第73話 エミィロリン
(ああ、変な夢だったなあ)
起きたら朝になっていた。
結局あのまま寝てしまっていたのだ。
部屋から出ると、ロベールがいた。
「お目覚めかい?」
ニヤリと笑う。
「う。ごめん、寝すぎたかな?」
「いや、大丈夫だ。僕も今お前を起こしに行こうと思ってたところだ、いつも通りの時間さ」
ロベールが腕組みをして睨みつける。
「それより」
「?」
「エミィロリンに会いに行けよ」
「え?」
「お前がアラザス公国へ行っていた時、『お兄様に会いたい』と言って、部屋の前まで来ていたんだぞ?」
「え、そうだったの・・・」
エミィ・・・。
「そういや最近会ってなかったからなあ・・・」
さみしい思いをさせてしまったかな。
ロベールは少し言いにくそうに口を開く。
「・・・体調も、少し良くないようだ」
「え・・・」
レオンハルトの顔が青ざめる。
「だから、早く行・・・」
「行ってくる!!」
ロベールの言葉も最後まで聞かず、レオンハルトは走り出した。
「やれやれ」
****
コンコン
「はあい」
おそるおそる、妹のエミィロリンの部屋のドアを叩く。
「あ!お兄様!」
ベッドに寝ていたエミィロリンは、体を起こし可憐な笑顔で出迎えてくれた。
(・・・)
その表情に、レオンハルトは少しホッとした。
想像していたような事態では無いようだ。
レオンハルトは椅子を持ってきてベッドの脇に座った。
「ごめんな。僕の部屋まで来てくれてたんだって?」
「ええ、そうなの。でも、お兄様は体調が優れないと言われて・・・、もう大丈夫なの?」
(そんな・・・。自分だって、具合が悪いのに、僕の心配をしてくれるなんて・・・!)
(しかも、体調が悪いなんて、嘘なのに・・・)
胸がズキリとする。
その反面、我ながらなんて良い妹を持ったんだろう。
そう、思わず感動してしまう。
「・・・お兄様?」
無言になったレオンハルトを不思議そうに見つめる。
「あ!ご、ごめん!た、体調ね!体調はもう大丈夫だよ!」
「くすくす。お兄様って面白い。良かったわ、体調が良くなって」
「・・・」
(笑ってくれてる)
それだけで、僕は幸せだよ、エミィ。
「そうだわ、薬膳茶を淹れないと・・・」
そう言って、エミィロリンはベッドから立ち上がろうとする。
レオンハルトは焦ってそれを制止した。
「駄目だよ!ベッドに寝てないと!」
「・・・ん・・・。そうね。今日は、ここにいるわ」
そう言ってエミィロリンはベッドに寝なおした。
「エミィ・・・」
いつもなら、大丈夫よ、と言って立ち上がって紅茶などを出してくれるエミィ。
(やっぱり、ロベールの言うとおり、体調が良くないんだ・・・)
(どうしよう、どうすれば)
「ごめんなさい、お茶も出せなくて。今日は天気が良くないからかしら、体が思うようにいかないわ」
そう言ってエミィロリンは窓に目をやる。
雨はまだ降り続けていた。
風が吹いていないからまだ良い方で、窓を打ち付ける音は無く静かだ。
もしかしたら、さきほどより雨が小降りになってきたかもしれない。
「いいんだよ!僕が淹れてあげる!」
そう意気込んだものの、何をどのくらいの量を淹れればいいか勝手がわからなく、断念した。
「ごめん、エミィ・・・」
ガックリと気を落とすレオンハルトに、エミィロリンは優しく声をかける。
「気にしないでお兄様。―――――それより!」
一気に口調を強めた。
「!?」
レオンハルトも突然の事に驚く。
エミィロリンの表情が明るくなっていった。
「今月の鉱石列車が通る日にちはいつかしら?」
「あ・・・」
そうだ。
エミィロリンと約束していた。
一緒に鉱石列車を見に行こうと。
ワクワクしてレオンハルトの言葉を待っている。
レオンハルトは必至に自分の予定が書かれた紙を思い出す。
毎月、鉱石列車が通る日にちに印をつけておくのだ。
「今月は・・・あと二週間後だ!」
「そう!待ち遠しいわ!」
「・・・行けそう?」
「ええ!行けるように頑張るから、お兄様付き添い頼むわね!」
「勿論だよ!」
(・・・たぶん、外に行くとすれば、エミィは車椅子で移動しなければいけないだろう)
なんとも不憫でならない。
車椅子は基本的に自分で手回しする部分を回し動かすが、今は魔石入りで少しの間ならば簡単に操縦できるものもある。
それこそ、王侯貴族でなければ高価であまり買えない代物だが。
(魔石・・・)
ふと、レオンハルトは思い出した。
(そういや、デルフィーヌさんは大丈夫かな?)
