第59話 ドレアーク王国とアラザス公国の戦い(1)
レオンハルトは会議場へ戻ってきた。
国王たちはまだ話をしていたが、こちらに気づき話を中断し向かってくる。
「レオンハルト、終わったぞ」
そう言って国王から魔石ペンダントを渡された。
「ありがとう、父さん」
レオンハルトは身に着けていた代替品のペンダントを国王に渡し、修理したペンダントを受け取る。
とは言ったものの、またこのペンダントを付けなければいけないかと思うと、少々荷が重い。
(この魔石は、一体どのくらいの価値があるものなんだろう・・・?)
魔物の話や、国王が何か隠している事、次から次へと新事実が出てきて、レオンハルトを混乱させる。
「僕、特務部隊に戻ってもいいよね?」
そう確認した。
国王はうなづく。
「ああ」
(父さんに聞いてみようか・・・)
レオンハルトは、先ほどの礼拝堂の女性がやはり気になった。
「ねえ、父さん・・・」
そう言いかけた時。
バタバタバタっと、廊下から慌ただしく駆けてくる足音が聞こえた。
そして勢いよく扉が開かれる。
外務大臣と外務大臣の補佐官が血相を変えて入ってくる。
「ドレアーク国王軍が、アラザス公国との国境付近に到着。交戦になった模様です!!」
****
アラザス公国とドレアーク王国の国境付近。
左右を木に囲まれた一本の道が続いている。
空は夕暮れの色に染まり始めた。
ドレアーク軍とアラザス軍が、国境をはさんで対峙していた。
ドレアーク王国側の最前線。
「ふ・・・、数では圧倒的に有利だな・・・もちろん、魔力でもな」
総司令官が小高い丘から国境付近を眺める。
騎乗し、鎧に身を包む。
白い髪に、青い目。
目の下には堀の深いしわが左右に長くひとつづつあるが、口元にはしわが無い。
年齢よりも若く見えるかもしれない。
装備の上からもわかる鍛え上げられた体からも、とてもその年齢には見えない。
年は五十四歳。
現国王が国王に就任した時から、軍の上層部に所属していた。
国王が最も信頼できる右腕だ。
(その程度の戦力で、勝てるとでも思っているのか)
総司令官は心の中であざ笑う。
アラザス公国の軍が、国境のアラザス公国側に鎮座している。
歩兵、騎兵など併せて一千。
それに対し、総司令官が指揮を執るドレアーク軍の総数は、三千。
数では優位だ。
歩兵、騎兵、重武装した重騎兵、魔法専門の魔道士。
歩兵部隊は騎兵隊よりも先に到着し待機していた。
アラザス公国は平和主義を謳っていて、ヴァンダルベルク王国同様に軍事力をそれほど保有していない。
しかし、過去にドレアーク王国から反乱を起こしアラザス公国が建国された際には、ドレアーク側が攻撃を仕掛けて返り討ちにあっている事実があるので、事を慎重に運ばなければならない。
もしかしたら、アラザスの同盟国である二国が、援軍として参加し、どこかに潜んでいるやもしれない。
それに、情報によるとアラザスの兵は約一千五百。
だからあと五百、兵がどこかで待機しているのは間違いない。
(要所と、あとは本陣か・・・?)
(まあ、たとえ援軍がいたとして、我が軍にも、あと一千の兵が前線基地で待機しているのだ・・・)
ドレアーク王国は当初三千の兵だったが、国民の中から軍隊に入れそうな体躯の者たちを徴用し、国による手厚い訓練を施し、それを一千人集め、兵数を四千人に増やしてきたのだ。
それに傭兵も合わせれば、周辺の国の中では最多の兵数になる。
(もちろん、兵だけでは無い。魔法や兵器に関してもな・・・)
総司令官はニヤリと笑った。
「ここを突破できれば、あとは楽勝だ」
ここを抜ければ、ひとつの平原と町を越えれば、敵の本陣まではすぐだ。
(すぐにでも、王の首を取れる)
ふと、総司令官は思い出す。
数時間前を―――――――。
ドレアーク王城の広い庭。
出発前。
軍が集まっていた。
その一番前で、ドレアーク国王が声を張り上げる。
「今こそ狼煙を上げる時が来た!裏切られ奪われた我が国の土地を、長年の悲願だった領土奪還を行う時が来たのだ・・・!」
そして軍隊をゆるりと見渡す。
「ドレアーク軍よ、戦え!!」
「「うおおおおお!!」」
兵たちの雄叫びが地鳴りのように響いた。
国王の隣に立っていた総司令官は、国王の独白を聞いた。
「この戦いはなんとしても勝たなければならない、なんとしてもな」
そう言って口ひげをたくわえた唇の端をあげ、挑戦的にニヤリと笑った。
「総司令官!」
兵に呼ばれ、はっとする。
(感慨にふけっている場合では無いな)
「攻撃の、許可を」
兵たちは皆、小高い丘の上の総司令官をじっと下から見て指示を待っている。
総司令官は、うなづく。
顔をぐっと引き前を見据える。
右手をあげ、それを大きく振り下ろした。
攻撃開始の、合図だった。
****
ドレアーク軍は、国境で待ち構えるアラザス軍に向かっていく。
先頭が国境を越えようとすると、
「待て」
一番先頭で騎乗し走っていた第一部隊隊長が異変に気づく。
自身が馬から降り、地面の小石をひろい投げ込むと、コツンという音ともに地面に落ちた。
次の瞬間。
ドオオン・・・!
