第62話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(4)
「な、なんでだ・・・」
シュヴァルツは愕然としていた。
瞬間移動の魔法を使い、ヴァンダルベルクの執務室から消えた。
そして一瞬で、目的地まで着く予定だった。
そのはずだったが・・・。
そこには、よく見知った風景がひろがっていた。
「レオンの・・・部屋だ・・・」
何度も入った事のある、レガリア国王宮内のレオンハルトの部屋。
「俺は間違ったのか?転送先を・・・」
確かに、アラザス公国の本陣へ意識を集中させて魔法を詠唱したはずだ。
意識のどこかに、レオンが映り込んできたのか―――――――?
シュヴァルツは首を横に振る。
(駄目だ、集中しなければ)
辺りを見回す。
(レオンはいないよな?よし・・・)
(俺がこんな所にいるのが見つかったらめんどうだ。早々に消えよう・・・)
そう考え、瞬間移動の魔法を唱えようとすると・・・。
「あれ!?シュヴァルツー!?」
(いたのかよ――――!)
なんとも間抜けな相変わらずの声。
その部屋の主が、扉を開けて入ってきた。
「じゃ、じゃあな、レオン」
それだけ言い、シュヴァルツは逃げるように立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよお!!」
レオンハルトが全速力で駆けて来てシュヴァルツの腕にしがみついた。
「こ、こら離せ!」
レオンハルトはしがみついて離れない。
「せっかく会えたのに、もう離れたくないよ!!」
同盟交渉も、二人の関係も、上手くいかないまま終わった。
シュヴァルツと関係修復するには、またとない機会なのだ。
「―――――・・・ッ」
そのレオンハルトの言葉に、シュヴァルツは一瞬動きを止めたが、はっと我に返る。
「これは遊びじゃないんだっ。この・・・ッ」
すると外から声が聞こえてきた。
「おい、レオンハルトどうした、忘れ物は見つかったのか?」
ロベールだ。
(まずい!)
シュヴァルツが青ざめる。
「離れろって!!」
全力で振りほどこうとしても、レオンハルトもめずらしく強い力でそれを阻止するので離せない。
すると。
「な・・・っ!?シュヴァルツ・・・国王・・・?」
そうこうしているうちに、ロベールが入ってきてしまった。
ロベールは目を見開き、いまにもこちらへ向かってきそうな勢いだ。
「あ、ロベール」
レオンハルトが目をそらしたその隙に、シュヴァルツは彼から離れる事に成功した。
「あ!」
レオンハルトがそれに気づいたがもうおかまいなしだ。
意識を瞬間移動へ集中させる。
(―――――アラザスへ)
そして、シュヴァルツの体が消えようとした瞬間。
「シュヴァルツ!」
「―――――――!」
レオンハルトがガバッと跳躍してシュヴァルツに抱きついてきた。
シュヴァルツにはもう、瞬間移動の魔法を止めるすべは無い―――――――。
****
「くぉらあああ!!!なんで付いてきたぁぁ!!!」
「ごめんなさいい・・・!」
レオンハルトは身を縮めた。
シュヴァルツにこってりと怒られていた。
シュヴァルツが瞬間移動する瞬間、レオンハルトはなんとかシュヴァルツに抱きつく事に成功し、二人はそのまま一緒に瞬間移動したのだ。
ここはアラザス公国の今回の戦いの主戦場より少し離れた場所。
シュヴァルツは、レオンハルトに今回瞬間移動してきた理由をひととおり説明した。
「だから、お前の部屋に行ってしまったのは、俺の手違いだ」
「そうなんだ・・・。でも、僕、シュヴァルツともう一度会えて嬉しいよ。あんな別れ方をしたから・・・」
「・・・」
シュヴァルツは無言だ。
どうしてレオンハルトは、自分の気持ちを隠さずに言えるのか、シュヴァルツには真似できない。
(いつでもお前は、ストレートに言うよな)
「僕、君とずっと友達でいたいんだ。だって君は僕の・・・」
言い終わる前にシュヴァルツはレオンハルトに背を向けた。
「まだそんな事を言ってるのか。その話はもういい」
「シュヴァルツ・・・」
レオンハルトのうるんだ瞳をチラリと見て、大きくため息を吐いた。
「来てしまったのはもうどうしようもない。お前はここに残って待ってろ」
「え?待ってろって・・・?」
「俺は本陣を見てくる」
「一人で?」
「ああ。瞬間移動で本陣まで行けたらよかったが、この魔法は、一度行った事のある場所しか行けない仕組みになっているらしい」
「そ、そうなんだ・・・」
はじめてレオンハルトはシュヴァルツと一緒に瞬間移動を体験したが、信じられないくらい本当にアッという間の出来事だった。
でもそれを聞くと、便利なようで、便利じゃないのか?
