第60話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(2)
日が沈み、辺りは闇に包まれた。
アラザス公国の王宮内に、魔石ランプが灯される。
王宮内の会議場に兵が駆け付けた。
「ドレアーク軍に国境を突破されました!!」
「くぅ・・・、そうか・・・」
会議場の最奥に座っていたラドバウト=アデルベルネ公は、思わず立ち上がり悔しさをにじませた。
がっしりした体つきに、深緑の短髪にダークグレイの瞳。
齢、四十八。
アラザス公国の現最高責任者である。
しかし、最高責任者は彼だけでは無い。
アラザス公国はプラネイア大陸にはめずらしい『共同君主制』を取っていた。
つまり、二名の最高責任者。
呼ぶ際は「国王」ではなく、「公」。
ラドバウト=アデルベルネ公と、ユリウス=オールセン公。
この二人がアラザス公国の最高責任者である。
二人とも剣の使い手であるため、アラザス公国の『双頭の剣』と言われている。
(魔石では駄目だったか)
ラドバウトはため息を吐く。
「ということは、町の魔石も突破される可能性はあるな・・・」
国境付近同様、王都、そしてアラザスのすべての町の周囲も魔石で囲んでいた。
しかしまだそれほど焦りの色は無かった。
最前線が突破されるのは想定内の事。
「援軍を呼びましょう!!武器を増やして!このままでは・・・」
部下たちは慌てふためいている。
「今更腰が引けてどうるする!!」
ラドバウトが怒声を響かせた。
一瞬にしてシーンと場が静まり返る。
「我々がなぜドレアークから謀反したかわかるか!?あのような好戦的な国から離れたかったからだ!これでは、あの野蛮な国と同じではないか!!」
「アデルベルネ公・・・!」
普段は明るくて部下の信頼も厚く、誰もが豪傑だと認めるラドバウト。
ここまで怒りをあらわにするのはめずらしい。
その場にいた誰もがうろたえる。
一番奥に座っていた、一人の白髪の老人が口をひらいた。
「小さい国ではあるが、みなの平和を願ってきたではないか」
ラドバウト達の前任者、第二代最高責任者である。
年老いたため、その任を辞した。
会議場が静まり返り、皆が彼の方を振り向く。
「この国を作る時、幾度もドレアークと戦闘になった」
穏やかに話し始めた。
「わしはまだその頃は、なぜドレアークから離れたのかも理解できぬような若造だったがな」
そう言って笑った。
そして続ける。
「結果的にドレアークは退き、この国を作ることに成功したが、その時だとて犠牲がたくさん出ている。もう、あの時のようにはなりたくないだろう・・・?」
「しかし・・・」
部下たちはまだ納得できないようだ。
一人の若い部下が、前任の最高責任者やラドバウトをキッと睨む。
「ドレアークが戦争をしかけると前々から知っておいて、なぜ何も準備しないのか、俺にはずっと疑問です!!」
そう叫び、彼は会議場を飛び出して行った。
「・・・」
ラドバウトはそれをため息交じりに見つめた。
すると静かに、ラドバウトの横に座っていた一人の部下が口をひらいた。
「彼には後で私から説明しておきます・・・建国してから月日が経ち、最近はアラザスの伝統を理解できない若者も増えてきていますから」
彼は頭脳明晰なラドバウトの補佐官だ。
最高責任者であるユリウスと同等の頭脳の持ち主である。
「ふむ・・・」
前任の第二代最高責任者は、若い部下が不満を叫んで出て行った扉を見つめた。
ラドバウトの補佐官が続けた。
「しかし、伝統の話が有る無しに関わらず、今のように短時間で突破されたとなれば、我々も見直す必要があるのでは?我々は国民の犠牲を憂慮しているのです。どうか、お考え直しを」
厳しい口調だ。
「うむ・・・」
(もちろん、国民の命が最優先だ。それはわかるのだが・・・)
ラドバウトは首を横に振った。
「いざとなれば、コルセナにも援軍を頼んでいる。ヴァンダルベルクにも大量の魔石を内密に運ばせているではないか」
「その他にも策を立てるということです」
しかしラドバウトは頑として首を縦には振らない。
「あとは迎え撃つだけだ」
そう言って、ラドバウトは自身の武器である大太刀の剣先を見つめた。
「ふう・・・」
補佐官がため息を付いた。
半ばあきらめのような表情で。
そして、その場にいた誰もが口を出せなくなった。
ラドバウトの意図することは、皆よくわかっていたからだ。
ラドバウトは目を閉じ自問した。
(もしもそれでも駄目なら・・・?)
――――――それでも駄目だとしても、私はこの国の意思を、伝統を守りたい。
その意思を断絶するなど、あり得ない。
一度苦しい思いをして建国した人々の意思。
それを守り抜いてきた伝統。
――――――戦いをしない平和な国を。
今まで様々な国に関する議題で、国民や部下の意思を尊重して反映させてきた。
しかし、今回に限っては、譲る気はない。
部下たちは、自身を独裁者だと非難するだろうか・・・?
それに・・・。
(もしも国民が犠牲になってしまったら・・・?)
