第67話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(9)
一階の入り口付近に、同じ特務部隊所属のクリスが腕組みをして立っていた。
「クリス!」
レオンハルトが声をかけると、彼は面食らった表情をした。
「な、なんで、レオンハルト王子が・・・」
ドレアーク軍が完全に王宮の敷地内からいなくなるのを待って、レオンハルトたちは王宮を出た。
正門までの道のりを、足早に歩きながら事のいきさつを説明する。
するとしぶしぶ納得したようだ。
「シュヴァルツ国王が、瞬間移動ねえ・・・」
クリスは一番、そこに驚いていた。
シュヴァルツが瞬間移動の魔法を使えるという事を、レオンハルトは本当は隠しておきたかった。
しかしオーウェンが「ドレアーク軍に消える瞬間を見られているし、いずれこの事実は広まってしまうだろうから、もう隠しても無駄だ」と考えた。
だからレオンハルトもクリスに事情を説明する際、瞬間移動の事も隠さずに話したのだ。
「さきほどアラザス最高責任者が連れて行かれるのが見えました。――――ドレアーク王国が、勝利したんですね」
オーウェンがうなづく。
「ああ。十中八九、アラザスを制圧したことになるだろう。いずれドレアーク側からなんらかの報が入る。あとは、亡命したアラザス国民が・・・」
そこでハッと気づき、オーウェンがレオンを見る。
「シュヴァルツ国王の件は、伏せて置いた方がいいのか?」
レオンハルトが知るすべての事情を話した。
だからオーウェンはたぶん、シュヴァルツの取る今後の行動の事について言っているのだ。
託された剣を持って亡命したアラザス国民の元へ行く事を。
「・・・うん、できれば」
シュヴァルツの行動を、誰にも邪魔されたくない。
そう思った。
「どういうことですか?シュヴァルツ国王がどうしたと?」
クリスが怪訝そうに聞き返す。
「いや・・・、シュヴァルツ国王は瞬間移動で国へ帰還したと思う。・・・アラザス国民が亡命しているそうなんだが、そこにドレアーク兵が迫っているかもしれない」
オーウェンは、シュヴァルツの事は言わないでいてくれた。
「――――そうですか」
クリスはまだ何か言いたそうだったが、それ以上詮索しないでくれた。
(そういえば、クリスは僕にあまり良い印象を持っていないんだったな・・・)
任務で一緒にヴァンダルベルク王国へ行った時、陰口を言われた。
直接にも言われた。
(なんでそこまで言われるんだろう・・・)
少し前を歩くクリスをチラリと見る。
(なんかムスッとしているような・・・?)
今回は潜入任務という事で、クリスはローブで目だけ出し顔を隠しているので、はっきりした表情はわからない。
だが、なんとなく、雰囲気が良くない・・・。
「・・・っ!」
王宮の中もそうだったが、途中、王宮から正門までの通路にも、アラザス兵たちが倒れていた。
ドレアーク軍の戦力を痛感した。
「こんなにもたくさんの犠牲が出るなんて・・・」
レオンハルトが悲痛な声を出す。
その倒れている兵士たちの横を通らなければならない。
僕には、彼らをどうしてあげることもできない。
それこそ、オーウェンが言っていたユリウスの遺体をどうする事もできないままあの場に置いているのと同じだ。
(ユリウスさん・・・)
彼の事を考えるとまた涙が出てくる。
(ユリウスさん、そして勇敢なアラザス兵士たち・・・)
教会で祈りをあげるように、レオンハルトは心の中で祈りながら通った。
そしてレオンハルトには、もう一つの感情が心を支配していた。
(僕は、あの場にいたのに、何もできなかった)
国と国との関係があるから、仕方なかった。
オーウェンはそう慰めてくれたけど、それでも。
恐ろしい考えにまで行き着いてしまうのだ。
(僕は、あの場にいたのに何も出来なかった。ラドバウト公を見殺しにしたも同然ではないか――――――)
「・・・・・・」
そしてレオンハルトはあることに気づく。
「ら、ラドバウト公はどうなるの・・?」
恐る恐る、隣を歩くオーウェンに聞いてみた。
オーウェンは少し考えてから口をひらく。
「よくは知らんが、戦争での党首の捕虜となれば、拷問されて死ぬか、ゴールドローズの監獄に収監され罰を与えられ最悪処刑か、そこで一生を終えるか、そういうのが一般的なんじゃないか?」
「そ、そんな・・・」
恐ろしい。
ラドバウト公がそんなことになるなんて・・・。
「彼が、どんなに悪い事をしたというの・・・。国を守るために戦っただけなのに・・・」
レオンハルトが悲痛な声を上げる。
それをクリスが横目でチラリと見る。
「しかし彼もまた、殺人者だ。敵を攻撃し、殺したんでしょう?」
「――――――っ」
クリスのその言葉が、胸にグサリと刺さった。
「でも・・・」
それは、国を守るためで・・・、
「仕方なかった?」
「!」
クリスがレオンハルトが言わんとする言葉を発した。
「クリス・・・」
「仕方ないで済んだら、皆が人殺しになる」
クリスは歩きながら前を見据えて厳しい表情でそう言ってのける。
人殺し・・・。
クリスは容赦なくレオンハルトの胸をえぐるような事を言ってくる。
「おいクリス。そこらへんにしとけ」
レオンハルトの顔が青ざめているのに気づき、オーウェンがクリスを制した。
「・・・ふん」
「・・・」
レオンハルトはうつむく。
(そうだよね、誰であろうと、『仕方ない』で片づけてしまえばだれでも許されてしまうってことだよね?)
