第55話 レガリア国 会議(2)
会議場の扉が開いた。
「国王!?」
ロベールが驚く。
レオンハルトを抱えたまま。
国王が出てきたのだ。
まだ、会議は終わっていないはず。
ロベールが国王にむけて頭を下げた。
そして抱えたまま立ち上がろうとした。
国王はそれを手で制した。
「・・・いったいどうしたんだ」
レオンハルトを見下ろしながら国王が言った。
レオンハルトは、ロベールの腕の中で、スヤスヤと眠っていたのだ。
同盟交渉での疲れと、泣き疲れたのと、色々な事が今体に来たのだろうとロベールは思った。
(レオンハルトが来ないので、業を煮やして探しに来たのだろうか)
「申し訳ありません。私が駆け付けたら、すぐに寝てしまいまして・・・」
「―――――そうか。レイティアーズから色々と聞いたものでな。念のため、レオンハルトからも聞こうと思ったんだが・・・」
(・・・わざわざ、一体何を聞こうと?)
ロベールが訝しむ。
国王が近づく。
ロベールは、いつものように怒られるのではないかと身構えた。
しかし。
ロベールの腕の中、寝息を立てているレオンハルトの金色の髪に触れ、撫でた。
「――――――!」
ロベールは目を見開く。
「疲れたのだろう。そのまま寝かせておけ、寝室にでも連れて行け」
「・・・は、はい・・・」
意表をつかれ、愕然とする。
(めずらしいな)
閉じられた扉を、しばらく呆然と見つめた。
****
「あ~っ!良く寝たー!―――――いてっ」
レオンハルトが大きくのびをした。
誰かに頭をたたかれた。
「な、なにするんだ、よ・・・」
目の前に、仏頂面のロベールがいた。
「会議はもう終わりましたよ、王子様」
皮肉たっぷりに言われた。
「ふあ!!!!」
思わず変な声を出してしまった。
(そ、そうだった。僕、会議に出る予定だったんだよ)
そしてレイティアーズと会議場入口前で話をして、その時ロベールが来てくれて・・・、
それから・・・?
(そのあとの記憶が無い)
「会議場に入る前に、寝てしまったんだよ、お前は」
「――――――!!?」
「忘れたのか」
(というか、記憶にないよ)
「な、なんということだ・・・」
ごまかそうと、ドンっと、レオンハルトはわざとらしくベッドの上に両手をついてうつむく。
「なんという事だ、じゃないよ、お前はほんとに」
ロベールがレオンハルトのおでこを拳で軽くコツンと小突く。
「と、父さんにあやまってくるう!!!」
ベッドから起き上がり、すばやく扉へ向かう。
「待て待て」
首根っこをつかまれた。
「ろ、ろべーるう、離して~」
今日という今日は父さんに怒られていしまう!!
「―――――国王からのお墨付きだよ」
「へ?」
ロベールは珍しく笑顔だ。
「お前を寝室に寝かせる事は」
「え?そ、そうなの?」
「お前が寝ているのを見た国王が、疲れているだろうからと、寝室に寝かせておけ、と・・・」
「と、父さん!!」
(嬉しい!嬉しすぎる!!今すぐ会ってありがとうと伝えたい!!)
