第52話 幼き日ーシュヴァルツー(1)
・・・はじまりは鉱石だったかな。
光の戦士ルカを好きになったのは。
弦をつまびくアラムの横で、シュヴァルツが必至に本を読んでいた。
「なあ、これってなんて読むの?」
「ん?どこです?」
手を止め、アラムがシュヴァルツへ近づく。
「ここ」
「『岩石』・・・。が・ん・せ・き、です」
「そ」
また本を読むのに集中し始めたシュヴァルツを、アラムが横目で見る。
「・・・だから、私が読んで差し上げた方が早いのに」
その声もシュヴァルツには届かないほど集中していた。
「・・・・・・」
アラムは短くため息を吐く。
まだ読めない文字もあるのに、なんとかして自力で読んでみたいと言った。
でも結局読めない文字が出てきたため、こうして何度もアラムに助けを求めるのだ。
そうまでして必死に読もうとする理由の一因は、レオンハルト王子だ。
一度何の理由でかは知らないが、ケンカしていた二人。
それがいつの間にか仲直りしていた。
その彼に、もしもアラムがいない時でも、いつでも本を読んであげられるようにと、今必死で本を読む勉強をしているのだという。
(そこまで、彼を・・・)
****
王城の中庭のベンチに座るレオンハルト。
シュヴァルツとケンカして、というか、一方的にレオンハルトが怒って部屋を出て行き、そのままシュヴァルツの元には戻っていない。
ふと、シュヴァルツの秘密基地が目に留まる。
少しだけ、見立て鉱山の山が崩れている部分があった。
(固める魔法が解けちゃったのかなあ)
彼の大事な、鉱山。
レオンハルトはおもむろに立ち上がり、鉱山へ向かった。
崩れた部分に砂を盛り、自分の杖を取り出した。
「えっと、なんだったっけ、あの魔法」
シュヴァルツが、山を固める時に使った魔法。
思い出しながら杖を砂の山へ向け、叫ぶ。
「えいっ!砂よ固まれ!」
「えいっ!」
何の変化もない。
「も~!」
レオンハルトは泣きそうになった。
(なんで、僕は魔法が使えないの・・・)
「えいっ!!」
精一杯、大声で言っても、何も起こらない。
そのうち、サラサラと砂が崩れていった。
レオンハルトもその場に崩れ落ちる。
無性に、涙があふれてくる。
悔しくて、情けなくて。
(これも僕は魔法で助ける事ができないのか)
「レオン!」
後ろから呼ばれた。
「え・・・?」
「―――――ここにいたのか、レオン」
「・・・しゅヴぁるつ・・・」
(泣いてる・・・)
シュヴァルツはレオンの隣に座った。
(怒ってるのかと思ったら、泣いてる)
「・・・泣くなよ・・・」
小さい声で、そう言った。
「ご、ごめん・・・。僕、この山が崩れてたから魔法を使って固めようとしてたんだ・・・」
泣きながら話すレオンハルトを、シュヴァルツは黙って聞いた。
「うん・・・」
「でも、魔法が発動しなくて・・・」
「うん・・・」
「僕、魔法、使えないんだ・・・おかしいよね・・・」
「そんなこと無いよ!!」
シュヴァルツが叫ぶ。
「シュヴァルツ・・・?」
「俺、言ったろ?魔法は使えなくてもいいって。だから、魔法が使えなくてもぜんっぜんおかしく無い!!」
そう大声で断言した。
「――――――」
レオンハルトはそんなシュヴァルツを茫然と見つめていた。
「で、でも、今砂を固めようとして、出来なくて・・・君の力になれなかったんだよ・・・?」
「そんなのは固まらなくたっていいよ!一時的に固まれば、それでもいいんだ!それに本物の鉱山がある!そこに一緒に行くって言っただろ!?」
「う、うん・・・」
あまりのシュヴァルツの迫力に押されるレオンハルト。
「それに、鉱石だって、魔力のある魔鉱石以外の鉱石だって、この世の中の役に立ってるんだぜ!?」
「そ、そうなの・・・」
あまりの剣幕に思わず腰が引けそうになるレオンハルト。
「色んな動力に使われたり、家を作る材料になったり!!」
「そ、そうか、わかったよ・・・」
レオンハルトはなんとか納得してくれたようだ。
(なんだか、色々、悲しませてしまったな・・・)
シュヴァルツは、無造作な黒髪をガシガシかきながらポツリと言った。
「さっきはごめん・・・」
(そう。それを謝ろうと思ってレオンハルトを探しに来たんだ)
レオンハルトが顔をあげる。