それは何度も考えたさ。
(だがわかってくれ。この国を建国したという事の、意味を――――――)
わかってくれ、というのは虫の良い話だな。
ラドバウトはフッと笑った。
そして本陣にいるもう一人を思い出した。
(お前も勿論、同じだろう?ユリウス――――――――)
ラドバウトは自身の剣を手にした。
「本陣を移動したのは敵も既にわかっているはずだ。本陣の状況を逐一把握してくれ」
「了解しました!」
****
「よし、ここは崩れた。一気に本陣をたたく」
ドレアーク王国総司令官がそう告げた。
国境を越えた少し先。
追撃してくる敵もいなくなり、軍の幹部たちが立ち止まって話をはじめた。
「本陣は首都を離れ、東のはずれの方だ。アラザスの東にはコルセナ王国がある。警戒は怠るな」
すると第一部隊隊長が、アラザス公国の地図を見ながら言った。
「王宮へはどうされます?王宮の方にはもう一人の最高責任者が留まっているそうですが」
フッと総司令官が笑った。
「『双頭の剣』の片割れだな。―――――念のため別働隊を向かわせよう」
隊長が地図の首都から本陣までの位置を、長く骨ばった指でスルスルとなぞる。
「本陣を別の場所に移した意図は?」
「市街地での戦いを避けるためだろう。国民を犠牲にしたくない、というな」
「なるほど」
隊長が無表情でうなづいた。
総司令官は片方の口角を吊り上げる。
「まったくもって、偽善的だよ」
国境戦線を勝利したドレアーク軍の本隊は、そのままアラザス公国の本陣をめざし馬を走らせた。
魔道士たちは上空を並走する。
別働隊はアラザス公国の王宮へ向けて進む。
どちらが早く到着するか―――――――。
****
その頃ヴァンダルベルク王国でも、アラザス公国の部下がラドバウトに進言したような、同じような状況になっていた。
「シュヴァルツ国王!」
「なにごとだ」
部下が息せき切って走ってくる。
「ドレアークが進軍しました」
「なに」
(やはり始まってしまったのか!)
「我々もアラザスの援軍に向かいましょう!」
「いや、まだだ」
「なぜ、」
部下は信じられないと言った表情だ。
「アラザス公国の同盟の規約には、そういった援護をする事は書かれていない。アラザスからも特に援護の要請は無い」
幹部が苛立ちながら言う。
「そうだが、状況による・・・」
言い終わる前に、シュヴァルツが後ろを向く。
「コルセナが今アラザスに向かっている。我が軍は頃合いを見計らってからだ」
「そう言っている間に・・・!」
「これ以上その話に関しては話すことは無い。下がれ」
「国王・・・!」
「・・・」
アラムはそれを黙って見つめていた。
国王の執務室。
いったん会議を終わらせたシュヴァルツが戻ってきていた。
「頑固、ですね」
そう言って苦笑して部屋へ入ってくる人物。
「アラム」
シュヴァルツが振り返る。
コツコツと靴の音をならし、ゆっくりと歩いてくる。
「――――本当に、おひとりで行くつもりで?」
「ああ、偵察だけだから心配するな、瞬間移動するんだから、安心だろ。周辺の状況を見たら、すぐに帰ってくる」
そう言って笑った。
「お気を付け、ください」
アラムは無表情に言った。
「ああ」
シュヴァルツも、いたって平然とそう短く返す。
そして瞬間移動する準備をしようした。
「あなたがいなくなったら、この国は終わります」
「―――――――っ」
突然アラムに思いがけない事を言われ、シュヴァルツは返す言葉を失う。
アラムは真剣な瞳でこちらを見ていた。
シュヴァルツは後ろを向き、首を横にふる。
そして皮肉げに言った。
「買いかぶりすぎだ。なんならお前が国王になったって――――――」
「シュヴァルツ国王!!」
「――――――――!?」
シュヴァルツは思わず振り返る。
アラムに、『国王』とはじめて言われた。
勿論他人がいる時は、国王と呼ぶが、二人でいる時はいつも『シュヴァルツ様』と呼ばれていた。
そう、子供の頃から変わらず。
振り返ると、アラムは泣いていた。
「あ、なたは、なんてことを言うんですか・・・、冗談でも言っていい事と悪い事がある・・・!」
「すまん、アラム・・・。言いすぎた・・・」
さすがのシュヴァルツもへこんでいる。
アラムは涙を流し下を向いた。
しかしすぐにキッと顔をあげ、シュヴァルツを見据えた。
「あなたは周りを信頼していない!」
「え?」
またしても思いがけない事を言われた。
涙をぬぐいながら、アラムが言う。
「だから、そんな事をするんだ。一人で、アラザスに行くだなんて」
「あー・・・。だから、大丈夫だって」
「部下に知れたらどうするつもりですか、大体偵察など部下の仕事・・・」
「俺一人で十分なんだって。なんてったって、瞬間移動の魔法を使えば、あっという間だ」
「・・・そんなことで納得しません」
シュヴァルツを睨む。
いつもの冷静なアラムに戻ったようだ。
シュヴァルツは悪びれずに言う。
「もし部下にバレそうになったって、お前がいるから大丈夫だろう?アラム」
「・・・っ。あなたという人は・・・」
その言葉に思わず面食らう。
急にシュヴァルツが少し後ろへ下がった。
そして・・・。
「ほんとに、ごめん」
そう言って、シュヴァルツはアラムの目の前から消えた。