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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第三章 ドレアーク王国とアラザス公国
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第65話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(7)





「お話し中のところ申し訳ありませんね」




「―――――――!」


一人の男性が、兵士たちの間を縫うように前に出てきた。





「貴様は――――――!」

シュヴァルツの表情が一変する。




「知っているのか?」

ラドバウトが訊く。



するとフッと皮肉げに笑う。

「知ってるもなにも、うちの元騎士団員ですよ」


「なに!?」




シュヴァルツは、目の前にいるその元騎士団員に聞こえるように、わざと大きな声を出す。

「ゾルデ=フィメネス。ヴァンダルベルク王立騎士団の団員であったお前が、何故ドレアーク側にいる?」



ゾルデ、と呼ばれた人物は、切れ長の紫色の瞳を更に細くし、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。

「ふふ。これはこれは。まさかあなたがこんな所にいるとは。ヴァンダルベルク王国の王子、いや、国王様になられたようですね」

紫色の真っ直ぐな髪を肩までのばし、細身の体型は、あまり戦いには不似合のようにも見える。



ギリ、とシュヴァルツが睨む。


「なぜドレアークに寝返った!!」

シュヴァルツが叫んだ。



「寝返るとは失敬な」

飄々とした顔だ。


そして続ける。

「私は自分自身の感情に嘘はつけなかったのですよ」

「なに」

「偽善的なヴァンダルベルクを出ようとね」

「―――――っ!?」



「き、さま・・・!なにが、偽善的だ・・・!」


シュヴァルツは、悲しみと苦しみと悔しさで涙が自然と溢れてくる。



そして、悲痛な叫び声をあげた。



「お前たちが父さんを殺したんだろう!!」





「なんだって!?」


ラドバウトのところにも、ヴァンダルベルク国王が暗殺された話は聞こえて来ていた。

(まさか、こいつが暗殺犯―――――?)



だが、ゾルデは焦る事も狼狽える事も無く、口角をあげニヤリとする。

「私には関係ありませんよ」


「いや、お前たちしかいない!!」


「ふふ。冷静になってくださいよ、国王」



シュヴァルツは叫ぶ事をやめ、涙をぬぐった。

「いや、俺はいたって冷静だ」


そして淡々と話し始めた。

「お前たちが国を出て行った時期と、父さんが殺された時期はほぼ一致している」


「・・・」

ゾルデは片眉を上げた。


そして大げさにため息を吐く。

「どう捉えようが、私には関係ありません。私はただ、私を重用してくださる方の元にお仕えしたいと思っておりますので。そして今回まさにその利害関係が一致した・・・」

「利害関係?それはなんだ」

シュヴァルツが聞き返す。

だが、ゾルデは答えず、懐から何かを取り出した。

「もうこの話は終わりましょう。私はシュヴァルツ国王、あなたではなく、そちらのラドバウト公に用事があるのです」


「俺の話は終わっていない!!」


「さあ、ラドバウト公をこちらへ渡してください。でないと、私も武力行使しなければならない」


シュヴァルツはそれを無視し、話し続ける。

「お前が暗殺犯だと言わないのなら、では俺も、お前を捕えて自供させるまでだ」


「・・・ふ。面白い事を言いますね」



「おい、シュヴァルツ国王?大丈夫か?」

ラドバウトが心配そうに声をかける。

(自分の父親の殺人犯かもしれない人物を前に、冷静でいられるのか?)