「じゃあ、ここで待ってろ」
そう言ってシュヴァルツは一人歩き出す。
「ぼ、僕も行くよ!」
レオンハルトが叫んだ。
「駄目だ!」
シュヴァルツがすぐさま強い口調で否定した。
「どうして」
「戦いになってるんだ、巻き込まれるぞ」
「僕だって戦えるよ!」
レオンハルトはムキになって言い返す。
シュヴァルツがレオンハルトを睨む。
「そんな覚悟があるようには思えないな」
「なっ・・・」
(そういうシュヴァルツはどうなんだよ・・・)
レオンハルトはシュヴァルツを睨む。
「シュヴァルツだって、戦えるの?平和を掲げて、戦争を忌み嫌っている、君が」
同盟交渉の時、戦争をするドレアークを頑ななまでに非難していたシュヴァルツ。
「なに」
シュヴァルツが表情を変える。
しかしすぐにため息吐いた。
「お前も言うようになったな、レオン」
「あ・・・」
レオンハルトがハッとする。
頭にきて思わず口にしてしまった。
「――――わかったよ、じゃあこれをかぶっとけ」
「わぶっ」
何かを投げてよこした。
それはシュヴァルツが羽織っていた黒いローブ。
「お前、顔がバレたらまずいだろ。それを頭からかぶって顔を隠してろ」
「シュヴァルツは?」
「・・・俺はいいんだよ」
「?」
「偵察のために来たんだ。現状を把握したらすぐ帰る。そして軍を進めるかどうか協議する」
「そ、そうなんだ。うん。わかった」
そうだ。
彼は一国の王で。
今後の国の行く末を担っているだ。
(僕には、到底真似できない事だ・・・)
少し前を歩くシュヴァルツが、今はとても遠くに感じた。
少し歩いた先に、本陣があった。
・・・というか、本陣らしきものが見えた。
「こ、これは・・・」
二人は絶句し、その場に立ち尽くす。
あたり一面が荒れ果てていた。
草木は焼け焦げ、土がむきだし、その地面があちこちで隆起、陥没している。
本陣の建物らしき骨組みの残骸。あちこちで倒れている兵士たち。
血の匂いがして吐きそうだ。
風が少し吹いていてその異臭を少しだけ消しているのが救いだ。
本陣の千切れた旗も、風にたなびいていた。
――――――その旗には、アラザス公国の紋章。
シュヴァルツは辺りを見渡す。
「おい、誰も残ってないのかよ・・・アラザス兵は」
誰に問うでもなく言った。
「まさか、全滅・・・か・・・!?」
信じられない。
自分で言った言葉だが、それは受け入れがたい事だった。
「何故だ!まだ一日も経っていないんだぞ・・・!?」
シュヴァルツが悲痛な叫び声を上げた。
「ちくしょうッ・・・!これならば軍を進めておくべきだったか・・・!」
ふとシュヴァルツが、微動だにしないレオンハルトに気づき、顔を覗き込む。
「レオン?」
レオンハルトはただ茫然とその惨状を見ていた。
目を背けたいのに、体も顔もこわばって動かす事ができない。
―――――荒れ果てた戦場に、血まみれで倒れた兵士が何百も。
「あ・・・あぁ・・・」
(これが、戦争)
「レオン、だいじょうぶ・・・」
「うわあああああああ!!」
頭を抱えながらレオンハルトは叫びだす。
「レオン!!」
シュヴァルツがレオンハルトを抱きしめた。
「おい!レオン!しっかりしろ!レオン!」
抱きしめながらその名を何度も呼ぶ。
レオンハルトは泣きながら叫び続けた。
「ふ・・・くっ・・・。あ・・・あぁ・・・ああッ」
「おい、レオン、頼むよ・・・」
