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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第三章 ドレアーク王国とアラザス公国
58/95

第58話 二人の女性


誰だ。

見かけない格好だ。

(不法侵入者か!?)





「レオンハルト王子」


「!?」


黒い服の不審者とは反対側の通路から、声をかけられた。



「地下に用事ですか?」


「あ・・・」


(警備兵・・・)


振り返ると、警備兵が一人立っていた。

レオンハルトは緊張の糸がほぐれる。



(あ、そうだ――――)


不法侵入者らしき人物がいた方向を見る。



「いない・・・」


その人物は姿を消していた。


(そんな・・・)


「どうしました?」

警備兵が不審がる。


「ね、ねえ、さっきそこに怪しい人物がいたんだけど見なかった?」

レオンハルトは警備兵に話した。


「え?どういうことです?」

警備兵の顔色が変わる。



「見かけない黒い服の人が、さっきそこに――――――」

しかし、レオンハルトの指さした方向には、誰もいなかった。


警備兵はその方向へ少し歩き、辺りをキョロキョロ見回す。

「いませんね」

「んー・・・」

(確かにいたのに)


すると警備兵が薄く笑う。

「王子、あやしいやつなんて、地下に入れるわけがないじゃないですか。だって、警備兵もいるし、許可証が無いと入れないし―――――」


(い、いえ。入れちゃうんですよ。僕たち入りましたから)

そう言いたかったが、なんとか堪えた。



「んー、でもなー、見たんだよなーこの目で。君に声をかけられるすぐ前にさ」


「―――――わかりました。あっちの奥の部屋も見てきます。それと、地下に入る入口の警備兵にも聞いてきます」


「うん。お願い」


警備兵は不審な人物がいた薄暗い奥の通路へ向かっていった。




この地下の構造はあまりよくわかっていないが、たぶん奥にも二つくらい何かの部屋があって。

レオンハルトが用事のある鉱石保管庫は、その反対側の通路の立入禁止書庫の隣の部屋にある。




レオンハルトは気になって警備兵が部屋を見まわるのを待っていた。

すると、警備兵が戻ってきた。


「誰もいませんし、特に、異常もありません。今日の入り口担当の警備兵にも聞きましたが、今日そんな恰好の人物を通した記憶は無いそうです」

「そ、そう・・・おかしいな・・・」


(一体、どこに消えてしまったんだろう)

それとも・・・幻?


「うーん、わかった。ありがとう。手間をかけたね」

「いえ。では、私はこの通路を警備していますので、また何かあったら知らせてください」

「うん。ありがとう」






レオンハルトはまだ少し納得いかないが、鉱石保管庫に行く事にした。


「失礼しまーす」

保管庫に入ると、立入禁止書庫と同じように、独特の雰囲気を醸し出していた。

「うわあ・・・」

レオンハルトは思わず圧倒される。

無機質な壁や天井を、鉱石の発光する淡い光が照らし出していた。

そして目の前には様々な鉱石が置かれ、丁寧に標本箱に入れられているものや、大きな箱や布袋に入れられたり、おおざっぱに机に置かれているものと、様々だった。


その魔鉱石たちの魔力は魔石に精錬されると発揮されるため、体で感じる魔力は一個一個が微弱だが、大量に集まるこの部屋の魔力には、鈍感なレオンハルトでも、圧倒されるものがある。

そして本来、普通の人間なら気を失ってもおかしくないような数の魔鉱石だ。

しかし、それを『制御』する魔法や魔石がこの部屋には張り巡らされているという。


そしてこの部屋のほとんどの魔鉱石が、魔石になるために精錬の専門職人の元へ行くのだろう。




レオンハルトは、室内にいた保管庫担当官二名に国王から渡された紙を渡し、頼まれていた品物を貰った。


「お、重っ!」


ずっしりと重みのある布袋を渡された。


(いったいどのくらいの鉱石が入っているの?)




レオンハルトは重い布袋に苦戦しながら地下を出た。






****


「父さん、持ってきたよ」

そう言って鉱石の入った布袋を渡した。


「おお、ありがとう」

国王はまだ幹部と話をしていたが、中断してレオンハルトからそれを受け取る。

そして近くにいた執事長にそれを渡した。

「では、頼む」

そう言うと、執事長が無言でうなづき、会議場を後にした。


レオンハルトはそれをぼうっと眺めた。

(・・・どこへ持っていくんだろう)



「ああそれと、レオンハルト」


「なに?父さん」


「これを、母さんに」


「え?」


また何か渡される。

今度は小さい布袋。


「渡せばわかる。渡したら、すぐ戻ってこい。まだ仕事はある」

「う、うん・・・」


(なんだか頼まれごとばかりだなあ。公務なんて言って、全くそんなかんじの仕事させてもらってないじゃないか)

少々不満がりながらも、レオンハルトは国王に頼まれたものを落とさないよう服の中に隠し、会議場をあとにした。





****



(この袋の中身ってなんだろ)


別に見るなと言われてないから、見ていいよね・・・?



