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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第三章 ドレアーク王国とアラザス公国
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第68話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(10)



「敵襲だ!」



あともう少しでコルセナの国境、というところで、後ろからドレアーク軍が迫ってきた。



アラザスの若い兵士、グラード=デイは、あわてて防御壁を作る。

しかし、あっという間に吹き飛ばされてしまった。



「うわあああ!」




「痛ッ!」

尻もちをついた。


かなり後方まで吹き飛ばされていた。

「くそっ。俺の防御壁が効かないなんて・・・」

これでも、軍の兵士として、誇り高く訓練してきたつもりだ。




飛ばされた衝撃で、体のあちこちが痛かったが、歯を食いしばり立ち上がろうとする。

そして顔を上げると、



「あ・・・、嘘だろ・・・」



グラードはその光景に唖然とした。





そこにはアラザス国民たちが倒れていた。

しかも、国民の大半だ。




そしてその前方では、国境で待機しているはずのコルセナ兵たちが戦っていた。


「コルセナ兵・・・」

少人数で国民を護衛していたため、コルセナの援軍は非常に助かった。


しかし・・・。



(守るべき国民が・・・)



「そんな・・・」



グラードは、ふらりと倒れている国民のところに向かう。


見知った顔を見つける。

「・・・おい、カレル。返事しろよ・・・」


しかし、反応が無い。

それでもグラードは涙を流しながら話しかけた。


「カレル・・・頼むよ。目を、目を開けてくれ―――――!」


その人物を抱き起すと、ぬめりとした感触が。


―――――血だ。



「あ・・・ああああ」


(どうして、こんな・・・)





ドオオン!


「!」



爆音とともに、魔法らしきものがドレアーク軍から放たれた!



グラードが前方を見ると、そこは炎に包まれていた。



炎が消えると、すべてのコルセナ兵が倒れていた。



「―――――――・・・」


グラードはもう、恐怖と悲しみで声も出ないほどだった。





「おい、まだ生き残っているやつはいないだろうな?」


前方でドレアーク軍たちが話をしている。

どうやらアラザス国民を、一人残らず殺したいようだ。



「!」


グラードは直感的に木の陰に隠れた。


(早く、いなくなってくれ)

心臓の音がうるさいくらバクバクと大きく聞こえた。










****



空が薄明るくなりはじめる。

夜明けはもうすぐだ。




「あと、どのくらいだ」

はあ、はあっと息を切らしながら走り続ける。

陽の光が出始め、周囲がよく見渡せるようになってきた。




コルセナ王国の国境よりひとつ手前の町に瞬間移動で降り立った。


「くそっ、国境に行った事があれば、もっと早く着いたものを」

シュヴァルツが悪態をつく。


瞬間移動では、実際に行った事のある場所にしか移動できない。

シュヴァルツは国境のある町にはまだ行った事がなかったのだ。


だから、そこから国境まで飛行魔法で移動することにした。

しかし、途中から森林の多い場所になり、空からでは見えなくなってきたので、下へ降りて徒歩で移動する事にした。


シュヴァルツの疲労もピークに達していた。

戦闘のあと、休む間もなく高度な技術のいる瞬間移動魔法を使い、自身の携行している剣の他に、二本の重い剣を持って走らなければならない。



走る速度も遅くなってきたその時。


「・・・!」


向こうから何かが来る気配がした。


持っていた二本の剣をギュッと握り直す。




シュヴァルツは慎重に歩を進める。


人影が見えてきた。

誰かが走ってくる。



「あ?誰だ?」



もっと接近すると・・・、


「―――――その恰好は、アラザス兵だな!」


なんという僥倖だ!


「良かった!無事だったんだな!?」



シュヴァルツの問いかけに、走ってきた人物がビクッと驚く。

そしてその場に立ち尽くした。


「あ、なたは、シュヴァルツ国王・・・?」

発した声は、聞き取れないほどか細かった。

その人物は、無造作な黒みがかった茶色の髪と、髪と同じ色の瞳。

アラザスの軍服に身を包んだ、まだ若い男性だった。



シュヴァルツが駆け寄る。


「アラザス兵で間違いないな?」


すると、その男性は無言でうなづいた。


シュヴァルツはそれを聞きホッとする。

肩の荷が降りたような気持ちだ。


・・・しかし、若いアラザス兵の表情が暗い。

というか、顔面蒼白だ。


(なんだ?)

