第70話 戦争終結とそれぞれの思惑
その日のうちに、プラネイア大陸全土にドレアーク王国の勝利が知れ渡った。
たった一日での戦争の終結は、他国に驚きと恐怖を与えた。
ドレアーク王国、王城の執務室。
「国王」
総司令官が入ってきた。
「なんだ」
丁重なおもてなしをしなければならない来客の対応が終わり、大量の書類を睨めていた国王が、手を止め総司令官に目を移す。
総司令官は少し浮かない表情だ。
「・・・少し、よく無い事がございまして」
ピクリ、と右眉を動かす。
「・・・なんだ、申して見ろ」
言いにくそうに口をひらく。
「はい。アラザス公国の亡命者を全滅させた時の事ですが、一緒にいたコルセナ王国の兵士にも攻撃をし、すべてのコルセナ兵を殺してしまったそうです」
「なに」
一瞬目をつりあげ、ふーっとため息を吐く。
「他国には手を出さないよう注意しておいたのですが、こんな事になり・・・。シュヴァルツ国王の件もそうですが、私が総司令官で戦争の指揮を執っておきながら、申し訳ありません」
深々と頭を下げた。
「いや、それは仕方の無い事だ。頭を上げろ。あっちが先に攻撃を仕掛けてきたんだろう?」
「い、いえ、それが・・・。どちらが先、というのは無く、戦いに入ってしまったと―――――」
「ふむ・・・」
鼻の下の立派なひげをなでつけ考える。
「シュヴァルツ国王の時と同じと考えよう。そうしなければならない理由があった」
それはいわば無理やりな『正当な理由』づくり。
「・・・」
総司令官も国王の言いたい事はわかる。
わかるのだが・・・。
「誰も責めることはできん。コルセナ側が何も言ってこないのであれば、それでいい。そのままにしておけ」
「謝罪文でも送りましょうか?」
「ふん。そんな事しなくてもよいだろう。大体、我が軍が殺したところを、誰も見ていないのだろう?」
「ええ。その場にいた全ての人間を消しましたから。しかし――――」
総司令官はまだ納得していないようだ。
国王が総司令官の言葉を右手でさえぎり話しだした。
「たとえコルセナが我が軍が殺したのだと責めたとしても、我らには殺した証拠が無い。我が国は胸を張っていられるのだ。だから、もっと気を強くもて」
「国王・・・」
総司令官は身震いした。
(さすがは私が見込んだ王だ)
そこまでふてぶてしく、狡猾に成り得るのか。
それでこそ、この戦争の時代を生き抜いていける国の主なのだ。
そして国王はニヤリと笑う。
「それに、我らには あの方たちがついておる。」
「・・・・・・」
総司令官は一礼しその場を後にした。
****
レガリア国は、戦争が終結したので、戦争の準備を解除し、元の生活に戻る事になった。
会議が終わり、各々が通常の持ち場へ戻っていく。
レオンハルトの腹からぐううと音が聞こえてきた。
「あ・・・」
レオンハルトは赤面する。
「何も食べていなかったのか?」
ロベールが驚く。
「い、いや、オーウェンたちから少し分けてもらったけど、それは非常食用だから・・・」
「そうか。じゃあ食堂へ行って何か作ってもらおう。僕も少し早いけど夕食をとろうかな」
さりげないロベールの優しさに胸が熱くなる。
「ご、ごめん・・・」
するとロベールは笑った。
(そうだ・・・)
レオンハルトはふと立ち止まる。
ロベールが怪訝そうに振り返った。
「僕、行きたいところがあるんだった」
「・・・それは今じゃなきゃ駄目なのか?」
「・・・・・・」
レオンハルトはうつむく。
しかし。
ぎゅるるるるう・・・
「だ、ダメだあああ!先にご飯んんんん!!」
レオンハルトは急に猛ダッシュした。
(しょ、食欲にも勝てなかったよ~~~~!)