シュヴァルツは悲痛な、そして疲れた顔でレオンハルトを抱きしめ続ける。
今はそれしかできない。
時間が少し経過する。
「・・・・・・」
レオンハルトはぐったりとシュヴァルツの体に身を預けた。
(泣き叫びすぎだ、バカ)
「あ・・・。シュヴァルツ・・・ご、ごめん・・・」
レオンハルトは落ち着きを取り戻したようで、シュヴァルツの体から離れた。
すると、ジロリと睨まれる。
「だから来るなって言っただろう?」
「ご、ごめんなさい・・・」
だがシュヴァルツはそれ以上は何も責めなかった。
そして短く一言だけ言った。
「瞬間移動で戻る」
そして瞬間移動でその場から立ち去ろうとした時。
何かが動く気配がした。
シュヴァルツが小声でさけぶ。
「誰だ!」
「ぅ・・・あ、ああ・・・」
「・・・!」
レオンハルトとシュヴァルツが顔を見合わせた。
誰かのうめき声だ。
二人はすぐさま声のする方を探した。
「いた―――――!」
本陣の骨組みの端に、人が倒れていた。
二人は急いで駆け寄った。
シュヴァルツがその人物を抱き起す。
「――――――あなたは!!」
シュヴァルツが叫んだ。
「あ・・・」
レオンハルトも何度か見た事がある顔だった。
「ユリウス公?」
数回しかあったことがないが、綺麗な相貌と黄色い長い髪は目立つのでよく覚えていた。
その綺麗な顔や髪には、血や土埃がつき、それだけでレオンハルトはショックを受けた。
シュヴァルツに支えられ体を少し起こしながら、ユリウスが言った。
「あ、ああ・・・。まさか、会えるとは・・・。まさに、希望の光で、すね・・・あなたたちは・・・」
息も絶え絶えに言うので、二人は心配になった。
しかしその綺麗な瞳は、しっかりと二人を捉えていた。
「ヴァンダルベルク王国のシュヴァルツ国王と、レガリア国のレオンハルト王子ですね」
「「はい」」
二人同時に答えた。
「ドレアーク軍にやられたんですね?」
シュヴァルツが確認する。
ユリウスが頷いた。
「俺も、最後の一撃を受ける時、魔法で応戦したんだけど、やはりあいつの方がまだ体力があった・・・。あらかじめ敷いた防御魔石の魔法陣のおかげで、息の根までは止める事ができなかったようだね・・・」
ユリウスの周囲に魔石らしき黒焦げの欠片が点々と置かれていた。
「それを確認せずにあいつは行ってしまった。よほど自信があったのだろうか、それともどうでもいいことなのか。あいつにとってそれが小さな誤算でも、私にとってそれは大きな希望となったよ」
そう言って力無く笑った。
そしてゴホっとせき込み、手を口にあてると、そこには血だまりが・・・。
「ユリウスさん!」
レオンハルトが青ざめた。
「もう喋らないで!今治療します!」
シュヴァルツがそう叫び、ユリウスへ向けて手をあてる。
(ああ、そうだ!今一番大事な事だ!)
レオンハルトも焦る。
シュヴァルツは、回復魔法をユリウスに施そうとしていた。
すると、ユリウスがそのシュヴァルツの手を押さえた。
「もう、無駄、ですよ・・・」
「ユリウス公・・・」
シュヴァルツが眉根を寄せる。
すると・・・。
「無駄なんかじゃないです!やりましょう!!」
「え・・・」
ユリウスが驚く。
レオンハルトがそう叫んでいたのだ。
そして回復魔法を詠唱する。
「【癒しの光】!」
だが、発動されない。
(なんで!?僕は、魔法を使えるようになったじゃないか!!)