レオンハルトが布袋を少しだけ開ける。


「あ・・・」


そこには、綺麗に輝く石がいくつか付いたネックレスがひとつ、入っていた。

この石は・・・魔石だろうか?

普通の石とは違う独特の輝き。

そう。

さっきの鉱石保管庫で見たような石だ。


(父さん、なんでこんなもの・・・)

もしかして、母さんにプレゼント?

誕生日?じゃないしな・・・。

何かの記念日?


「まあいいや。こんな素敵なものをプレゼントされたら、母さん喜ぶだろうな」

そう思った。


(母さんは部屋にいるかな?)





母の部屋をノックする。


「あれ、いない」


「王妃でしたら、王宮礼拝堂ですよ」


後ろから声をかけられる。

侍女の一人だ。


「え?こんな時間に?」



毎日礼拝堂に行くのは母さんの日課だ。

でも、いつも早朝に行く。



今は、もうお昼をまわっていて、こんな時間に行くのはめずらしい。

「わかった。礼拝堂に行ってみるよ」







王宮礼拝堂にたどり着いた。

入り口には、いつもと同じように王妃付きの侍女が一人立っていた。

すると、めずらしくその侍女に声をかけられた。


「王妃様は、朝からずっとここでお祈りしております。王子のほうから、もうやめるよう言ってもらえませんか?」


「え?」


(朝から、ずっと?)


どうして・・・?




レオンハルトは急いで中に入った。



「母さん」



祭壇の前に立っていた王妃が振り返る。

レオンハルトの顔を見て、少し驚いた。

「レオンハルト・・・」


レオンハルトは王妃のそばに近づき、優しく彼女の手を取った。

「母さん、朝からここにいるの?」

「ええ、そうよ」

そう言ってほほ笑む。

「ねえ、ずっと立ちっぱなしなんでしょ?疲れているでしょ?部屋に戻って休もうよ」

すると王妃がくすくす笑う。

「レオンハルトは心配性ね。平気よ」

「でも・・・」


王妃がふいに祭壇の向こうのステンドグラスを眺める。

「だって、戦が始まってしまうかもしれないんですもの、私は、戦いは出来ないから、祈ることしかできないの、だからこうして祈っているのよ」


レオンハルトは首をふる。

「戦いなんて、しなくていいんだ。母さんは、いてくれるだけも、ぼくは心を強くしていらるよ」

(どうしたら彼女に、こんなに大事な存在であることを伝えられるんだろう)


すると、王妃がレオンハルトの頬を両手で優しく包み込んだ。

「ありがとう。あなたは、優しい子に育ってくれたわ。本当に嬉しいわ」


「母さん・・・」

(母との触れ合いは、少し気恥ずかしくてくすぐったい。でも心地良い)


――――少しだけ、今はこの身を預けていたい。



(同盟交渉を失敗したことも、他の事も、母さんに会うと、すべて帳消しになってしまいそうなほど、安心する)


だから、

ここにいたら、僕は、また甘えたくなる。




(仕事を、しなくちゃ)


レオンハルトは国王から頼まれていたものを渡した。

王妃はその布袋の中身を空け、少し驚いた。

「・・・まあ。デルフィーヌが来ているのね」

「デルフィーヌ?誰?」

レオンハルトが不思議そうに訊く。

すると、王妃があっと焦り、口に手を当てた。

「き、気にしないで。持ってきてくれてありがとうね、レオンハルト」

「・・・?」

なんだかはぐらかされしまったが、その中身を空けてからの母の反応を見ていると、父さんからの贈り物では無い事はわかった。




「―――――王妃、そろそろ」

入口にいた侍女が業を煮やし、礼拝堂内へ顔を出す。


「あら、催促されちゃったわ」

そう言ってくすくす笑った。

レオンハルトもつられ、笑う。

「ふふ。もう行かなきゃね」

「戻るわ」

「うん。またね」


王妃が心配そうな顔になる。

「――――レオンハルト。忙しくても、また会いに来なさい」

「ふふ、なにそれ命令?」

茶化してレオンハルトが言う。

「何を言っているの?あたりまえでしょ?」

そう言って、笑った。



王妃がレオンハルトの手を取り握る。

「エミィロリンにもそのうち会いにいってあげて」

「うん」

「じゃあね」

名残惜しく、二人は手を離した。



王妃たちを見送り、レオンハルトはひとり礼拝堂に残された。


「僕も行かなきゃ」




すると。



ギイィ



扉が開く音がした。

「母さん、何か忘れ物でもした?」

そう言ってレオンハルトは振り返る。





「あ・・・」


知らない女性が、そこに立っていた。



「・・・・・・」


(あ!!)


あの時の人だ!




