第54話 レガリア国 会議(1)
「すぐに王宮へ伝達石を飛ばせ!交渉決裂だと」
レオンハルトとレイティアーズは宿屋へ戻ってきた。
無理やり連れだされたレオンハルトは涙を止める事ができない。
「・・・いつまで泣いているんだ」
レイティアーズがベッドに腰掛けて泣いているレオンハルトに声をかける。
「仕方の無い事だと言っただろう?第一、国王たちでも成立させることができなかったんだ。交渉成立できなくても当たり前、と思っておけ」
鼻をずずっとすすり、顔を上げる。
「うん、ごめん・・・」
そのそばからまた涙があふれてきた。
「ふっ、うぅ・・・」
交渉をうまくできなかったことと、シュヴァルツの豹変ぶりのショックから、レオンハルトは感情をコントロールできなくなっていた。
やれやれ、とレイティアーズため息を吐く。
「王宮へ戻るぞ、それともここに一人だけ残るつもりか?」
「そ、それはイヤだよ!・・・い、行くよ」
レオンハルトは、シュヴァルツのいる王城の方角を見やり、大きなため息を吐く。
後ろ髪ひかれる思いだが、レガリア国へと馬を走らせた。
レガリア国王宮へ到着すると、一階ホールでは、王宮内の人間が忙しなく動いていた。
(もう伝達石は届いたようだね)
レイティアーズがレオンハルトへ近づいてきた。
「すぐに会議場へ行く。国王たちはすでに待機している」
「う、うん・・・」
表向き、同盟交渉は国王たちだけで行ったとされている。
王子たちがその後交渉した事は、上層部以外には知られていない任務だ。
だからその上層部のみが集まって会議をする事になる。
顔色の悪いレオンハルトに、レイティアーズがバン、と背中をたたく。
「いてっ」
「しっかりしろ」
「は、はい・・・」
「・・・さっきのシュヴァルツ国王とのやり取りで、色々と聞きたい事はあるが、それは会議が終わってからだな」
「え・・・?う、うん・・・」
(魔法陣の事かな・・・)
そりゃ、あの場にいながら、話の内容がよく見えないし、しかも内容もただならぬ話だ。
彼も、知りたい事が山積みだろう。
そしてレオンハルトにだけ聞こえるように、耳元でささやく。
「ヴァンダルベルク王城の同盟交渉で起った事をすべて話す。いいか?」
「え・・・。す、すべて・・・?」
「瞬間移動の事も含めてな」
「え、ちょ、ちょっと待って・・・」
レオンハルトは混乱する。
そ、そりゃ報告しなきゃいけないのだけれども。
「ただ、瞬間移動の件は、慎重に扱わなければならない事案だ。それだけは国王にのみ話す」
「うん。わかった・・・あ!だめだ!」
「?」
「魔法陣の話も、聞いてた?」
「ああ、勿論」
「そ、そうだよねー。あ、あの話も、父さんにだけ話してほしいんだ」
「なぜだ」
鋭い眼光で見られ思わず言葉につまる。
(レイティアーズも色々聞いちゃったし、信頼できるし、別に言ってもいいよね・・・?)
「え、えっとねー、魔法陣の件は、元々父さんから口止めされてる話なんだ」
「なに、どういうことだ」
「うっ・・・」
(そうだよねー、知りたいよねー)
変な汗が出てくる。
返答につまり黙るレオンハルト。
「―――――わかった。国王直々の事ならば仕方あるまい。それ以上詮索しない」
「あ・・・」
レオンハルトはほっとした。
その時。
「どうした、レイティアーズ団長、早く来いよ!」
二階へあがる階段を昇りながら、ヴィクトールが促した。
「では、瞬間移動の件、魔法陣の件も、国王の耳だけに入れておこう。会議場へ入ったらすぐに伝えよう」
そう言ってレイティアーズは階段を昇り始めた。
「・・・・・・」
レオンハルトは、レイティアーズに話せない事がもどかしかった。
あんなにも、僕のために色々としてくれたのに。
彼は僕にとって、かけがえのない人物になっているのは間違いなかった。
その彼にも、秘密にしておかなければならないなんて。
「ま、待って・・・ッ!」
レオンハルトがその階段を昇ろうとする後ろ姿に向かって小さく叫ぶ。
「?」
レイティアーズは不思議そうに後ろを振り返った。
覚悟を決めたような表情で、レイティアーズを見上げる。
「は、話す、よ。・・・魔法陣の事。僕に起ったすべてを」
そう。
あの魔鉱保護区ゴールドローズで起った出来事を。
レイティアーズは目を見開く。
そして、ふっと優しく微笑んだ。
「わかった。では、会議の後で聞こう」
扉を開ける直前。
「ね、ねえ、レイティアーズ」
「なんだ」
レイティアーズが扉を開ける手を止めた。
「もしも、さっきの同盟交渉の時の話をすれば、しゅ、シュヴァルツに・・・何か不利な事になるのかな」
それを考えると、少し怖くなってきた。
ふーっとため息を吐くレイティアーズ。
「王子。これだけははっきり言っておく」
「・・・」
「彼らは我々と同盟を結ばなかった。非同盟国である国は、今ドレアークが戦争を仕掛けようとしている最中、敵同然という事になる」
「そんな・・・」
レイティアーズは続ける。
「シュヴァルツ国王に不利な事になろうがなるまいが、我が国にとって、利益になる情報を得なければならない」
『我が国』という言葉を強調して言うレイティアーズ。
それは、とても、良くわかるのだが・・・。
「レイティアーズ・・・」
泣きそうになる。
「レオンハルト王子よ。そこが、甘いのだ、お前は」
そう、言い放った。
「シュヴァルツ国王は、それを自覚していて、同盟交渉の時、あんなかんじだったのではないか・・・?」
「へ?」
「あんなに冷たい目をするような男では無かった気がする」
「う、うん!そうだよ!」
レイティアーズも、シュヴァルツの事を少なからず知っているのだ。
「だからだ」
「え?」
「友情ごっこでは、やっていけないという事だ」
「え、どういう・・・」
「入るぞ、覚悟を決めろ」
すると、
「レオンハルト!」
「・・・ぁ、ロベール・・・」
(久しぶりに見る気がする)
一日しか経っていないのに、変なかんじだ。
ロベールが険しい表情で駆け寄ってくる。
「お疲れ様」
「う、うん。ごめん、ロベール、僕、僕・・・」
ロベールの顔を見た途端、堰を切ったように涙があふれてきた。
「ひっく・・・、うっ・・・、ごめん、駄目だったんだ、同盟・・・」
ロベールが崩れ落ちそうになるレオンハルトを抱きとめた。
「レオンハルト、もう、もう、しゃべるな。わかったから」
レイティアーズはそのやり取りを黙って見ていたが、「先に行く」と一言言い残し、会議場へ入って行った。
「シュヴァルツが・・・シュヴァルツが・・・」
そう涙ながらに口にした。
「もう、わかったから」
悲痛な声で、ロベールはレオンハルトをかき抱く。
シュヴァルツの言葉、態度、そしてレイティアーズの先ほどの言葉が、頭から離れない。
そのすべてが痛みとなって、レオンハルトの涙を誘うのだ―――――――。