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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第四章 それぞれの思惑とマギアスファウンテン
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第71話 デルフィーヌ=アークライト(1)





「また、会いましたね」


女性が、穏やかに微笑む。




黒いローブをまとい、真紅のルージュの唇が妖しく光る。

レオンハルトがアラザス公国へ行く前、教会で一度会った謎めいた女性である。

あの時はたしか、仕事でこの王宮へ来たと言っていた。

まさか、また会うとは。







(ん・・・?)



キラリと女性の手元が光った。



(あれは・・・)


レオンハルトが近づいて目を凝らす。


(やっぱり)


その女性の手の中に、鉱石のようなものが入っている。



レオンハルトに見られると、女性はそれをさっと隠した。

ウェーブのゆるくかかった長い黒髪がふわりと揺れる。



(え?)

女性の行動にますます疑問を抱き、レオンハルトは訊かずにいられなくなった。


「それは、鉱石ですか?」



「え、ええ」

彼女は少し焦った表情をした。


そして急いでその鉱石を教会の長椅子に無造作に置いてあった布袋に入れる。


(あれ?あの袋――――――)


その女性が持っている布袋には見覚えがあった。


布袋を見るため、レオンハルトはもっと近づいてみた。

女性は袋ごと後手に隠した。


―――――まさか。

いや、でも。




レオンハルトは意を決して訊いてみた。


訊かなければいけないような気がしたのも事実だ。

それに、めずらしくレオンハルトの勘が冴えていた。




「――――あなたは、鉱石修理士ですか?」




「――――――!」



女性は、小さく形の良い唇を少し開け、驚いた表情をした。


しかし、すぐに元の妖艶な顔になり笑みを浮かべる。

「修理士?なんの事かしら」

女性は否定したが、レオンハルトは一歩も譲らない。


レオンハルトは隠している布袋を指さす。

「僕、その布袋を持った事があります。国王から頼まれて、僕がその布袋いっぱいに鉱石を入れてもらったんです」


女性は皮肉たっぷりに笑う。

「ふっ。・・・これは私の布袋よ?勘違いでは?」


そう女性は言い切るが、意に介せずレオンハルトは平然とした表情だ。


「・・・本当に()()()()()()なんですか?」


「え?」



「その布袋は、レガリア国にはあまり出回っていない素材のものです」


「――――――」



「僕、最近、魔法学だけは家庭教師の先生をつけてもらって勉強しています。だから、最近知ったんです」

そう。

記憶の中から手繰り寄せる。

魔法学の教科書の中の第四章に書かれていたものだ・・・。


「その布生地は、ウィスタリア公国でよく採れる素材。近くで見て、実際触ってみればわかります。そしてそれは、魔鉱石を入れて置くにはちょうどよい、魔鉱石の魔力を抑制する微弱な魔力を持った特別な素材なんです。鉱石修理士の人が使うものです。レガリア国の鉱石保管庫でも、その素材の布袋をよく使っています。だけど、貴重な素材で、そうそう出回るものでもないらしいです。そして色に関しても、レガリア国で使っている布生地は黄土色。少し色を加工してレガリア国専用の色にするそうなんです。でも、それは焦げ茶色だ」



「――――――っ!」

女性は驚いた。



しかしすぐに笑みを浮かべ、パチパチと拍手した。

「ご名答。名推理だわ。それに、すごい知識だわ」


「じゃあ、」



「―――――そう。私は鉱石修理士で、レガリア国の者ではないわ」



「・・・」




ドクン


何故か、心臓が脈打った。

そして、胸で輝くペンダントの近くが熱くなった気がした。




「―――――もしかして、僕の魔石を修理したのはあなた?」




「―――――・・・」


女性はあきらかに動揺していた。

「だからといって、なぜあなたの魔石を修理したのだと言えるの?」



レオンハルトは少し考える。

そして女性をまっすぐに見据える。

「ウィスタリア公国の布袋を持ったあなたが何故王宮にいるのか?父さんは、『修理できる者が来ている』と言っていた。王宮にも、修理できる人はいます。でも、なぜわざわざ呼び寄せるのか。そして、そんなところにちょうど鉱石修理士のあなたがいた」


「・・・」

デルフィーヌの綺麗な緑色の瞳が泳ぐ。



ふとレオンハルトは思い出す。

「もしかして、母さんに鉱石を贈ったのもあなた?あれも同じ布袋だ。僕はてっきり、父さんがプレゼントしたのだと思ってたけど」




「ふっ」

女性が下を向いて笑った。


「?」



そして顔を上げ、片目をつぶる。

「――――誤魔化そうとしたのに、上手くいかないものね」



「へ・・・?ほ、ほんとに・・・?」

レオンハルトは緊張の糸がほどけたように、安堵した顔になった。

知らず手をギュッと握りしめていて、開くと汗をかいていた。


「本当に名推理だったわね」

そうお茶目に言った。


レオンハルトは少し慌てた。

「推理というか、事実を言ったまでで・・・、ウィスタリア産の布袋の事は、記憶の奥底からどうにか思い出したかんじで・・・。でも、自分で言ってても、半信半疑でした。本当に僕の魔石の修理士だったとは・・・」