シュヴァルツが違和感を覚え、そして焦りを感じはじめる。

「おい、他のやつらはどうした」




すると。



若い兵が急に、崩れ落ちるように地面に手を付き座り込んだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい!!」


そして大声で謝罪の言葉を発した。



「なっ・・・!」


シュヴァルツが面食らう。

そして慌てて兵士の隣に来て自身もしゃがんだ。

「どうしたんだ、何があった」

若い兵の背中に手を当てなでさすり、落ち着かせようとする。

顔を覗き込むと、あやまりながら涙を流していた。



しかし彼は「ごめんなさい」という言葉だけを繰り返し、会話にならない。


「なにを謝っているんだ・・・!ちゃんと話せ!」

早くアラザス国民の事が知りたいのに、これでは埒が明かない。


「あ・・・」

怒鳴られて兵士はやっと謝るのをやめた。


「す、すいません・・・」

「謝るのはもういい」

「あ・・・」

「お前、名前は?」

「あ、お、俺は、グラード=デイと言います」


「グラード。俺はお前たちを助けに来たんだ。ドレアーク軍が迫っているのを聞いて、ラドバウト公から頼まれた」


「そ、そうだったんですね・・・」

やはりグラードは浮かない表情だ。


「他のアラザス国民は?一緒だったのでは?コルセナ兵は?」

「・・・」

グラードは無言になってしまう。


「グラード」

シュヴァルツがうながす。

するとグラードは、ギュッと握っていた両方の手を広げ、手のひらを見せた。


「――――――っ!」


それを見たシュヴァルツが目を見開く。



グラードの手のひら全体が、少しだけ乾きはじめた血で染まっていたからだ。



ポツリポツリと話し始めた。

「・・・抱き起しても、返事も、目も開けてもくれなくて、みんな、血まみれで・・・」



「おい」


シュヴァルツの顔から血の気が失せていく。



よく見ると、グラードの軍服にも赤い色が滲んでいた。



(まさか・・・)



