ戻って、扉を少し開けたまま、応接室に足ひとつ分だけ入り、そこでこっそりと彼らの話を聞く事にした。
騎士団に入る予定のサウが、うなづく。
「――――ああ。そうなんだ。マギアスファウンテンの魔物を倒した時の副産物で、不治の病も治せるものをドロップできる可能性があるらしい」
――――マギアスファウンテンだって?
(ほ、ほんとに・・・?)
「まあ、あくまで、噂だけどな」
サウがそう付け加えた。
(そ、そうだよね。ただの噂、だよね)
だが、レオンハルトの心臓はドキドキしていた。
そのあとサウがニヤリと笑ったのを、レオンハルトは知らない。