(僕は、まだまだ考えが甘いの?)
「おい、レオンハルト王子!」
「あ・・・」
顔をあげると、目の前にオーウェンの顔があった。
「ボーっとしてたぞ。ちゃんと前を見て歩け」
「あ、ご、ごめん・・・」
「いつまたドレアーク兵が来るかもわからん。急ぐぞ」
「うん・・・」
まだどこかぼんやりとしたレオンハルト。
オーウェンが小さくため息を付く。
「お前は自分の頭の中に閉じこもることが多いな」
「え?」
いきなり何を言うの?
「いつもボーと何か考え事をしていて、俺がそのたびに呼びかけているぞ」
「そ、そうだっけ」
そんなに何回もあったっけ?
「――――まあ、俺も同じようなものだがな」
オーウェンがポツリとつぶやく。
「え?」
「俺も、自分の頭の中でばかり考える」
「?」
「いや、なんでもない」
オーウェンはかぶりを振り、話を終わらせた。
「ここからは飛行魔法で帰る」
「うん」
「それと、先にこの戦争の状況を知らせるため、国へ伝達石を飛ばす」
そう言うと、自身の懐から伝達石を取り出し、左手のひらに石を乗せ、その石に何やら魔法を詠唱した。
何か文字を書いている仕草にも似ている。
すると伝達石が光り出し、石からぴょこんと小さい羽が生えてきた。
そしてオーウェンの手を離れふわりと宙に浮いた。
羽は小刻みにはばたき、そのままシュン!と風の音をさせて、一気に遠くまで飛び、そのまま見えなくなった。
(すごい、早い・・・)
圧倒されるレオンハルトを見て、クリスが言う。
「オーウェンはガレス副隊長の次に伝達石を使うのが上手いんだ」
「へえ・・・、オーウェン、凄いね」
「まあ、伝達石は好きだからな・・・」
少し頬を染めて言うオーウェン。
(褒められて照れてる?)
「伝達石が好きなの?」
すると、オーウェンは、伝達石が飛んでいったであろう空を見つめる。
「―――――ああ。あの小さい羽がなんとも、か・・・」
「か?」
オーウェンは何かに気づき、途中で言うのをやめた。
「い、いや。なんでもない」
すぐさま真顔になった。
(なんなんだ?気になるなー)
しかし今はそれ以上詮索している場合ではない。
クリスを見ると、クリスもいつもと様子が違う。
「―――――ガレス副隊長は、伝達石を扱うのもうまいし、なんでも上手いんだよ」
なんだか『ガレスの自慢』ではなく、自嘲気味に言っているように見えるのは気のせいだろうか?
(なんだろう?二人とも)
「これですぐにレガリア国へ伝わるはずだ。俺たちも早く帰るぞ」
「うん。――――あ」
レオンハルトはふと気づく。
「僕、飛行魔法使えないよ?」
「そうか、では、俺が魔法をかけてやる」
ある程度レオンハルトの力量を知っているオーウェンは、飛行魔法を使えないのを知っても驚かずにいたが、クリスは・・・、
「飛行魔法も使えないのですかッ!?」
クリスが目を見開いて叫んだ。
その表情にレオンハルトは驚く。
「―――・・・う、うん。ごめん。魔法は詠唱できるけど、発動しないんだ・・・」
もちろん魔法は何回も練習している。
(このまえ魔法が少し使えるようになって、飛行魔法も使えるかなと思って詠唱してみたけど駄目だった)
「・・・」
クリスは何か言いたそうな表情をしていたが、そのまま黙った。
そして飛行魔法で一人、飛び立って行ってしまった。
「あっ・・・」
「さあ行くぞ、あいつに置いて行かれてしまう」
冗談ともつかない事を言い、オーウェンがレオンハルトにも飛行魔法の魔法をかけてくれた。
「ありがとう」
その後二人はクリスに追いつき、三人でレガリア国の王都をめざした。