(そう。自分でも、確信が無いのに、話しが止まらなかった)

不思議なことに、何故ここまで執拗に彼女を追及しなければいけないのか、半分客観的に見ている自分もいた。



すると女性が微笑む。

「ふふ。面白い子ね」




女性が教会の天蓋を見つめる。


「―――――ここで修理をしていたの」


「ここで!?」



「案外、こういうところって人が来ないのよ。だから、安心して作業できたわ。まあ、作業中は扉は鍵をか

けてしめておくけどね」


たしかに、ここに来ると母さんとしか会ったことがない。





レオンハルトは、女性が自分の魔石を修理した人物とわかれば、もっと彼女の事を知りたくなった。

「ウィスタリアから来たんですか?」


女性はうなづく。

「そう。私はデルフィーヌ=アークライト」

そう名乗った。



「デルフィーヌさん、僕の母さんとは知り合いなの?」


すると優しく微笑む。

「ええ、古い友人よ」


「そうなんですか!?なんだか嬉しいなあ。どこで知り合ったんですか?」

ウィスタリア公国とレガリア公国。

同盟関係を結ぶ国ではあるが、一体、母とはどんな接点があったのだろう?


「私は元々、レガリア国の出身よ」

「え!?そうなの?」

「魔法の、魔石修理の魔法をもっと学ぶために、ウィスタリアに移住したの」

「そう、だったんですか・・・」

レオンハルトは舌を巻いた。

(すごい勉強家だな・・・。僕も見習わなければ)


「ウィスタリアは魔法を勉強するならもってこいの国よ。首都は『魔法都市』と云われる『ランプ・スノウ』」


「魔法都市ランプ・スノウ・・・」

名前は聞いた事があるが、実はレオンハルトはまだウィスタリア公国には行った事が無かった。


「私はそこから来たわ」


「そうなんだ・・・。デルフィーヌさんはあとどのくらいレガリアにいれるの?もっと話したいな」


するとデルフィーヌは首を横に振った。

その顔は寂しそうだ。

「私の仕事は終わったから、もう帰らなければ」


「え。もう?母さんには会った?」

「いえ、それが目的ではないから」

「・・・」

(そっか、そうだよな。でなければ、あの布袋に入った鉱石を直接渡すはずだ)


「・・・また、来ますよね?」


「もちろんよ」


レオンハルトはなんだか急にさみしくなった。

するとそれを察してか、デルフィーヌが教会の長椅子を指さす。


「少し休憩しましょう」


そう言うとデルフィーヌが座った。

黒いローブの下から、タイトでスリッドの入った黒いスカートがのぞいた。

そしてそのスリッドの間から、綺麗な薄い肌色の生脚がチラリと見えていた。

(わ!!)

その光景は、レオンハルトには少し刺激が強いようだ。

目線を反らすが、ふと、ある事が気になった。


その足から、紋章がみえたのだ。


よくみると、少し見える腕の肌にも、同じような黒い紋章が描かれている。


レオンハルトは隣に座り、デルフィーヌの足を指さした。

「・・・それは、薔薇?」


デルフィーヌは、レオンハルトの想外の発言に少し驚いたが、笑顔で答えた。

「ええ。黒薔薇の刺青いれずみ


レオンハルトは刺青というものを初めて見る。

「どうして体にそういうのを描くの?」

純粋にそう訊いてみた。


「この紋章の刺青は、私にとっておまじないのようなものね」

「おまじない?」

「気持ちの問題ってこと。魔法を成功させるため、自分に言い聞かせるための」

「ふーん・・・」

レオンハルトには良くわからない。


「これは私の家の紋章なの」

紋章は、その家系を象徴する印。

国の紋章は、現在の当主である家系と同じ紋章であり、様々な国の所有物に描かれる。

つまりレガリア国の紋章は、当主であるラスペード家と同じ紋章ということになる。

国の紋章は変えてはいけないので、当主となる者が変われば、その当主の家の紋章が、国の紋章と同じに変更しなければならない。

ラスペード家は幸い、百年以上前から変わらずラスペード家が当主であるので、ずっと同じ紋章を使用している。



「紋章なんだ!かっこいいね!」

レオンハルトはそう、無邪気に言った。


すると、デルフィーヌがうっすらと笑みを浮かべる。

「世の中には、『金の薔薇』という紋章を持った家もあるそうよ?」

「金の、薔薇・・・?」

どこかで、聞いた事があるような・・・。


「何か知ってる?」

そう言ってデルフィーヌがレオンハルトの顔をのぞいてくる。

妖艶で綺麗な顔が間近にあった。

やっぱりレオンハルトには刺激が強すぎる。

「わ!え、えっと、いえ、なにも・・・知らないです・・・」

思わず顔を赤らめた。

「ふふ、そう」


「レオンハルト王子のラスペード家の紋章も素晴らしいわ」

「!うん!やっぱりそう思います?僕の自慢だから!」

「・・・」

デルフィーヌの顔が一瞬曇った。


そして、ふとレオンハルトの胸元を指さした。

「その魔石ペンダントはどう?前と違和感ないわね?」

「はい!ありがとうございます。とても、綺麗な魔石ですよね・・・」


「・・・特別な石だから」

そう微笑んだ。

「特別って、一体・・・」


レオンハルトが言い終わる前に、デルフィーヌがそれを遮って口を開く。

「・・・鉱石は、鉱山の様々な場所に眠っているわ。地中深くに出来たものは、より強力なマギアスを蓄積している」

「?」

鉱石の説明?