地下の暗闇の中で見た、黒ずくめの不審人物!


きっと、あの人に違いない!



その人物は、黒いローブを頭から足先までまとっていた。

その女性がゆっくりレオンハルトに近づいてくる。


「こんにちは」


その女性が口をひらく。

うっすらと開いた小さい唇は、真紅のルージュが塗られ、あやしく光っていた。

青い瞳が、細められた。



「レオンハルト王子ね?」



「え。は、はい・・・僕に何か、用事が・・・?」



女性はレオンハルトの問には答えず、ローブのフードを取った。

すると、ウェーブのゆるくかかった長い黒髪があらわれる。

ますますあやしい雰囲気に見える。



(・・・なんだか、プラネイア神話に出てくる人に似てる・・・)

たしか、名前はヒルデ。

黒薔薇の女王ヒルデ。

光の戦士ルカと敵対する人物だ。




女性がレオンハルトの目の前に来た。

「カレン王妃が来なかった?」


「え?」

予想外の名前が出てきて、驚く。



「母さん・・・?」



くすりと女性が笑う。

「そう。そうね、あなたのお母さんだったわね」


(む。何がおかしいんだよ)


「母さんなら、ついさっき出て行きましたよ。すれ違いませんでしたか?」


「あら、そうなの、残念ね。少し遅かったかしら」

言葉とは裏腹に、あまり残念そうな顔をしていないように見える。


「約束はしてないんですか」

レオンハルトが訊くと、女性がうなづく。

「ええ、私は今日このお城に来たから。ただ、彼女が、いつもここへ来ている事は知ってるわ」

「え、母さんと仲がいいの?」

年齢的には、母と同じくらいに見える。

友達だとしてもおかしくはない。


そう聞かれ、女性は少し考え込む。

「仲がいいというか、まあ、ね・・・」

少し歯切れが悪い。

「?」

(なんだかあやしいなあ)

「というか、何の用で王宮へ?」

また少し考える。

「あなたのお母さんに会いに、よ」


(・・・本当だろうか?)

母に聞かなければ、まだ、信用できない。


レオンハルトは気になっていたことを口にした。

「・・・さっき、地下にいましたよね?」



「・・・いいえ、地下なんて行かないわ」

「そう・・・ですか・・・」


レオンハルトは疑いの目を彼女に向けた。

(まあ、いいや。あとで母さんに聞こう)

「母さんに用事があるなら、僕と一緒に今から行きませんか?」

そう、提案してみる。


彼女は少し微笑む。

「いいえ、私、他にも仕事があるから、また後にするわ」

(やっぱり母さんに会いに来るのが目的じゃないじゃないか!)




女性が出て行こうとして、ふと、足を止めた。

「・・・ヴァンダルベルク王国の、シュヴァルツ国王と、親友でしたね?」


(え・・・)


「・・・?はい、そうですけど・・・」

(そんなに有名なのかな、僕とシュヴァルツが親友だって事・・・)




「親友とは、どういうものですか」



「へっ!?」


(突然、何を言い出すんだこの人は・・・)

レオンハルトは頭が真っ白になる。



女性はどこか遠い目をしている。

「私は、わからなくなりまして、本当の友情というものを・・・」


「そ、そうですか・・・。僕もわからなくなる事はあります」

(そう。何度も、何度も)


「そう」


シュヴァルツとの事が、脳裏をかすめる。

ギュッと拳を握った。

「・・・でも、彼は、信じることが出来る人です。家族と同じ」

そう。

そのくらい、大切だ。

ふと、それを思うと、元気になった。


「うん!家族同然!」

自分に言い聞かせるように大きな声を出す。


「え・・・」

女性が面食らった顔になる。


「あ・・・」

(やばい。変なこと言ったかも。引いちゃってる・・・)


レオンハルトは顔を赤くする。

「ぼ、僕の場合、ですけどねっ」


すると女性がふっと笑った。

「ふふ・・・」



(でも・・・)

「なぜ、僕にそんなことを・・・?」


女性はあやしい笑みを浮かべる。

「さあ、どうしてかしら」



「ありがとう。良いお話しが聞けたわ」

「あのっ」

「?」


レオンハルトははにかんだ。

「その親友さんと、仲良くできるといいですねっ」


「・・・。ええ、そうね。あなたも」


レオンハルトは途端に暗い表情になった。

「・・・僕は、もう、どうかわかりませんけど」


「え、どういうこと・・・?」

「それは・・・」

言いかけたが、女性がハッと気づいた。

「いけない。時間だわ。急がなきゃ。ごめんなさい、私戻るわ」

「は、はい・・・」

本当に時間が無いようで、さきほどまでのあやしい笑みが消え、慌てている。



「また、会いましょう」

そう言い残し、女性は礼拝堂を出て行った。




(彼女はいったい―――――――)


しばらくレオンハルトはその場に立ち尽くした。




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