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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第三章 ドレアーク王国とアラザス公国
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第63話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(5)





(ラドバウト―――――)




―――――ユリウス?



ラドバウトがふっと空を見上げる。


声が聞こえた気がした。



(まさか、な)


ふ、と苦笑した。

聞こえるはずもない。

彼は今頃、本陣で指揮を執っているはずだから。





ラドバウトの頭上には、満天の星空が見えていた。


(また派手にやられたな)


ここはアラザス公国王宮内である。

王宮内の()()()()()()()()()()()()()


一時間ほど前に、ドレアーク軍が王宮に攻め込んできて、破壊された。

本陣に敵が現れたと伝達があってから、二時間後の事だ。

時間と距離からして、別部隊がこちらへ向かったのだろう。


そして混戦になり、王宮が破壊された。

(まあ、そうだよな。本陣だけに敵が現れる、なんてことはないもんな。こっちにも向かってくるのは当然だ)


読みが甘かった?

――――いや、違う。

敵が王宮に現れるまでの間に、国民の大半をコルセナ王国に移動させる事に成功したのだ。

いや、成功と言えるのはまだ早い。

(アラザスを出た国民と数名の兵士たちは、今頃はコルセナに到着しているだろうか?)

まだ到着していない可能性もある。


コルセナの国境付近でコルセナ兵が待っていて、そこで落ち合い一緒にコルセナへ行く手筈となっている。


もしも国が乗っ取られようとも、その意思を継ぐ国民が生きている。

(それだけでも満足だ)



ふと、負傷した右腕に目を落とす。

「まいったな・・・」

この状態だと、自分の回復魔法では治せない。


これでは、剣も振れない。



「っ・・・」

立ち上がろうとしたが、疲れが出て、思わず片膝を付く。


ラドバウト一人で、ドレアーク軍の兵を五十人は倒したのだ。

本陣に人数をかけてきたとはいえ、王宮に攻め込んできた数は数百名。

アラザスの王宮に残っていた兵士たちよりもはるかに多い。

しかしアラザスの兵も果敢に戦ってくれて、ドレアーク軍の残りの兵は数十名になったはずだ。

だがこの残兵がいつまた現れて襲ってくるかもしれない。


しかも・・・、

(本陣の状況を把握して、逐一報告する役目の兵が戻ってこないな)

そろそろ戻ってきても良い頃だが。


(まさか、本陣の敵も、こちらに向かっている・・・?)

いや、本陣を信じたい。

なによりあそこには、ユリウスという頭脳明晰で優秀な魔道士がいるのだから。







ひとつの光が、いつになく輝いているように見えた。

流星群が落ちてきた日が、もうずっと昔の出来事のようだ。


(光の戦士、ルカ、か・・・)


ユリウスはたまにプラネイア大陸の神話の話を持ち出して話した。


地上の生命の希望であるルカ。


『アラザス公国も、そんな希望の光のような場所にしましょう』


誰もが平等で平和な安住の地。


彼の家系はドレアーク王国に住んでいた頃、あまり良い待遇では無かった。

だからこそ、人一倍想いが強いのだ。

もっとひどい扱いを受けてきた者もいる、悪政に未来の展望を見込めない者、不当な扱いを受けてきた者もいる。

そんな彼らの誰もが、それを願っているのだ。









すると。



「ラドバウト公!」


聞きなれない声に呼ばれた。


だがそれは敵ではない、と瞬時にわかった。





「良かった!間に合った・・・!」

そう言いながら向こうから二人の男性が駆け寄ってくる。


「君たちは―――――」

意外すぎる人物の登場に、ラドバウトは目を見張った。




****



「ユリウスから・・・!?」



シュヴァルツはここへ来た経緯を説明した。


「そうか・・・、本陣が・・・」

ラドバウトは平静を装っているように見えるが、声は震えていた。


ラドバウトの負傷に気づいたシュヴァルツが、回復魔法で治療する。

「ありがとう。これで剣が振れる」


ラドバウトはなんとか立ち上がり、その剣を受け取った。

とてもよく知っている、ユリウスのサーベルだ。

『双頭の剣』と呼ばれる所以。



シュヴァルツが早口で言った。

「本陣のドレアーク軍の兵がここへ来ます。魔物だって、来るかもしれません。ここを離れたほうが」

ラドバウトは首を横に振る。

「ここにいるさ。ドレアークの別部隊の残兵も、どこかに潜んでいるかもしれないからな」


(ラドバウトさんも、ユリウスさんと同じ事を言う・・・)

レオンハルトはそうぼんやりと考えた。


「一国の主が、戦場を出て行くわけにはいかんからな」

「そうですか・・・」

シュヴァルツは納得がいかないようだった。



ラドバウトは厳しい表情でシュヴァルツを見た。

「それより・・・、ユリウスの、状態は」


(あ・・・)

レオンハルトは思わず身構えた。

もし、それを知ってしまったら、彼は、どんな思いをしてしまうんだろう。

できれば、言いたくない。

それはシュヴァルツも同じようだったが、しかし言わなければならない。

シュヴァルツは静かに目を閉じ、首を横に振った。


「そんな・・・ユリウス・・・」


ラドバウトは崩れ落ちるように地面に手を付いた。


「ラドバウトさん!」

レオンハルトがラドバウトの隣に来てしゃがみこんだ。

「・・・っ」

顔をのぞきこむと、ラドバウトの顔は蒼白になり、目には涙が浮かんでいた。


(とても大切なひとだったんだろう、ユリウスさんは)