その心配を無視し、シュヴァルツが前を見据えながら言った。

「・・・やつは幻術使いです。気を付けてください」

「幻術使い・・・」

ラドバウトは息を呑んだ。

アラザス公国にはその魔法を使える者はいない。


幻術使いとは、幻術魔法を得意とする魔道士だ。

主に楽器を使い演奏し、その音楽により相手を惑わせて相手を意のままに操ることのできる魔法だ。

味方にも有効な魔法もある。

高い能力が必要とされるのと、戦闘以外ではあまり需要が無いのもあり、あまりこの魔法を使用するものはいない。





ラドバウトがふと気づく。

「おい、もしかして本陣で魔物を操ったのは・・・」


「!」

隣でつぶやいたラドバウトの顔を見て、シュヴァルツもまた何に気づき驚く。


「―――――そうか。俺とした事が・・・。違う事に気を取られていた」


ゾルデを見る。

「本陣で魔物を操ったのはお前か?」



すると、下を向いてふっと笑った。


「――――魔物は王宮(ここ)まで連れて来るのは少々負担が大きいんですよ。私の能力もまだまだですね」


「―――――!」

シュヴァルツの問いに肯定はしていないが、ゾルデが魔物を操っていたのは間違いないようだ。



「お、まえ、魔物まで操れたのか・・・。騎士団にいた頃は気づかなかったな・・・」

そのシュヴァルツの驚愕の表情に、ゾルデが得意げに言った。

「騎士団にいた時は、隠していましたから」

しかしその顔にふ、と影を落とす。

「そんな事を言ったら、国から追い出されそうですからね、あなたの国は。みんな良い子で、平和に穏やかにと。私にはそのすべてが偽善的に見えました」


「なんだと・・・」


怒り心頭のシュヴァルツを横目に、ラドバウトが訊いた。

「魔物はどこへやったんだ?」


ゾルデがめんどくさそうに口をひらく。

「マギアス・ファウンテンに還しました」


「マギアスファウンテンだと!?」

「あそこに魔物たちがいるんですよ?知りませんでしたか?」

「それは知ってるが、しかし・・・」

マギアスファウンテン周辺が危険な場所である事は周知の事実だ。

だから、アラザス公国もマギアスファウンテンの権利の半分を所有しているが、いまだ未開の地となっているのだ。



「幻術ですよ」

「その魔法で、おびき出したのか?」

「ご名答」

笑顔でパチパチと拍手をした。



「正解したので、では、特別に見せてあげましょう。私の魔法を」

そう言ってゾルデが手にしていたものを胸元まで上げた。


ラドバウトが気おくれしていると、シュヴァルツが隣で剣を構えた。

「あれがやつの武器だ」


「なに」


ラドバウトには音楽を演奏する楽器にしか見えなかった。

ゾルデが持っているのは、フルート。

銀色の管に、紫色が混じっていて、普通のフルートよりも少々細く長い。




「【トロイメライ】・・・」

目を閉じ、ぽつりとつぶやく。


そして急にカッと目が見開らかれた!



「【バーサーク】!!」



ザアアっと、ゾルデの周囲に風が吹きはじめ、砂埃が巻き上がった。




ゾルデはフルートに、唇をつけた。


フルート全体が紫色に光はじめた。




そして音が聞こえてきた。


フルートの奏でる音楽だ。


その重低音の旋律は、夢の中に入ってしまいそうになるような幻想的な調べ。



兵士たちはその曲が聞こえると、ひとり、またひとりと、グラリと体が傾ぐ。

体が一瞬淡く光る。


そして、兵士たちの目が赤く光り、こちらへ突進して来た・・・!



「その魔法で、兵士を狂暴化させる気か・・・ッ!」

シュヴァルツが叫んだ。



ゾルデが大きく目を見開き、叫ぶ。

「そう。狂暴化して身体能力も限界を超える・・・!」




「くそっ、お前の方が狂ってるよ!ゾルデ・・・!」

シュヴァルツが防御壁を強化しようとした、その矢先。




「くっ」


ラドバウトに突進してきた兵士が一撃を食らわせた。

腕から血が流れる。


「大丈夫か」

「ああ。かすり傷だ」


シュヴァルツはすぐさま回復魔法を施した。

傷はあっという間に消えたが、シュヴァルツが焦りの表情を見せた。

「防御壁が突破されてしまったな」

ラドバウトがうなづく。

「限界を超えるってのは、あながちウソでは無さそうだ」


シュヴァルツがゾルデに向かって叫ぶ。

「そんな事をして、兵士たちは耐えられるのか・・・!?」


それを聞くと、嘲るような顔をする。

「ふん、他国の兵士の心配などしている暇があるのですか?」


そしてニヤリと笑う。

「さあこれで、―――――『狂戦士』の出来上がりだ!」







*****************




ガキイイイン!



剣のぶつかり合う音だけが中庭に響く。



ラドバウトが数人の兵士を相手に剣を振るう。

『双頭の剣』の異名をとるだけの事はあって、その剣さばきはたとえ相手が一人であろうが数人であろうが、スピードは変わらない。

一人を剣で交わし、返す刀で別の兵士を斬る。




(ああ、戦ってる・・・)


レオンハルトは遠くから、胃が痛くなるほどの恐ろしさと緊張感に苛まれていた。

訓練ではなく、『実際の戦い』というのを見るのは初めてだった。


(戦うって平然と人は言うけれど、人を斬ったり、魔法で攻撃したり、みんな、怖くないの?)

(僕は、レイティアーズに剣術のテストをされた時も、怖くて逃げ出したほどなんだ)

(今だって、攻撃が僕の方にまで飛んできたらどうしよう、とか情けない事を考えてしまうんだ)

(それとも、()()()()怖くなくなるの?)

(僕の考えは、やっぱりおかしいのかな・・・)





「くっ・・・!」

徐々にラドバウトはジリジリ後退していく。


狂戦士と化した兵士たちは、勢いにまかせ、どんどん突進してくる。

魔法をあまり使ってこない点では、助かっているが。


「なんて手ごわいんだ!」

本調子ではない彼には、この数の、しかも幻術魔法をかけられた兵士たちを相手にするのは至難の業だ。




「もう、やるしかない・・・」

ラドバウトの後ろで見ていたシュヴァルツが呟いた。


シュヴァルツが敵を倒そうとすると、

「君は戦うな!」

と何度も言われた。

そのたびに思いとどまっていたが、もう限界だ。




ヴァンダルベルク王国の国王がドレアークに攻撃をした、というのが知れたら、ドレアークがヴァンダルベルクを攻撃の対象とみなす恐れがある。

ならば・・・。


「ならば、()()()()()()()()()倒せばいいんだ」


そう。


()()()()()、な」


(そうすれば、誰にドレアーク軍がやられたのかも、誰にも知られずに済む)