レオンハルトは今にも部屋から飛び出していきそうになった。
「こらこらだから待てって」
またしても首根っこをつかまれた。
「国王は今休んでいる」
「あ、そうか・・・そうだよね」
レオンハルトはベッドに戻り腰かけた。
ロベールもその向かいに椅子を持ってきて、座った。
「会議の内容を話すよ。お前をここへ置いたあと、僕も会議場に入って聞いていたから」
レオンハルトは無言で頷いた。
****
国王が椅子に座ったまま話はじめた。
「残念ながら、同盟を結ぶことはできなかった」
国王は苦渋の表情をしていた。
室内に重ぐるしい空気が漂う。
王宮の会議場。
関係者が全員揃っていた。
レオンハルトが同盟交渉に加わっている事を知っている、上層部のみ。
レオンハルトの兄弟三人と、騎士団のレイティアーズとヴィクトール。特務部隊の隊長ベルナール、ガレス、オーウェン、そして各大臣、執事長。
ロベールは、特に言う事も無いし、終始無言を貫く事にした。
「・・・そうか。では、ヴァンダルベルク側の同盟条件は、『ドレアーク王国との同盟を破棄したら同盟を結ぶ』という一点だけなのか」
白髪の内務大臣が書類に目を通しながら言った。
そしてバサッと書類を置く。
「たった一点だけだが、それはとても重すぎる一点だ・・・」
「・・・・・・」
皆がうーんと唸り、苦渋の表情になった。
誰にも解決策は見つからない。
アレクシスが立ち上がり、綺麗な高めの声を響かせた。
「しかし、何故そうまでしてドレアーク王国に固執するんですか!?」
「アレクシス、座れ。平和主義国を貫いているゆえの事だと言ったろう?」
フィリップがたしなめた。
アレクシスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「僕にはわからないよ。今この時代、取り残されてしまうだろう。もしも、コルセナさえもそっぽを向いてしまったら・・・」
「そうなったら、孤立は間違いないだろうな」
「それでも戦える何かがあるのか、それともただのバカなのか・・・」
アレクシスは考え込みながら座った。
そのやり取りを聞いていた内務大臣が言う。
「まあ・・・、孤立云々はさておき、同盟破棄ということは、我々の敵になったも同然」
その言葉に議場はザワザワしだす。
それを国王がいさめた。
「あまり不穏な話はするな。ヴァンダルベルクの件は様子を見ようではないか。新しい国王になったばかりでまた気が変わるかもしれん。新国王の事は昔からよく知っている。気の優しい男だ」
「・・・・・・」
レイティアーズはそれを黙って聞いている。
「国王!そんな悠長な事を言っている場合ではないぞ!ヴァンダルベルクの事は切り、ドレアークと同盟を強固にし、更に軍備増強した方がいい!」
「それに関しては、勿論、考えている」
外務大臣が口をひらく。
「内務大臣、それに関してはご安心を」
「なに?」
「ドレアーク側に同盟交渉決裂の報を届けましたので、その返事が来次第、同盟の強化と軍備増強の手助けを打診する予定です」
「わかった。早急にな」
外務大臣がうなづいた。
軍務大臣が口を開く。
「・・・敵といえば、国王就任式の際に、敵に襲われたそうだが、敵は誰かわかっているのか」
レイティアーズが答えた。
「いえ、わかっておりません。ヴァンダルベルク側すらもわかっていないのではないでしょうか」
「ふむ・・・」
いつも固い表情の軍務大臣が、眉間にしわを寄せ、ますます固い表情になる。
「シュヴァルツ国王の能力の確認をした、と言っていたな・・・」
「はい」
軍務大臣が書類に目を通す。
「新国王の力はどれほどのものだったのだ?」
実際にその能力を見たオーウェンが答えた。
「レガリア国に、今あのくらいの魔力を持っているものはいないと感じました」
議場がざわりとする。
「最上位魔法もなんなく使えるレベルだというのは間違いないです」
隣に座っていたガレスもうなづく。
「確かに、王城の中にいても、感じました。物凄い威力を。まさかあれが、シュヴァルツ国王のものだったとは・・・」
「その魔力、今まで隠していたというのか・・・?」
「・・・・・・」
魔法陣の存在をレイティアーズから聞いて知る国王以外は、皆がそう疑問に思った。
「で、古代魔法というのは・・・」
『古代魔法』という言葉に、場内がシーンと静まり返った。
古代魔法という魔法が一体どんな魔法なのかは、この中の誰もわかっていないはずだ。
しかし、その単語の持つ破壊力はすさまじい。
誰もが知りたい魔法なのだ。
レイティアーズが言う。
「同盟交渉の最中、その話も出ましたが、シュヴァルツ国王は否定も肯定もせず、でした」
「うーん、そうか・・・」
「まさか、ヴァンダルベルク国王は、古代魔法の使い手なのか?」
「だとしたら、最強ではないか!!」
あちこちから声が聞こえてきた。