「・・・ただ、採れる場所に関しては、それに準じない場合もある」

「どういうこと・・・」


デルフィーヌはまた別の話をしだした。

「あなたの魔石を修理するのに、この布袋の中のほとんどの魔鉱石を使用するの」

「ほとんど!?」

レオンハルトが驚いた。

確かに、魔石に変換するのに、魔鉱石を何個も消費する場合がある事は知っていた。

だけど・・・


デルフィーヌがおもむろに布袋を手に持つ。

ジャリ、ジャリという鉱石同士が合わさる音が聞こえた。


鉱石保管所で布袋に鉱石を詰めてもらった時、四十個はあったような気がする。

(僕の魔石ペンダントのために、大量の鉱石を使用するなんて)

レオンハルトは恐怖を感じた。

(やっぱりこのペンダントは、何かあるのか?)


「この魔鉱石を魔石に精錬し、液状にして溶かして凝縮させひとつの塊にする。それを修理部分へ溶かし埋め込むという作業をするの」


レオンハルトは驚いた。

「修理箇所だけで、その大量の魔鉱石を使うの!?」


「そうよ」

当たり前のようにデルフィーヌが答えた。


「そんな・・・」


デルフィーヌは悲しそうな顔のレオンハルトをチラリと見る。


「仕方ないわ。それがあなたの運命だと思いなさい」



「・・・?」


(運命?)






ゴロゴロゴロッ・・・・・・!



外から雷の音が聞こえてきた。


(やっぱり雨が降るんだ!)

あの曇天は雨雲だったんだ。



「――――あ!」

そうだった。

(僕、ここに祈りに来たんだった!)



すっかり大事な用を忘れていたので、急いで祭壇の前に立つ。


静かに、祈りをささげた。


デルフィーヌはそれを座ったまま黙って見ていた。



そして、レオンハルトは祈りを終えた。


「・・・なにを祈っていたのか、聞いてもいいかしら?」

デルフィーヌが椅子から立ち上がる。



レオンハルトは下を向いた。

「ある兵士たちに、祈りを。安らかに眠ってほしいと」

「・・・」


「僕、何もしてあげられなかったから。せめて祈りだけでも、と・・・」

「そう。優しいのね」


するとレオンハルトは顔をあげ、声をあげた。

「ぜんっぜん、優しくないんです!!僕、魔法も使えないし、戦いなんてもってのほかで・・・っ!」


デルフィーヌがその剣幕に少し驚く。


「・・・あ。ごめんなさい。なんか、力が入っちゃった・・・」

「・・・魔法、使いたいの?」


レオンハルトは即答した。

「それは、勿論!僕、せめて、回復魔法を使えたらなあと思って」

「それは、何故?」

レオンハルトは少し考える。

「だって、戦争とかで傷ついた人たちを、助けられるかもしれないでしょ?僕、感じたんだ。戦うのは、たとえば剣を使ったりするのは苦手だけど、そういうのなら僕でも役に立てるかと思って」


あのアラザスの戦争で、肌で感じた事。

考えさせられた事。

自分の非力さを痛感した事。




「そう・・・」


「本当に、人の役に立つためだけに魔法を使っていくのね?」

「・・・?うん、そうだよ?」


すると突然、デルフィーヌはレオンハルトの首にかかっていたペンダントに手をかけた。

「えっ」

予期せぬ行動に、レオンハルトの頭は追いつかない。

それを首からはずされる。


デルフィーヌは後ろを向き、何やらブツブツ話している。


(魔法詠唱?)


そして、一瞬、彼女の周りがまばゆい大きな光に包まれた。


しかしその光は一瞬で消えた。



次の瞬間、グラリ、とデルフィーヌの体が傾いだ。


「デルフィーヌさん!?」

レオンハルトが体を支えた。


「あ、ありがとう・・・」

デルフィーヌの顔は少し青ざめている。

少し震える声でレオンハルトが訊いた。

「一体、どうしたの?」


「これを・・・」

ペンダントが返された。


「え?」

それはさきほどまで変わらない姿をしている。


「私の紋章と同じよ」

「?」

デルフィーヌは笑みを浮かべた。

「おまじない」


レオンハルトが何の事かと聞き返す。

「おまじない?」



「あなたが魔法が使えるようになる、ね」


「・・・」



そのデルフィーヌの意図を、レオンハルトはまだ知らない。




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