第61話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(3)
―――――アラザス公国。
ドレアーク王国の北部に位置する。
元はドレアーク王国の一部だったその国は、四十年前、ドレアーク王国の政治に対する不満を抱く者たちが国家の承認も得ないまま分離独立し、数百名を引き連れアラザス公国として国を建国した。
勿論、そのような勝手な真似が許されるはずも無く、ドレアーク王国はすぐさま領土といなくなった国民を奪還しようとアラザス公国へ攻撃を仕掛ける。
しかし何度攻撃しても返り討ちにあい、それ以上手出しできなくなった。
戦いに強い魔道士が大量にアラザス公国に行った事が原因と思われる。
時が経ち、正式な国と認められたが、しかしドレアーク王国では現在も彼らは『反逆者』として扱われ、両国に交流は一切無い。
約一年前。
アラザス公国王宮内。
「ラドバウト!」
この国には、『国王』はいない。
代わりに、「公」と呼ばれる最高責任者が二人いる。
国の権限の最終決定は彼ら二人に委ねられるが、基本的に国民や上層部の意見を聞き、取り入れる事がほとんどだ。
「なんだ、ユリウス」
ラドバウト、と呼ばれた男性が振り返る。
最高責任者の一人、ラドバウト=アデルベルネ公である。
その役職専用の執務室の椅子に彼は座り、机の上の資料を眺めていた。
もう一つ執務室はあるが、こちらはラドバウト用の部屋である。
ドレアークから分離してはや四十年。
ラドバウトの年が四十七歳なので、独立した時ラドバウトはわずか七歳。
彼の両親が分離独立の際に連れてきたのだろう。
「・・・何度も呼んだんだが」
「そうか、すまん。最近耳が悪くなってきたか?俺も年だなあ」
「おいおい、何を言ってるんだ。まだいくらでもやれるだろう。病気ひとつしてないくせに」
部屋へ入ってきたその人物は、ユリウス=オールセン。
年は四十四。
薄い黄色の長髪を腰までまっすぐに伸ばし、細面の綺麗な顔をしている。
彼らは元々親友だった。
代表者も二回変わった。
数年前にこの役職に就いたのが二人だ。
「何の資料を?」
ラドバウトの机の上には、たくさんの資料が置かれていた。
ユリウスがその一枚を手に取る。
「ああ、ドレアークか」
最近二人の頭を悩ませている原因。
少し前から噂されていた、ドレアーク王国の不穏な動き。
「しかしどこまでも執着するな、あの国は」
ラドバウトが煩わしそうな顔をする。
ユリウスは苦笑した。
「もう正式な国になったんだし、放っておいてほしいよね」
ざっと資料に目を通すと、ユリウスが提案した。
「ラドバウト、明日会議をしよう」
ラドバウトが静かに頷いた。
****
会議場に幹部が集まり会議が始まった。
地図を見ながら話が進む。
事前に出来る防衛策と、万が一ドレアークに攻め込まれた場合の作戦を練るためだ。
正直今まで、独立以来ドレアークが戦いを仕掛けてこなかったから、不安は大いにある。
ドレアークの戦力は日に日に増大しているという。
だからといって、アラザス公国の方針を変える事は出来ない。
極力武器は持たず平和主義という、ドレアークから離れた一番の理由である、それを。
だからヴァンダルベルク王国やコルセナ王国との結びつきは大変助かっていた。
同じ志を持つ国同士、今後の発展に希望が持てる。
地図を見ながら作戦を立てていった。
「ヴァンダルベルクから至急魔石を調達しよう」
「ヴァンダルベルク、コルセナ。彼らとの連携も密にして」
幹部たちが話をはじめる。
ラドバウトが口をひらく。
「もしも市街地で戦闘になったらまずい。国民を巻き込みたくない。だから、本陣を王宮では無く別な場所へ移そう」
「どこへ?」
「できるだけ、町から離れたところへ」
「そうだな。ここか、ここ、だな」
本陣の場所が決まると、ユリウスがラドバウトの顔を見た。
「私は本陣で指揮を執るから、お前は王宮へ残れ」
するとラドバウトが信じられないというような顔をした。
「なにを言っているんだ、俺が」
そう言うラドバウトを制し、ユリウスが続ける。
「頭脳戦なら、俺の方がいいだろう?あとは、軍が戦ってくれるさ」
そう言って笑う。
「・・・わかった」
まだ納得のいかないラドバウトだったが、しぶしぶそれを飲んだ。
ラドバウトは気を取り直し、幹部たちを見る。
「この戦いに勝って、アラザスの伝統を継承し続けよう」
皆がうなづいた。
****
何度目かの会議のあと、執務室に戻ったラドバウトに、ユリウスが話しかけた。
「建国から四十年も経つと、アラザスの伝統が分からない若者も出てきているようだね」
「――――そうか。まあ、俺の息子も同じようなもんだな」
そう言って苦笑する。
ユリウスは執務室の長椅子にゆったりと座った。
「カレル君の仕事は順調かい?」
「ああ、たまに文句を言ってるがな」
苦笑した。
ラドバウトには二人の子供がいた。