すると。
「そんな事があるはずがない!!!」
突然国王が声を荒らげた。
その声に、皆がシーンとなった。
「国王」
執事長がたしなめる。
ごほん、と咳払いをし、国王が言った。
「古代魔法などという未知の魔法など、誰も持っているはずがないだろう」
「そ、そうですよ」
あちこちから今度は国王に賛同する声が聞こえてきた。
軍務大臣が冷静に話を変えた。
「新国王の能力の事はわかった。では、軍事力は。確かに減少しているのだな?」
今度は実際に戦力を確認してきた特務部隊へ向けて話した。
代表のベルナールが答える。
「はい。以前に比べ、騎士団の人数、武器の数が減っています。だからなのか、各地から傭兵をかき集めているという噂まであります」
ガレスも言う。
「―――――少し町の住人にも聞いたのですが、国王への求心力が低下していて、町を出るものもいると・・・」
「そうか・・・」
ギルベイルが驚く。
「鉱山採掘業や、そのほか鉱石に関わる仕事だけでも、まだやっていけそうなのにな」
各国の中でも、随一を誇る鉱山の国。
たとえ輸出する国が減ったとしても、ヴァンダルベルクの鉱石を欲しがる国はまだ山ほどある。
「やはり、前国王や一部の幹部が国を出た事が影響しているのだろうか」
「悪い噂、というのも一人歩きしてしまうしな・・・」
「あとは、同盟交渉失敗したという事で、ドレアーク側がどう出るか、ですね」
執事長がそう会議を締め括った。
****
ロベールから会議の内容を聞いたすぐ後。
コンコン、と扉をたたく音。
「はい、どうぞ」
「失礼する」
入ってきたのはレイティアーズだった。
「急ぎなもので、部屋に来た。すまんな。体は大丈夫か?」
申し訳なさそうにレイティアーズが言った。
「だ、だいじょうぶだよ!」
「・・・ただ眠かっただけだろ?」
「ろ、ロベールうるさい」
チラリとレイティアーズがロベールを見る。
「・・・あのことだが・・・、国王にのみ伝える件の・・・」
歯切れ悪く言う。
ああ、そうか、レイティアーズはロベールはその事を知らないと思っているんだ。
「大丈夫だよ。ロベールも、魔法陣のことは知ってるから」
「そうなのか」
ロベールが、ああその事かと納得した顔をする。
「僕もゴールドローズに一緒に行ったからね。だから知ってるんだよ」
「そうか、そうだな」
少しほっとしてレイティアーズが話しはじめた。
「国王に伝えた。瞬間移動も、魔法陣のことも」
「うん。ありがとう」
「国王は、その・・・すごく驚かれていて・・・。まあ、瞬間移動の事は勿論だが、魔法陣のことはさらに・・・」
ロベールがなんだそれは、と二人を見る。
「瞬間移動?魔法陣?それは会議の内容には無かったはずだが。伏せられているのか?」
レイティアーズがうなづいた。
「レイティアーズ、君は魔法陣のこと、同盟交渉で知ったのかい?僕は同盟交渉で伏せられている部分を知らない。教えてくれ」
「・・・ごめん、ロベール。父さんが秘密にしておけって言った事なのに・・・。同盟交渉では、レイティアーズだけ同席した。だから、他に知っている人はいないよ」
「そうか。同盟交渉でその話が出たんだね。そして、瞬間移動や魔法陣の件は、国王だけに話すようにしたと?」
レイティアーズが驚く。
「さすがだな。その通りだ」
「もっと詳しく話してくれないか」
ロベールは真剣なまなざしでレオンハルトを見る。
レオンハルトはうなづき、ロベールに同盟交渉でのすべてを話した。
「そうか・・・シュヴァルツ国王がね・・・」
「やっぱりあの魔法陣は攻撃じゃなく、魔力を与えるものだったのかなあ!?」
「うん。その可能性は高いね。第一、一番それを肌で感じること出来るシュヴァルツ国王本人がそう言ってるんだから」
レイティアーズが難しい顔をする。
「その魔法陣とはなんなんだ、いったい・・・」
レオンハルトがそんなレイティアーズに気づく。
「そういえば、話す約束だったね」
レオンハルトが今度はゴールドローズでの事件をレイティアーズに話した。
「・・・そんなことがあったのか・・・」
「国王が内密にと言ったから、結局それきりわからないんだ。実際に体験したことしか知らない。なんのために、誰を狙ってとか、さっぱり・・・」
「レガリア国王は何か知っているのだろうか?」
「もしかしたら何かしらわかっているのかもしれない。だから、内密にしたのだろうけど・・・」
「シュヴァルツたちも魔法陣の事調べてるって言ったけど、もう一度、国王に聞いてみる必要はあると思うんだ」
レオンハルトがいつになく真剣に言った。
ロベールが皮肉げに言う。
「お前、それ、聞ける?国王に」
「ふえ?」
少し考えて。
「む、無理です・・・」
今この状況では、色々と無理・・・。
ぜったい無理!!とおおげさに腕でバツ印を作った。
そんなレオンハルトを見て、二人が笑った。