第64話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(6)
ドガアアァン!!
バキバキバキッ!
中庭に接する、残されていた壁が破壊された。
「ドレアーク軍かッ!?」
ラドバウトが剣を構える。
シュヴァルツは防御壁を作り出した。
隠れているレオンハルトの方まで届くよう、巨大な防御壁。
そして魔法を放った右手を下げた。
防御壁は常に魔法を注ぎ込んでいないとすぐに消えてしまうが、レベルの高い魔道士ならば一度防御壁を作れば、放置しておいてもしばらくは魔法が持つ。
「ほう・・・」
ラドバウトが思わずその威力に感心する。
「いたぞ!こっちだ!」
ドレアーク軍の兵士が叫ぶ。
すると一気にドレアーク軍がなだれ込んできた。
この右翼塔は、城と塔の間を回廊で繋がっており、塔よりの部分に中庭があった。
城の三階相当の高さの中庭は、よじ登って上がるのは困難であり、回廊を渡り中庭を突っ切って来るか、塔の最下部の入り口から階段を昇ってくるかのどちらかであった。
「ちっ」
ラドバウトが舌打ちする。
「―――――残っていた兵か?いや、それにしては数が多いな」
五十名以上はいるだろう。
中庭の半分の面積を、ドレアーク兵で埋め尽くされてしまった。
「本陣からの援軍が来てしまったか・・・」
「王宮に残っているアラザスの兵は?」
ラドバウトの隣でシュヴァルツも剣を構える。
「我が兵は、すべて倒されたのかもしれんな」
その顔には苦渋の色を浮かんでいる。
そう言って自身の兵士たちの顔を思い浮かべ、目を伏せた。
(本当に、申し訳ない・・・)
国のために犠牲になった。
そして・・・、
(身を挺してかばってくれた・・・)
頭脳明晰な自身の補佐官。
戦いの中、一度だけラドバウト自身に危険が迫る場面があった。
そこで、補佐官がラドバウトを庇ったのだ。
その結果、彼は攻撃を受け息を引き取ってしまう。
涙が出そうになるのを我慢し、目をつぶったまま天を仰ぐ。
声を震わせる。
「・・・申し訳ない・・・」
小さい声でラドバウトはつぶやく。
「―――――!」
シュヴァルツがそれを聞き、息を呑む。
ラドバウトは気を取り直し、顔を正面へ向けた。
「シュヴァルツ国王、君たちは逃げろ。ここは大丈夫だ」
「・・・大丈夫なわけないでしょう」
ジロリと睨む。
「頼む。もし君がここで俺と一緒に戦ったら、ヴァンダルベルク王国もドレアーク王国の攻撃対象となってしまう」
シュヴァルツはフッと笑う。
「そんなこと、わかってますよ」
元は偵察をするためだけにアラザス公国へ来た。
それでなくても、現在幹部からの信頼は薄れている。
アラムにも怒られた。
今、自分がドレアーク兵に攻撃をしてしまえばどうなるか、考えただけで頭が痛い。
そしてなによりも。
(国民を、犠牲にしてしまう)
それだけは、避けなければ。
―――――だが、彼を置いて逃げる事は出来ない。
置いていけるわけがない。
シュヴァルツはドレアーク兵から目を離さずに、少しだけ後ろに下がる。
そしてラドバウトに話しかけた。
「瞬間移動します。いいですね」
少し前にも同じような事を言った気がするが、シュヴァルツはそれでも再び言わずにいられなかった。
すると、ラドバウトが首を横にふる。
「これは私のけじめだ。最後までここで戦う」
「馬鹿な事を言うな!今ならまだ助かる!攻撃されないうちに早く・・・」
シュヴァルツが怒鳴ったが、ラドバウトは冷静だ。
「戦って勝利するまでだ」
めずらしくシュヴァルツが言い返す。
「な・・・っ!?あの兵数に真っ向から勝負するつもりか!?あんたがどれくらい腕が立つのかは知らないが、今のあんたの体の状態なら無理だ!ここを脱出できれば、これからもアラザスの意思を残せるんだぞ!?アラザスの平和主義を、あんたたちの代で潰すつもりか!!」
「潰すつもりなど毛頭ない!!」
ラドバウトの怒声が響いた。
「――――――!」
その声に、シュヴァルツも、レオンハルトも圧倒された。
しかし、少し離れた場所にいるレオンハルトには、二人が何を話しているのかまではわからない。
ドレアーク兵たちが、何事かと剣を構え、戦闘態勢に入る。
ラドバウトは声を抑えて言った。
「国民の半数がコルセナに亡命している」
「なに」
「急に決まった事だったから、半数しかコルセナに移すことがができなかったが・・・」
ラドバウトはふっと空を見上げ沈黙する。
そして自身の剣をシュヴァルツの前に差し出した。
「もしも俺が敵にやられたら、その生き残った国民たちに、これを渡してほしい」
「え?」
まるでラドバウトのためにあるかのような大剣だ。
幅が広く長いのが特徴のブレイカーと名のつく種類の剣で、これは昔からあるタイプの【ナイトブレイカー】だ。
漆黒の刃に、ユリウスの剣同様、黒と茶色の柄にはアラザス公国の紋章が入っていた。
「君たちに託すのも、お門違いかもしれないが・・・今はこうする他はない」
シュヴァルツは少し苛立つ。
「だから、そういうのはもう・・・」
ユリウスにも託されたばかりなのだ。
それは上手くいったからいいものの、またしても大事な用件を頼まれるとは・・・。
「シュヴァルツ君。君は我らと同じ志だと思っている。だから、託したいんだ」
「そんな事をして、もしも俺が裏切って渡さなかったら・・・」
「頼む。少々荷が重いのは承知の上だ」
その眼差しはシュヴァルツをしっかりと捉えていた。
「・・・・・・」
シュヴァルツはふーっと大げさにため息を吐く。
そして頷いた。
「わかりました、渡します。ただし、ここで敵を倒して勝ったら、必要無くなりますよね?」
不敵な笑みを浮かべるシュヴァルツ。
(戦いは不本意だ。しかしこれを倒さないとどうにもならない)
ラドバウトは苦笑した。
「ああ」
そして目をつぶる。
(妻と子よ――――――)
亡命先にはラドバウトの妻と二人の子供も含まれていた。
どうか、生き延びてくれ――――――。