「シュヴァルツ・・・?」

レオンハルトが遠目にシュヴァルツの異変に気づき、怪訝な顔をする。





(そう。国民を守るのも、俺一人でいい)

たとえ部下が離反しようとも。



そのために、もっと強大な魔力を。



「うおおおおお!!」


シュヴァルツが叫んだ。

マギアスを大量に体内に取り込む。



「シュヴァルツ!!!?」

レオンハルトはシュヴァルツの後ろ姿しか見えないが、彼の体からデュナミスオーラらしき光が溢れているのが見えた。

デュナミスオーラが見えるという事は、まだ魔法を制御できていない証拠。



「やめろ!!」

ただならぬ気配を感じ、ラドバウトが叫ぶ。


しかしシュヴァルツにはもう誰の声も届かない。




シュヴァルツの魔力に、ドレアーク兵すらも二の足を踏んだ。

焦ってゾルデが指示を出す。

「なにをしている!ドレアーク兵よ、ただちに攻撃を再開しろ!」

自身は魔法をまたドレアーク兵にかけ直す。




シュヴァルツがドレアーク兵を睨みつける。

片手に自身の剣を握りしめる。

シュヴァルツの剣はカイザーロングソード。

一般的に使われる片手剣のひとつであるロングソードの、改良版である。

スチールグレーの真っ直ぐにのびた両刃の刃は、何度も軽量化がおこなわれていて、戦闘時の立ち回りなどに優れる剣となった。

現在は主に騎士たちが持つ事が多い。





ふたたび幻術魔法をかけられた兵士たちは、今度はシュヴァルツの方へ向かっていく。

後方にいたドレアークの弓兵隊が弓矢を放つ。



それと同時に、シュヴァルツは魔法を詠唱した。



「荒れ狂う炎となれ、【神聖なる火の支配者ディヴァイン・ファイア】!!」



剣全体が赤く発光し、その光はシュヴァルツの体よりはるかに大きなものになった。



「なに!?最高位魔法だと!?」

ゾルデが驚愕する。


その魔法は、火属性魔法の最高位魔法。




シュヴァルツは剣を両手で握りしめた。


「おおおおお!」


ザッと風を切る音とともに、剣を振り下ろす!



すると、いくつもの炎が剣から放たれた。


それが様々な方角から、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのようにドレアーク軍へ向かっていく・・・!



兵士たちは、どこから飛んでくるかわからないような炎に気を取られ、シュヴァルツ自身へは攻撃出来ない。

先に放たれていた弓矢は、弧を描きながら飛んでくる途中で、その炎に焼かれ消えた。


「防御壁と水属性魔法だ!!」

幻術魔法をかけられていない兵士たちが、いそいで防御壁を作る。

そして火属性魔法を打ち消す効果のある水属性魔法を発動しようと試みる。


防御壁の無い兵士たちに容赦なくその炎が襲いかかる!

「ぐあああ!!」


ビリビリビリ・・・!

「くっ・・・」

防御壁を作った兵士たちも、壁がいまにも壊れそうなくらいの風圧を受けた。

その衝撃に押されそうになり、防御壁を作りながら足を踏ん張る。



炎は縦横無尽に襲い掛かり、あっという間に兵士たちの半数がその攻撃に倒れた。

しかし敵の水属性魔法により、その炎は消され、半数が生き残った。



「はあっ、はあっ」

肩で息をしながら、シュヴァルツは辺りを見渡す。

ゾルデがいつの間にかいなくなっていた。

(逃げた・・・のか・・・?)

「くそ・・・っ」

一番倒したいやつだったのに。






「シュヴァルツ・・・君は・・・」

中庭の奥で、レオンハルトはただただ圧倒され、そして恐怖を感じていた。




その恐怖は、攻撃が飛んできたらという不安な気持ちから、シュヴァルツがあまりにも強大な魔法を使っている事への恐怖の気持ちへと変化していた。


(そんな恐ろしいくらいの魔法攻撃・・・)


人を、殺めてしまうほどの攻撃を。



――――――平和を愛するきみが。



「―――――――ふッ・・・うっ・・・」


涙がほほを伝う。



(ああ、誰か彼を止めてくれ―――――――)




(僕が、何もできないから、彼ばかりが・・・)

歯がゆい思いにかられた。





シュヴァルツの魔法に、相次いで倒れる兵士たち。

だが、そのシュヴァルツもまた、まだ自身で制御しきれていない強大な魔法を使っている為、極度の疲労感からガクリと膝をついてしまう。


「――――おいっ!大丈夫か」

ラドバウトがシュヴァルツに駆け寄る。

荒い呼吸で、しゃべる事も出来ないくらいのようだ。




すると。


「そこまでだよ」



残っているドレアーク兵たちの後ろから、誰かが現れた。





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