グラードは再び涙を流し、突っ伏した。


「ふっ・・・うぅっ・・・。アラザス国民は、みんな、殺されました・・・!!」




「そんな・・・っ!」


シュヴァルツも茫然と地面に両手をつき、ガックリとうなだれる。


「間に合わなかったのか・・・っ」



シュヴァルツは拳を地面に何度も打ち付ける。


「な、にが、瞬間移動だ・・・!間に合わなかったら意味が無いじゃないか・・ッ!!」




シュヴァルツがふと気づき、声を絞り出す。

「・・・そうだ。コルセナ兵は?国境で落ち合う約束だったんだろう?」

グラードはうなづく。

「コルセナ兵も、全滅です・・・。俺だけ、生き延びてしまったんです・・・」


シュヴァルツは怒りをにじませる。

「くそっ!なんてやつらだ!丸腰のアラザス国民、直接関係の無いコルセナ兵まで皆殺しにするとは!!」


「・・・」

それを見て、グラードはふとある事に気づく。

「あなたは、俺の言う事を信じるんですか?もし俺がドレアークに寝返ったりした者だとしたら・・・」


シュヴァルツは悲しそうに笑みを浮かべる。

「信じるよ。俺はな、突然会ったアラザスの二人の人物に、信じてもらえて、大事なものを託されたからな」

そう言って二本の剣を見せる。


「そ、それは――――――!」

グラードが驚く。


「この話はあとだ。とにかくその場所へ行こう。お前の事は信じているが、俺もこの目で確認したい」

シュヴァルツが歩き出そうとしてふと立ち止まり、後ろを振り返る。


「―――――っと。行けるか?もし嫌なら俺だけでも」


「・・・っ」

グラードはふるふると頭を横に振る。

「行きます」


二人は重い足取りで国境付近へ歩き出した。








****




「・・・っ」


国境付近の、グラードたちが攻撃された場所にたどり着いた。



二人は茫然と立ち尽くす。

シュヴァルツがレオンハルトとともに行った本陣の光景のようだった。

まさに地獄絵図。


無数の死体がそこにはあった。



グラードはシュヴァルツの隣で吐きそうなり口元を押さえる。

押さえながら話した。

「俺、亡命の国民の一番後方を歩いていて、もうすぐ国境を越えるってみんなで喜んでて。・・・で、気づいたらドレアーク軍があそこの、後ろまで来ていて・・・」

左手で木の多い茂ったアラザス国境側の奥を指さす。

シュヴァルツは静かにそれを聞いた。


「俺、防御壁が得意で、防御壁を張っんだけど、すぐに吹き飛ばされてしまって・・・」

そこで一呼吸置く。

「気づいた時は、一番後ろの、コルセナの国境も越えて、ここまで飛ばされてました」

それはちょうど今いる位置だ。

シュヴァルツは眉根を寄せる。

「ドレアーク軍の軍事力はやはりあなどれないな・・・」

グラードはうなづく。

「飛ばされてる間にも、攻撃されてたのか、気づいた時は、ほとんどやられてました・・・。もう俺には、成す術は無かったです・・・」


二人はしばらく無言になった。



グラードがポツリと言う。


「どうして俺だけ生き残ってしまったんだろう・・・」



「・・・」

シュヴァルツがグラードを横目で見る。

しかしすぐさま前を見据えた。

「悔やんでしまう気持ちはわかる。だが今は生き残っていることを希望に思え」


「希・・・望?」


シュヴァルツは悲しそうに微笑んだ。









二人は、あの悲惨な場所で話すのはつらいからと、最初に会った場所まで戻ってきた。



「これは・・・」


シュヴァルツが二本の剣をグラードに見せた。

そしてグラードにラドバウトの意図する事をすべて話した。


「そう・・・だったんですか。ラドバウト公と、ユリウス公が・・・」


少しの間のあと、グラードはギュッと目をつぶった。

「あれが、最後だったんです。二人と話した・・・」


「・・・」

シュヴァルツはゆるりとグラードを見た。



グラードは、思い出していた。

『ドレアークが戦争をしかけると前々から知っておいて、なぜ何も準備しないのか、俺にはずっと疑問です!!』

そう叫び、会議場を飛び出して行ってしまった。




グラードは苦笑する。

「・・・その後、ユリウス公に諭されました。でも、やっぱりわかんなくて納得できなくて・・・」


「そうか・・・」

シュヴァルツはそう一言を言った。



「でも、アラザスがどれだけ軍事力を上げようと、どっちみち戦争になる。そうなれば、こんな、悲惨な状況が両者で繰り広げられることになる・・・。俺の言ったことは、間違っているかもしれない。今は、そう思います。あんな最後で、俺は後悔ばかりです・・・」



「・・・最後にするな」

シュヴァルツの声はかすれていた。


「え?」


「彼、ラドバウト公はまだ生きている。希望はある」


「しかし・・・。アラザス公国は戦争で負けてしまったんですよ、ね?」


「まだだ。意思がここにある」


そう言って二本の剣を見せる。


「この剣がどんなことを意味しているか、わかるな?」


「はい。アラザスに代々継承される、国の代表が持つ国の意思」


シュヴァルツは満足そうに微笑んだ。

「俺は希望があると言ったよな?」


「は、はい・・・」

それはグラードがシュヴァルツと会ってから何度も口にしている言葉だ。


シュヴァルツが、ぐい、と一本の剣をグラードへ押し付けた。

「えっ」

「それは、この剣と、そしてアラザス国民であるお前だ」


グラードは焦り、その剣を受け取らない。

「で、でも、俺なんて・・・」


亡命した国民を一人たりとも守ることもできなかった男だ。

兵士なのに、兵士らしくないことをした。



「・・・・・・」

シュヴァルツは考える。

(彼はまだ若い。しかも一人きり。この二本の剣を託すことなどできるのか?)

シュヴァルツもまた、半信半疑だった。



「まあ、無理強いはできない。だからお前が決めろ」

「俺?」


「――――最後に聞く。これを受け取る事ができるか?」


グラードは眉根を寄せ、下を向く。

「正直、わからないです。アラザスの目指す平和とは、意思とは・・・なんなのか。ラドバウト公にあんな事を言ってしまった事は後悔はしていますが・・・」


(そうか、ならば・・・)

シュヴァルツは考えをめぐらせる。


そしてニヤリと口角を上げた。

「ではわからせてやろう」


「え?」

思わずグラードが顔を上げる。


「もしもこの二本の剣の受け取りに迷いがあるのなら、俺と一緒に来い。これは俺が預かっておく」

そう言って二本の剣を引っ込めた。


「へ?」

グラードは間抜けな顔をしてしまった。


「アラザスとヴァンダルベルクの主義は似ている。そのうちお前にもわかる日が来るかもしれない。もし時間が経過しても理解できないのであれば、受け取らなくていい、お前の好きな道に進め」


「どういう意味・・・」



「アラザスの意思を守るため、俺のそばで働け」

シュヴァルツは少しだけ、曇っていた心が晴れた気がした。



「え――――――?」


顔を上げれば、シュヴァルツの真剣な目と合う。

(・・・綺麗な瞳だな)


グラードは、そのことだけを感じた。

「・・・はい」




(ユリウス公・・・)

ふとシュヴァルツは、何かに気づく。

「まだやり残した事がある。一緒に来い」



そしてシュヴァルツはグラードを連れて、瞬間移動した。




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