下位魔法なのに!
何度も、何度も呪文を唱える。
「レオン・・・」
それを見てシュヴァルツも回復魔法の詠唱を再開した。
レオンハルトは目を見張った。
「すごい・・・!」
シュヴァルツから発せられる魔法は、やはり強力だった。
ユリウスが微笑む。
「あ、ああ・・・少しだけ楽になったかも、だね・・・ありがとう・・・」
「あなたを攻撃した、そいつらは、今どこに?」
シュヴァルツが回復魔法を施し続けながら言った。
「たぶん、王宮だろう。ドレアーク軍は、本陣と王宮へ向かう部隊の二手に分かれていた。本陣を全滅させた事により、そいつらも王宮に向かっているのだと思う」
「そんな・・・」
今度は王宮が危ないというのか。
シュヴァルツが悲痛な顔をする。
「申し訳ないっ、俺らの軍を進めておけばこんなことには・・・」
ユリウスが首を横にふる。
「君たちには援軍を頼んでいなかった。非はどこにも無いよ。むしろ、魔石をたくさん送ってもらったから、感謝したいくらいだよ」
そう言って笑う。
シュヴァルツの魔法の効果だろうか、ユリウスの笑顔にも覇気が見られてきた。
「ユリウス公・・・」
「あっという間だったから・・・。こればかりは誰にもわからなかった。やつらは様々な兵器と魔法、そして『あいつ』を寄こして来た」
「あいつ・・・?」
「『魔物』だよ」
「ま、魔物!?」
「ま・・・もの・・・だと・・・?」
「魔物に襲われたという事ですか!?」
「ああ。俺も魔物と対峙したのは初めてで、というか、実際に見るのもはじめてだが」
そう言って苦笑した。
「魔物を操れる者がいるということですか・・・」
「そうだ。魔物の後ろで操っているように見えた」
「そうですか・・・」
シュヴァルツは、何か考え込んでいるようだった。
ユリウスは辺りに目をやり、きつく目を閉じた。
「だから、この本陣は、第一部隊隊長に半数が、そしてその後魔物が現れてからは、ほんとに一瞬で残っているほとんどの兵がやられた・・・」
「そんな・・・」
「しかし、魔物とは・・・ドレアークは、そんな恐ろしいものまで隠し持っていたのか・・・?」
「・・・同盟国だけど、それは知らなかった・・・」
レオンハルトはまだ信じられない。
(いや、それともぼくには知らされていないだけ?)
また劣等感のようなイヤな感情が沸きあがってくる。
その感情を振り払うかのように、レオンハルトは無理やり別のことを考える。
魔物って一体どんなかんじだったんだろう?
(結局、魔物を退治した事があるオーウェンにも聞きそびれていたからね)
大きいのか?
どのくらいの威力なのか?