カレルは彼の子供でありその長男だ。
「ほんとに君の後を継がせてなくていいのかい?」
ユリウスのその問いに、少し沈黙するラドバウト。
「・・・ああ。あいつの好きな仕事をさせるのが一番だよ」
「ラドバウトがそんなに良い父親だとはね」
「ふっ、今頃気づいたか」
二人は笑った。
「フランカちゃんも、もう嫁に行く年だろう?」
「まあ、あっちもまだ好きにさせてるさ」
「ふふ、娘には弱い父親だからね。でもいざ結婚したい相手が見つかったら大反対しそうだなあ」
そう言ってユリウスがくすくすと笑う。
「ふん。どこもそんなもんだろう。―――――それとも、お前が嫁にもらってくれるか?」
「――――は?」
ユリウスが一瞬目を丸くし、それから爆笑した。
「あっははっ、ラドバウト、俺の年をいくつだと思ってるんだよ、しかも、君の友人だよ?あはははっ」
ラドバウトがムッとする。
「そこまで笑う事無いだろ。冗談だよ、冗談」
「も~、冗談がきついよ~」
まだユリウスは笑っていた。
ラドバウトがふいに真面目な顔になる。
「お前は?ユリウス。結局その年まで結婚を一度もしていないが、もうする気はないのか?」
ユリウスも笑いを消した。
ラドバウトの視線を避けるように窓の方を見る。
「・・・結婚しない人生も、いいものだよ?」
「そうか?いまどき珍しいぞ、その年で一人身は。しかも、国の代表者だ」
チラリ、とラドバウトを見るユリウス。
少し口を尖らせて言う。
「・・・代表者が結婚していなければならない、なんて決まり事は無いはずだけど」
「まあそうだが・・・。さみしくないのか?一人だと」
「ふふ、ラドバウトがいればさみしくなんて無いよ」
「・・・っ。またそんな事を言って。お前は昔からそうだよな」
またユリウスは、遠く窓の外を眺め、小さくつぶやく。
「ほんとに、俺はこの国と君がいれば、それだけで満足だよ―――――」
(この国の存在する意義と、それを継ぐ優秀なラドバウト。それだけが心を充たすから。それだけで、俺にはもったいないくらいだ)
ドレアークを離れるまではなんの財力も権力も無かったオールセン家を、アラザス国と彼らは知力と魔力を認め重用してくれたのだから―――――。
だから。
この身をこの国に捧げる。
(そう、結婚と同じようなものじゃないか)
ユリウスはそう考え一人苦笑した。
****
「・・・・・・!」
ユリウスは目を覚ました。
(昔の夢を、見ていたな)
「お、れは、気絶していたのか・・・?」
うつぶせに寝転がったまま、愕然とそう呟く。
そこはあたり一面荒れ果てていた。
アラザス公国の本陣であり、主戦場。
つい先ほどまで、両軍入り乱れての戦いとなっていた。
「・・・ッ」
体を起こそうにも、あちこち痛くて起き上がれない。
見ると、体のあちこちから血が出ていた。
(そうだ。俺は攻撃を受けて――――――)
気を失ったんだ。
「へえ、さすが『双頭の剣』の最高責任者だな、まだ生きていたか」
「―――――!」
(あいつだ。あいつにやられたんだ)
顔だけを起こし、ギリ、と睨んだ。
ドレアーク王国の第一部隊隊長。
戦いに関してずば抜けた身体能力を発揮していた。
本陣の兵の大半が彼の攻撃に沈んだ。
そしてその後『あいつ』が現れ―――――。
(そう。そうだ・・・)
ゆるりと頭を動かせば、周囲にはもうアラザス兵の気配は無くなっていた。
「く・・・っ」
悔しくて悔しくて、固い砂利の地面を掻きむしる。
(まさか、全滅するとは・・・)
ドレアーク側の兵も、いないようだ。
(ここにいるのはあいつと、俺だけか――――?)
隊長がゆっくり近づいてくる。
「あんたはたしか、オールセン家だったな」
「・・・ああ」
隊長がニヤリと笑う。
「残念だったなあ。今のドレアークなら、あんたほどの知力を備えた者を喜んで雇えるのに」
「・・・ふ、昔だろうが今だろうが、ドレアークで働く気は無い」
ユリウスはそう吐き捨てた。
そう。
以前のドレアークは、財力のある者たちをたくさん重用していた。
戦力になるような技量をもつ者は二の次で。
だからこそ、重用されない強い魔道士たちも、こぞってドレアークを捨てた。
ユリウスが力を振り絞り、起き上がった。
「俺はどうなったっていい。なんとしてもアラザスを守る」
すると隊長が立ち止まり、無表情に言った。
「さすがだな。俺もそう思う。ドレアークの為なら、死んでもかまわない」
「・・・」
隊長が剣先をユリウスに向けた。
「敬意を表して、楽に死なせてやるよ」
「・・・」
「痛いのは一瞬だけだ」
(そうはさせない)
ユリウスは痛みに堪えながら隊長を見据える。
きっと、希望はまだあると、信じている―――――――。
自身の剣をギュッと握りしめた。
『双頭の剣』の名に恥じぬように。
(ラドバウト――――――――)
その名を呼んだ。
隊長が向かってきた。
ユリウスは最後の力を振り絞り、魔法を放つ――――――――。