「なんで!?僕の方が悪いんだから!僕がっ・・・あっ」
―――――だめだ。
大きな声を出したって、さっきと同じになるだけだ。
それを二人ともなんとなく感じて、二人は口をつぐんだ。
「俺はさ、父さんのこと尊敬してる」
ぽつり、とシュヴァルツが唐突に話し始めた。
「・・・・・・」
レオンハルトは怪訝そうな顔をしてこちらを見る。
「この国の平和主義ってとこも、好きだ」
「・・・うん」
レオンハルトが少しはにかんだ。
そして急に立ち上がる。
「僕もさ、君に負けないくらい、こーんなに、父さんが好きだよ!」
そう言ってレオンハルトは大げさに身振り手振りでアピールした。
「はははっ!」
シュヴァルツはそれを見て大笑いする。
「面白いな、レオンは」
「そう?」
夕暮れの中、二人はベンチに座る。
ふいにレオンハルトが下を向き、足をブラブラさせる。
「僕、もう君とケンカしたくないよ」
「うん。俺も・・・」
(ありがとう、レオン)
大事な、大事な友人だ。
「よーし、仲直りしたし、もっかい鉱山作ろうか、せっかくここに来たんだし!」
「えー、僕も?もう疲れたよ~」
長い影がふたつ、見立て鉱山に仲良く並んだ―――――――。
****
「ぐっ・・・、ああああっ!」
「シュヴァルツ様!シュヴァルツ様!」
第一の波は、王城に無意識のうちに戻ってからすぐにやってきた。
あの魔法陣の痛みの続きなのだとすぐにわかった。
(同じだ)
「くッ・・・!」
しかし、あの時よりも、いや、あの時とは比べ物にならないくらいの激痛だった。
(熱い)
いつだったか、魔法の訓練で火属性魔法を受けた時のような、体が焼けてしまうんじゃないかと思うくらいの衝撃の熱。
そして次は急激な冷気。
外側からはわからない、体の内側に於いてのダメージ。
次から次へと来る体への変化が、負担となってシュヴァルツの体力をも奪う。
シュヴァルツは床に崩れ落ちる。
これでは、正気が保てない。
「アラ・・・ム・・・!至急父上に帰った事を伝えてく・・・れ」
「わ、わかりました・・・!」
「そ・・・れと、この痛みの事は言うな・・・!」
「何故です!?」
「心配する、だろう・・・。それ・・・に、レオンの事も気になる・・・あいつを狙った魔法陣なら・・・、なおさら、おおごとにしたくない・・・」
「シュヴァルツ様、しかし・・・」
(そんな、こんな時まで・・・)
アラムはシュヴァルツの心の優しさを痛感した。
「この痛みもそのうち消える、だろ・・・そうなったら、色々調べよう・・・ッ」
「シュヴァルツ様!わかりました!わかりましたらもう喋らないで!!」
「・・・あァ・・・」
そこで記憶が途切れた。
目が覚めると、そこにはアラムがいた。
「お、れは・・・ッ!!」
頭が痛かった。
「あ・・・」
しかし、体の激痛は無くなっていた。
「私も、ありとあらゆる回復魔法を試しました。効果があるものも少しありました」
「アラム、ありがとう。魔法で痛みを消してくれたのか?」
「一時的なものです。今後、どうなるかは」
そしてアラムはひとつのアンプルと一つの紙に入った粉薬をシュヴァルツの前に差し出した。
「・・・これは?」
「薬です。こちらのアンプルは痛みが出てきたら飲んでください。一般的な痛みの緩和などに使われるものです。あとこちらの粉薬は、体のキズを癒すもの。外からはキズがついていなですが、かなり体は負担をかけています」
「そうか、ありがとう」
そう言って受け取る。
アラムはジロリと睨む。
「ただし、これは王宮医師に『内密』に作ってもらったものなので、大事にお使いください」
「お、おう、わかった」
「私は食事を持ってきます」
「あ。と、父さんには言ったんだろ?帰ったこと」
アラムが振り向く。
ギロリと睨まれた。
「―――――ええ。しかし、なぜ王子は顔を見せないんだと、問い詰められました」
「あ、そ、そうだよな・・・」
シュヴァルツが不安そうな顔をした。
アラムが苦笑する。
「大丈夫です。なんとか上手く言って逃れてきましたから」
「そ、そうか、ありがとう」
「いえ。あなたは早く体を治す事だけを考えてください」
「・・・・・」
そして次の日、またあの痛みはやってきた。
「あッ・・・!ぐ、あ・・・・!」
「いっ・・・!」
(こんなの、痛すぎるだろ!!)
