第49話 ヴァンダルベルク王国(7)
「ただいま戻りましたー・・・」
レオンハルトは恐る恐る部屋へ入る。
(どうしよう・・・怒ってるよなー)
勝手に宿屋を飛び出して云った事を思い出した。
「お疲れ様でした」
部屋には全員揃っていた。
オーウェンとサミュエルが、レイティアーズに先ほどの就任式の話をはじめた。
ヴィクトールがこちらを見ながらニコリと笑う。
「予定どおり、同盟交渉が行われるそうですよ」
「え」
「国王側から伝言が届きました」
そう言って向こうを見る。
ヴィクトールにつられ見ると、奥でピョンピョン飛び跳ねている魔石がひとつ。
(もしかしてアレに伝言が入っていたの?)
レオンハルトは実際には見た事が無かった。
それは『伝達石』と云われる、遠くへ伝言しなければならない時に飛ばす魔石。
目的地まで正確に飛ばすのは、相当の魔法技術がいる。
だから上位の魔道士でなければ飛ばす事ができないだろう。
「うわあ・・・」
とても新鮮な気分になった。
もう少し近くで見ようと近づいていくと―――――。
「レオンハルト王子」
「わッ!!」
びくっと心臓が跳ね上がった。
何かを押し殺した、とてつもなく低音ボイスで呼ばれた。
振り向くと、そこにレイティアーズが立っていた。
なんだか、ものすごい威圧感をかんじた。
(きゃーーーーーーー!)
レイティアーズはニヤリと口角を上げる。
「就任式を見られて満足か」
レオンハルトの顔からは、変な汗がしたたり落ちる。
「・・・・・・」
するとレイティアーズはわざと大きな声を上げた。
「ああ、就任式どころではなかったなあ。あんな敵襲を受けては―――――」
そう、顔は怒っている表情ではないのだが・・・、
目が笑っていない。
「ご、ごめんなさい・・・ッ!」
レオンハルトは身を小さくする。
次第に彼は顔をひきつらせていく。
そして、
「貴様は立場をわかっていないと、何度言えばわかるんだ!!」
一気に爆発した。
(ひいッ!!)
ますます身を縮めた。
久しぶりに彼から『貴様』という言葉を聞いた。
(そ、相当怒ってる・・・)
ああ、しかも・・・。
(みんな見てるのにィ・・・)
全員が何事かとこちらを見た。
(ひ、ひとがいるところで怒らないでよ・・・)
堰を切ったようにレイティアーズが説教をはじめた。
「いいか、貴様は任務という事をわかっていないようだ。一人の勝手な行動が、どれだけ他に影響するか、しかも、今は一国の命運を左右するような任務なのだ」
レオンハルトは、レイティアーズが話しを止めるとすぐさま謝った。
「勝手な行動をとったことは、本当に悪いと思ってる。ごめんない」
「・・・・・・」
レオンハルトは下を向き、必死に言葉を絞り出す。
「でも、僕はなんとしても、シュヴァルツの、ヴァンダルベルクの国王の就任を、この目で見たかったんだ。それができなければ、」
小さい頃から一緒に遊んた友人が、一国を任される国王になるなんて。
この目に、焼き付けておかなければ、
そう。
(やっと、わかった)
就任式を見なければいけない理由が。
(そう、それが出来なければ、)
レオンハルトは顔を上げた。
まっすぐに、レイティアーズを見据える。
「――――――僕は前に進めない」
「―――――――」
部屋はシン、と静まり返っていた。
レオンハルトの言葉に、その場にいた全員が黙った。
レイティアーズが、はっと短くため息を吐いた。
「――――わかった。だが、そう言うなら必ず同盟を結んで来い」
レオンハルトがうなづく。
「うん。大丈夫だよ。僕たちは親友だから」
そう言って笑顔になった。
「・・・・・・」
レイティアーズは、まだ何か言いたそうだったが、無言でレオンハルトの笑顔を見つめた。
「・・・特務部隊をなめてるんですか?」
「・・・え?」
奥からポツリと聞こえてきた。
この声は、ヴァンダルベルクへ来る途中、後ろでレオンハルトの陰口を言っていたクリスだ。
「どうした?クリス」
レイティアーズが訝しむ。
「そんなの、感情論じゃないですか」
「え・・・」
「やめろ、クリス」
同じ特務部隊であるオーウェンが止める。
レイティアーズは眉を寄せる。
「怒るのは責任者である私だけで十分だろう」
クリスが嘲るように笑う。
「何が十分なんです?レイティアーズ団長、あなたも甘いんじゃないんですか?」
「なに」
レイティアーズの顔色が変わる。
ヴィクトールが「まあまあ」となだめた。
クリスはおかまいなしに続けた。
「予定にない就任式を見に行くなどあり得ない!王子だから何でも許されるのか!!」
「おい、クリス!」
今度は本気でオーウェンが怒鳴った。
「――――――っ」
レオンハルトはその発言に圧倒された。
でも、
(王子だから・・・?)
――――それは違う。
下を向いて、ポツリポツリと言う。
「・・・そうだよね、ごめん。でも、王子だからと思った事は、一度もないよ・・・」
(そう、人生で一度もね・・・)
レイティアーズはそれを黙って見ていた。
そして口をひらこうとしたその時。
「―――――――『伝達石』だ!」
ひとつの魔石が部屋へ入ってきた。
ざわり。
部屋中に一気に緊張が走った。
「よし、この話は終わりだ。言い合いをしている場合ではない」
レイティアーズがそう言い、ピョンピョン飛び跳ねている魔石を捕まえた。
さきほど見た魔石と同じだ。
よく見ると、魔石に小さく透明な羽が二つ、ついていた。
(なんか、かわいい)
「たしかに、国王側の魔石だな?」
レイティアーズが特務部隊に確認する。
オーウェンがうなづいた。
「ああ、間違いない。その色と羽は、ガレスが使うものだ。それに、ガレスのフォルスネームが刻まれている」
レイティアーズがそれを聞き、緋色に輝く魔石を右手にのせる。
少し目を閉じる。
(何か力を、込めているようなかんじだ)
レオンハルトは固唾をのんだ。
「では、『開封』」
「あ・・・っ」
(はじめてみる。こんな風になるんだ・・・)
レイティアーズがそう言うと、魔石から淡い光があふれだす。
そして、魔石と同じ色の文字が浮かび上がってきた。
「『同盟交渉決裂』だと・・・・・・!?」
皆が愕然とした。
そこには、たしかにそう書かれていた。
「そんな・・・」
国王でも、同盟を結ぶことが出来ないなんて!
すると、フッと魔石は消えてしまった。
「あれっ!?消えた・・・!」
レオンハルトだけが驚く。
「重要機密情報だから、この魔石は時間がくれば消えるんだよ」
ヴィクトールが教えてくれた。
「そ、そうなのか・・・」
「よし、予定通り任務を開始する」
周囲は動揺していたが、レイティアーズだけは冷静だった。
「シュヴァルツ国王をその場に説得して留めておくとも書いている。時間稼ぎをしている間に行くぞ、急げ!」
「はい!!」