そしてしばらく、彼は涙を流した。


「・・・すまない。感情的になっている場合では、ない、な」

鼻をすすり、涙をぬぐい、立ち上がった。


シュヴァルツが口をひらく。

「いえ。・・・彼は、最後まで本陣に残ると言っていました」

それを聞くと、ラドバウトは少し笑った。

「そうか、あいつらしい」



「あの・・・ラドバウトさん」

「なんだ?」

レオンハルトは、どうしても気になってしょうがない事を口にした。

「ユリウスさんが最後に会ったのが、僕たちでよかったんでしょうか」

彼の大切だった人を無理やりにでも王宮まで一緒に瞬間移動させた方が良かったのではないか、ラドバウトに会ってから、そんな後悔の念にかられていた。


ラドバウトはユリウスの剣を見つめ、微笑む。

「・・・この剣を受け取っただけで十分だよ」

「・・・」

レオンハルトはそれ以上何も返せなかった。


シュヴァルツが冷静な顔で言う。

「・・・少し聞いてもいいでしょうか」

ラドバウトが顔を上げシュヴァルツを見た。


「この剣を渡した事には、どんな意味あいがあるのですか?」

ラドバウトは、すぐさま答えた。

「この剣は、代々最高責任者が所持する剣だ」


「え!」


(そういえば、なんとなく年季が入っているような・・・)

これが国の代表者の剣なのだと言われなければわからない。

(それとも僕には見る目が無いのだろうか?)

格式ばっているとかが、わからない。

剣の柄にアラザス公国の紋章が入っているそれは、黒と茶色の古びた色合いになっている。

これは経年劣化なのだろうか。

(でも刃はしっかりと研がれているようで、ピカピカだ)

しかし、本陣での戦いのせいなのか、ところどころ汚れている。




「だから、きっと、ユリウスは・・・ッ」

そこで声を詰まらせ下を向くラドバウト。


レオンハルトは焦る。

「ラドバウトさん!?言いたく無かったら言わなくていいですからね・・・っ!」


「おい」

勝手な事を云うな、とばかりにシュヴァルツがレオンハルトを睨む。

「だってそうだろ」

ひどいよシュヴァルツ、と批難する。


そんなレオンハルトを無視し、まだ冷静な顔のシュヴァルツは腕組みをしてラドバウトが言うのを黙って待つ。


ラドバウトはすぐに気を取り直して顔を上げる。

「いや、いいんだ」

そう言ってユリウスの剣の刃を、持っていた布で拭いた。

そして自身の剣と、ユリウスの剣、ふたつを同時に空に高く掲げてみせた。



夜空に、それは美しく輝いた。


―――――双頭の剣。


アラザス公国の意思を、体現している剣だ。



(気高い)

レオンハルトはそう感じた。

世の中には、こんな人たちもいるんだ。



ラドバウトが自身の剣を持っている方の手をおろした。

そしてユリウスの剣を掲げたまま、話す。

「――――最高責任者の証であるこの剣を手放したということは、最高責任者の任を辞する、ということさ」

「え・・・」

「だれか別の、新しい人物に渡してくれと。言外に、その意思を継いでくれと言っているんだ」

「・・・」

(そんな・・・)




ため息を吐きながらシュヴァルツが言った。

「なぜユリウス公は、そんな大事な剣を俺たちに託したのですか?」

「・・・」

ラドバウトは急に黙り込む。

そして、シュヴァルツとレオンハルトを交互に見た。

「君たちの眼差しが、似ていたからかな」

「え?」

「シュヴァルツ国王とレオンハルト王子。君たちは目がよく似ているね」

「目?」

(そんな事はじめて言われた)

レオンハルトがシュヴァルツの顔を見やる。

シュヴァルツもポカンとしている。


「澄んでいて、淀みがない。だからこそ、ユリウスは君たちに託したのかもしれないな」


(そう・・・なのかな。淀みが無いだなんて・・・)


そんなことは無い、とレオンハルトは思う。

買いかぶりすぎではないか。


シュヴァルツもそう思っていたらしく、苦笑してかぶりを振る。

「買いかぶりすぎです」

ラドバウトも苦笑した。

「まあ、俺の目測だがね」


そして真面目な顔になる。

「ヴァンダルベルク王国は、我が国と志を同じにする国だ。あの場に誰もいない状況で、君たちに渡すのは妥当だと考える」

「・・・わかりました」

シュヴァルツはそれで納得したのか、それ以上聞く事は無かった。





――――すると。


ドオオン!!



何かが爆発するような音が向こうから聞こえてきた。


「残っていたドレアーク軍か!?」

「もしかしたら、それとも―――――」


嫌な予感。







「――――来る!」

「レオン!隠れていろ!」

二人同時に叫んだ。


「えっ、えっ!?」


シュヴァルツは自身の剣を抜き、どこかを見据えながらレオンハルトに向けて叫んだ。

「顔もローブで隠せ!早くしろ!」

「は、はいっ」



レオンハルトはその勢いに思わず圧倒され、素直に従う。

ちょうど体を隠せるくらいの高さの瓦礫があったので、その後ろにしゃがんで隠れた。




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