「そ、そうだ、薬・・・」
えっと、痛みを緩和するのは、えっと、こっちだったよな・・・。
細長いアンプルに手を伸ばそうとしたその時。
「やられた―――――――!!」
「え――――――」
廊下から声が聞こえてきた。
(やられたって、何?)
廊下に近づこうとした時。
「ぐああああああッ!!!」
強烈な痛みが、またシュヴァルツの体を襲った。
(や、めろ・・・ッ)
やめてくれ。
今は。
今だけはやめてくれ。
「た、のむ、痛みよ、消えてくれ・・・っ!」
力なく伸ばされた右手は、アンプルに届くこと無く、宙を舞った。
そして意識が、遠のいていく―――――――。
「シュヴァルツ様!シュヴァルツ様!!」
(―――――ああ、アラムか)
「国王が!国王が!!」
(父さんが、どうしたって?)
薄れゆく景色の中、アラムが泣いているように見えた。
「国王が暗殺されました!!」
「な・・・に・・・?」
(な、にを言っているんだ・・・?)
そして完全に記憶は途切れた。
そしてまた目を覚ますと、そこには同じようにアラムがいた。
しかし、今までと違う表情をしていた。
起き上がろうとしたが、体が疲れているのか自力で起き上がれない。
シュヴァルツはかすれた声で言う。
「ァ、ラム・・・。さっき何か言ってなかったか・・・?」
アラムの声も少しかすれ、そして震えていた。
「―――――ええ、ええ。何度も伝えました」
「国王様が、暗殺されたと」
「―――――――――!!!」
(あ・・・ああ・・・)
こんなにも苦しい激痛に耐え、しかも、父さんまでも。
「誰か俺を殺してくれ!!」
ベッドに横たわったまま、握りこぶしをドン!ドン!とベッドに打ち付ける。
「シュヴァルツさま・・・シュヴァルツさま・・・」
アラムも泣いていた。
よく見ると、アラムは目が赤く腫れていた。
シュヴァルツが意識を失っている間も、ずっと泣いていたのだろう。
「国王様が亡くなられて、一日が経ちました。どうか、今一度お顔だけでも見せてあげますよう――――――――」
「――――――!」
その言葉に、シュヴァルツの心は深くえぐられた。
「ひっ・・・くッ・・・」
堰を切ったように、シュヴァルツは嗚咽をもらし、泣いた。
アラムはそれを見る事ができず、後ろをむき、自身もあふれる涙を止める事はできなかった。
シュヴァルツはその後すぐに確認のために国王の元へ行った。
亡骸は、顔だけは綺麗に、生きている時のままだった。
「ああ・・・、ほんとに・・・」
(父さんは・・・)
激痛は今度は日を置かずやってきた。
前回飲めなかったアンプルを今度はアラムが飲ませてくれた。
「シュヴァルツ様!」
「・・・・・・」
また訪れる薄れゆく意識。
レオンハルトや魔石のこと、不思議と色んな事が思い浮かんだ。
なぜだろう・・・?
それらは、俺の、『希望』?
希望があるのなら、何故―――――――。
アンプルの効果か、痛みも徐々に無くなってくる証拠なのか、今回は意識をなくすことなく痛みが消えた。