泣きべそをかきながらロベールを置いて食堂へ向かった。
「こ、こら!」
ロベールも後を追った。
****
王宮の中の食堂。
猛ダッシュしてロベールを置いてきてしまった事を怒られながら、食堂に入った。
「やあレオンちゃん、いらっしゃい」
一人の女性がにっこりと笑みを浮かべて調理場に立っていた。
レオンハルトは申し訳無さそうな顔で、カウンター越しに話しかけた。
「ごめんね、マドレーヌさん」
いつもは決まった時間に食事をするのだ。
それを無理を言って自分の分だけ作ってもらうのが申し訳ない。
マドレーヌは、いいんだよ気にしないで、と優しく言ってくれる。
彼女の名前はマドレーヌ=マリー=コンチェ。
この食堂の料理人の一人だ。
この食堂で一番の古株で、料理長よりも信頼されている。
たぶん、執事長よりも年上だろう。
例によらず、レオンハルト自身も小さい頃からよく知る人物の一人で、騎士団員のバイオレット同様、「レオンちゃん」と親しく呼んでくれる。
「レオンちゃん、魔法使えるようになったんだって?」
調理の準備をしながら、食堂のカウンターから顔を出し、唐突に訊いてきた。
(マドレーヌさんまで知ってるのか・・・)
「う、うん。少しだけね」
「そうかい。良かったじゃないか」
マドレーヌは心底嬉しそうだ。
彼女も、レオンハルトが魔法を使えないと悩んでいるのを知っている一人だからだ。
するとマドレーヌが、ドン!と籠いっぱいに入った野菜を見せた。
「わあ!」
新鮮で色鮮やかで、どれもおいしそうな料理になりそうだ。
「良い食材を調理し食べれば、良い魔法が使えるよ」
そう言って片目をつぶった。
「ほんとに?」
レオンハルトは顔をぱああと輝かせた。
「真に受けるなよ」
隣でロベールが冷ややかな視線を送る。
それを聞いたマドレーヌがにっこり笑ってロベールを見る。
「あーら、ロベールちゃん。あなたもたらふくお食べ。あんたは食が細いんだから」
「・・・またそれかよ。母親じゃないんだから」
ロベールはげんなりとした顔をした。
だが、母親のいないロベールにとって、マドレーヌが唯一食事面を心配してくれる人なのではないか。
しかもロベールすらも「ちゃん」付けできるのはこの人しかいない。
「ふふ」
レオンハルトは思わず顔がほころんでしまう。
「何がおかしいんだ」
「べ、別にっ」
そうこうしているうちに良い香りが漂ってきた。
「はいどうぞ」
マドレーヌが直接持ってきてくれた。
「わあ、美味しそう!いただきまーす」
レオンハルトは黙々と食べ続けた。
「うん、おいひいおいひい」
さすがはマドレーヌが作った料理だ。
毎日食べても飽きない美味しさだ。
「もう少しゆっくり食べろよ」
ロベールがたしなめた。
マドレーヌもレオンハルトたちの前に座った。
美味しそうに食べるレオンハルトを見て、満足そうな顔をして頬杖をつく。
「その野菜は、うちの親戚のところで採れたものだよ」
ロベールが感心する。
「へえ、王宮の食材は、色んな場所から運んできてるんですか?」
マドレーヌがうなづき、少しおどけた様子で笑いながら話す。
「そうだよ。特に来客があったりすると、わざわざ遠くの地方から収穫してきたりしてねー。大変だよね結構あれは」
「そ、そうだったんだ」
レオンハルトも驚く。
食事ひとつ作るのでも、大変な苦労があるんだな。
マドレーヌはふとさみしそうな表情になった。
「前は、ヴァンダルベルク王国にも野菜を輸出してたし、シュヴァルツ王子も王宮へ来た時は、よくここで食べてたっけねえ・・・」
「・・・」
レオンハルトは思わず黙り下を向く。
(そんな事もあったな。あの時の食事は、とても楽しかったな)
ロベールがレオンハルトをチラリと見て、口を開こうとすると、
「・・・マドレーヌさん。彼はもう、王子じゃなくて、国王だよ」
さみしそうにそうレオンハルトは言った。
****
食事を終え二人は食堂を出た。
そして食堂近くの従者やメイドの休憩室の前を通ると、話す声が聞こえてきた。
「えー!?一人で?」
「何しに行ったんだろうね?ゴールドローズへ」
「!?」
レオンハルトとロベールは顔を見合わせた。
そして立ち止まり、こっそりと休憩室へ耳を傾ける。
何人かの従者やメイドが話をしているようだ。
「でも本当なのか?めずらしいじゃないか、執事長が一人でゴールドローズへ行くなんて」
「本当だって!さっき偶然聞いたんだもの。国王と執事長が部屋で話しているのを」
「で、あとは何を話していたんだ?」
「うーん、それが、聞き耳立ててるところがバレちゃって、追い払われたの、てへへ」
「えー。それだけかよー」
レオンハルトも少しガッカリした。
怖い執事長を前に、追い払われただけで良かったね、とも思ったが、もう少し詳しく知りたい。
「行くぞ」
何も収穫が無いということで、休憩室の前から離れた。
歩いていると、ロベールが口をひらいた。
「どういうことだろうな」
「うーん・・・。あ!」
レオンハルトは思い出した。
「どうした?」
「そういえば、僕がアラザスから帰ってきた時、執事長もどこかへ行ってたみたいで、王宮の裏の入り口で会ったんだ」
「へえ」
「どこへ行ったのかは言葉を濁してて・・・。もしかしたらさっきの休憩室での話の、ゴールドローズへ行っていたのかもしれない」
「だとしたら、何しに行ったんだろうな」
「あ!もしかして、魔法陣のことを調べてくれてるんじゃ?」
「・・・。そうだといいけどね」
そう言った後、ニヤリと笑った。
(ろ、ロベール?何かまた変な事考えてない?)
****
レオンハルトはロベールと別れ、行きたかった場所へ向かった。
・・・王宮礼拝堂だ。
(祈るんだ。僕には、今それしか出来ない)
(彼らの、アラザス国民の、弔いを)
王宮を出て、少し離れた場所にある礼拝堂まで歩く。
すっかり日が暮れ、街灯である魔石ランプが等間隔に灯っていた。
「ん?なんだか雲行きが怪しいな」
空を見上げると、向こうの空が灰色の雲で覆い尽くされていた。
雨が降るのだろうか。
レオンハルトは少し小走りで向かった。
(着いた・・・)
「ん?」
(あれ、明かりが点いてる・・・)
礼拝堂の窓からわずかに見える淡い光。
(誰か、いる?)
おそるおそる扉を開ける。
ギイイ、と音が鳴った。
「あっ!」
やっぱり先客がいた。
「あら」
そこにいた人物も意外そうな顔をした。
以前一度教会で会った、黒いローブを身に纏ったあやしい女性だった。