ユリウスにそれを聞こうとしたが、ユリウスは何かをレオンハルトに差し出す。
「これを・・・」
レオンハルトはとりあえずそれを受け取る。
「これは?」
「俺の剣です」
「えっ!?」
レオンハルトは驚いて思わず剣を落としそうになる。
「どうか、これをラドバウト公の元へ・・・」
ラドバウト公とはもう一人の最高責任者だ。
「なぜ、剣を?」
シュヴァルツが訊く。
「これは俺の意思のようなもの。渡せばわかるはず」
「そんな大事なものを、俺たちに頼んでいいんですか?俺たちがその頼みを素直にきくと・・・?」
「君たちしかここにいないしね」
シュヴァルツはその答えに眉根を寄せる。
するとユリウスが苦笑した。
「いや、それは失礼だね」
そしてシュヴァルツの顔を見て微笑む。
「ヴァンダルベルクは大事な同盟国だ。信頼できるよ」
「そう、ですか・・・。わかりました」
腑に落ちないが、引き受ける事にする。
(な、なんか、凄いもの持ってるけど、僕・・・)
剣を持つ手が緊張して汗をかく。
「彼は王宮にいる。まだドレアーク軍が到着していないかもしれない。だが間に合わなくてもいい。ドレアーク軍が先に到着する可能性が高い」
「いや、間に合います」
シュヴァルツはそう断言した。
「え?」
ユリウスがきょとんとする。
「瞬間移動します」
シュヴァルツがそう言うと、ユリウスの目が大きく見開かれた。
「瞬間移動の魔法を使えるのか・・・!?」
手当をしながら、シュヴァルツは黙って頷いた。
するとユリウスが驚きを隠せない表情で言った。
「あなたが強大な魔法を使えるようになったというのは、最近になって噂で聞いた。しかし、それほどまでとは・・・」
少し上ずった声でユリウスが言った。
「―――――そうか。それならば期待できる。今すぐ瞬間移動すれば、間に合うかもしれない」
「敵に遭遇することなく、ラドバウトに渡せるといいが・・・」
「もしも、遭遇したら、応戦します」
「他国にまで犠牲が出るのは望まない。それはやめてくれ。その瞬間移動の魔法で逃げてくれ、頼む。たとえ渡せなくてもいいんだ」
「・・・」
「―――――わかりました。では、あなたも一緒に行きましょう」
そう言ってシュヴァルツがユリウスを起こそうとする。
ユリウスが首を横に振った。
「なぜ」
シュヴァルツは愕然とする。
「俺はもう駄目だ。ここで、アラザス軍を守らなくては」
「しかし・・・!」
あたりを見渡しても、誰一人生存者はいない。
敵すらもいないのに。
それなのに・・・。
「でも、ここには誰もいないし・・・」
レオンハルトはどうしても納得できない。
ユリウスが首をふる。
「万が一、敵が来ないとも限らない」
「でも・・・」
「俺がそこに行っても足手まといになるだけだ。俺は、この戦いが終わる時まで、本陣に残ります」
まっすぐな瞳で見る。
シュヴァルツがレオンハルトの持っている剣を指さす。
「だとしたら、この剣があった方がいいのでは?」
「剣が無くても魔法で対応できます」
(そんな満身創痍で何ができるというんだ―――――)
シュヴァルツは歯がゆい気持ちで唇をかむ。
ユリウスは弱々しく微笑む。
「あなたたちは希望の光だ。光の戦士ルカのように、どうか、ラドバウトと共に、この世界を光に変えて下さい―――――――」
「――――――ッ」
―――――光の戦士ルカ。
(まさか、ここでその名を聞くことになるとは)
シュヴァルツが息を呑んだ。
「シュヴァルツ・・・?」
レオンハルトが怪訝な顔をする。
シュヴァルツが手当していた手を離したからだ。
そしてユリウスを本陣の骨組みの近くに寝かせた。
「えっ・・・?」
そしてレオンハルトが持っていたユリウスの剣を受け取った。
ユリウスが荒く息を吐きながら言った。
「ありがとう。シュヴァルツ国王、レオンハルト王子」
シュヴァルツが無言で頷いた。
「行くぞ、レオン」
レオンハルトの腕をぐいっと引く。
「えっ、あっ」
シュヴァルツはもうユリウスの方を見ない。
そして瞬間移動の魔法を唱える。
状況がめまぐるしく変わり、レオンハルトの気持ちはついていけない。
二人の足もとに魔法陣が出現する。
レオンハルトが振り返ると、横たわったユリウスはそのまま動かなくなっていた――――――。
****
「おい、泣いている暇は無いぞ」
「ひっく、うっ・・・」
瞬間移動ですぐにアラザス公国の王宮へ着いた。
レオンハルトは、ユリウスの事がショックで、ずっと泣いている。
王宮の中に入ると、戦闘があったのか、あちこちが破壊されていた。
シュヴァルツがあたりを見渡す。
「ちっ!遅かったか!?」
「あ!あれは!」
「え?」
「――――ラドバウト公か?」
ひざを付き、荒く息をしている大柄な人物がそこにいた。