どうやって帰ったのかはわからないけど、無事にウィスタリア公国に着いたかな。
****
エミィロリンの部屋を後にしたレオンハルトは、ロベールから今日の予定を聞くため、彼の元を訪れた。
幸い自分の部屋にいたので、探し回らなくて済んだ。
ロベールがメモしてある紙を見ながら答えた。
「今日は国王たちが傭兵団と会合する予定になっている」
「・・・傭兵団?」
ロベールがうなづいた。
「王都に存在するギースゼルド傭兵団さ」
「ああ、あの人たちか・・・」
レガリア国王都には、ギースゼルド傭兵団という組織があり、王都の町の中に、大きな館を構えている。
ここが各地に散らばる傭兵たちの代表的拠点であり、各地に散らばっている傭兵たちも、普段はそれぞれ個人で依頼をこなしているが、何かあったり、どうしても仕事が見つからない場合この傭兵団まで出向き仕事を貰ったりする。
レガリア国も、仕事の依頼をする時はいつもこの傭兵団に頼みに行く。
しかし、レガリア国はここ二十年余戦争をしていない。
国からの仕事が無いうちは、各自で仕事を見つけなければならない。
傭兵である彼らは、個人で自由に仕事を引き受けるスタイルを好むので、国の仕事よりも、そちらの方がいいらしい。
「あの人たちと、何の話をするの?」
「先の戦争で思い知ったんだろう。レガリア国も軍事力の強化を図る目的で、傭兵団とも密に関係を持っておきたいのさ」
そしてロベールは苦笑した。
「まあ、僕は彼らの事は信用していないけどね」
「どうして?」
「レガリアに拠点を置いているとはいえ、なかには高い報酬をもとめて、世界中あっちこっち飛び回るやつらもいる。まあ、戦争以外の仕事も請け負ってはいるが、基本戦場を好む。それに、金の為にいつ裏切るともわからない奴らだぞ?」
「そ、そうか・・・」
(そんな人たちもいるんだ)
「でも、そんな人たちと関係を持って、大丈夫なの?」
ロベールは冷たい目で笑った。
「さあ、それはどうだろう。今までの雇い主よりも高い金額を払えば、従順に仕事をするのでは?」
「う・・・」
ロベールの言い方がいつになくきつい。
かなり目の仇にしているようなかんじだ。
(まあ、ロベールの家系は、代々レガリア国王城に従事する従者の家系だったから、依頼のたびに主が変わるような傭兵を毛嫌いするのもわからなくもない・・・)
「で、最初のはなしに戻るが、傭兵団との会合は、国の幹部たちが参加するが、王子たちは出ても出なくてもどちらでもいいらしい。――――どうする?」
――――ロベールは本当は『レオンハルトのみ』と言われたが、そこは伏せてあえて『王子たちは』と言った。
「なにそれ。勿論、出席するよ」
レオンハルトは即答した。
「そうか、では行こう」
会合を行う応接室に着いた。
中に入ると、国王以外はすでに全員いた。
フィリップ、アレクシス、ギルベイル、そして軍務大臣、軍務副大臣、補佐官の姿もあった。
ロベールは部屋の外で待つため、レオンハルト一人が中に入った。
入ると、いっせいにこちらを見る。
兄たちの顔は険しかった。
(なんだかイマイチ、雰囲気が悪いような・・・?)
そして、見慣れない人物が四人ほど立っていた。
(きっとあれが傭兵たちだ)
レオンハルトが彼らをじっと見ていると、
(・・・?)
その中のひとりが、ニヤリと笑った気がした。
「やあ待たせたね。はじめようか」
国王が執事長と一緒に入ってきた。