大きな爆発音が響いた。
「なにごとだ・・・ッ!」
総司令官が小高い丘を降り、先頭まで馬を走らせる。
「どうした」
第一部隊隊長は地面を見つめる。
「魔石と魔法陣です」
冷静にそう短く言った。
「ほお・・・用意周到、といったところか」
「これでは、飛行魔法を使える者は飛べばよいですが、使えない者は前へ進めません」
飛行魔法を使えない兵は一割はいる。
前に進めないのだが、しかしその発言とは裏腹に、隊長はあまり焦った様子では無い。
総司令官も同じで顔色を変えない。
「うむ。予想通り、といったところか。まあ、飛行魔法を使えない者に馬を預けて飛んで国境を渡るのもよいが・・・とりあえずここは念には念を入れ、陸も突破しておこう」
「はい」
「・・・しかしこんなに大量の魔石、いったいどこから調達したのやら・・・」
そしてニヤリと笑う。
「しかし、我々も用意周到なのだよ・・・ッ!!」
総司令官が後ろへ合図する。
すると、魔道士数名が前へ進む。
そして布袋から魔石を何個か取り出した。
ジャラ、と石のこすれ合わさる音がいくつもの袋から聞こえる。
そして今爆発が起きた地面めがけ、取り出した数個の魔石を投げ込む。
すぐに別の魔道士がその魔石が地面に落ちる前に杖をふり、魔法を詠唱する。
「【ディスペル・オブ・ブレス】」
魔法を無効化する魔法だ。
魔石は五つの方角に浮かぶ。
五芒星の形になった。
そしてその五つを起点として、大きな魔法陣があらわれた。
その大きさは、少し先にいるアラザスの兵に届かんばかりだった。
それが地面へゆっくり降りて行く。
そして、地面へその魔法陣が完全に地面へ付いた瞬間。
ドオン、ドオン!
地面が何度も爆発した。
その光景に、あたりは騒然となる。
薄暗くなってきた辺りが、爆発の土埃と妖しい魔法陣の色に染まる。
向こうに鎮座していたアラザス軍は慌ただしく魔法を詠唱する。
しかし時すでに遅し。
その魔法陣を誰も消す事などできなかった。
隊長はそれを見つめながら冷静に言った。
「・・・この爆発が終われば、地面に埋まっていたすべての魔石が消えますね」
総司令官がうなづく。
「ああ、そのとおりだ。魔法陣で魔法を無効化しただけでは、まだ魔石が地面に残っている。いつまたアラザス側の魔法陣が発動するかわからん。だからその魔石自体を消さねばならんという事だ」
そして続ける。
「魔石攻撃をしてくると踏んでのこと、この戦いの準備に、時間をかけていただけの事はある」
そう。
すべては用意周到に。
時間をかけて。
「・・・・・・」
隊長は無言でその言葉を聞いていた。
鍛え上げられた無駄な筋肉の無いしなやかな体躯と、茶色い短髪に青い瞳。
総司令官よりもかなり若い第一部隊隊長も、その意味はわかっていた。
第一部隊隊長に任命されてから幾年も過ぎた。
そう。
そのころから、戦の話は出ていたのだ。
そして、この戦いの最前線で戦え、隊列の先頭を任された事を誇りに思っていた。
すると。
アラザス兵が叫ぶ。
「突破されるぞ!魔法発動だ!」
総司令官はその声を聞き逃さない。
「よし!このまま第一部隊から進軍して行く!それと魔法耐性魔法を付与しておけ!そして魔道士は魔法が発動されたら対応しろ!」
「はい!」
第一部隊隊長から進んでいく。
いかなるときでも、彼は先頭を譲らない。
最初から最後まで、先頭にいるつもりなのだ。
(私は、この身を王国に捧げるのだ)
そして剣を構え、まっすぐにアラザス軍を見据えた。
****
国境を突破できた事により、両軍入り乱れての戦いがはじまった。
空では、飛行魔法を使える者は、アラザス公国の攻撃をよけながら突破しようとする。
魔法攻撃が当たり、何人か負傷し、地面へ落ちる。
陸では歩兵、騎兵が剣を交えていた。
重騎兵は騎兵をなぎ倒し、進んでいく。
数で劣るアラザス軍が、ドレアーク軍に押されていた。
「我々を甘く見るな――――――!」
総司令官が叫んだ。