第43話 ヴァンダルベルク王国(4)
「浮遊・・・いや、飛行魔法か!」
オーウェンが頭上を見ながら小さく叫ぶ。
空中で静止できるの飛行魔法は、高度な技術を要する。
その男二人が見下ろしている。
壁塔で見張りしている警備兵が攻撃しようとした。
が、
ヒュッ!
一瞬で一人の男が壁塔の縁に降り立ち、警備兵ののど元に短剣の切っ先を向けた。
「なっ――――――!」
(速い!)
「な、なにものなんだ、あいつ――――――」
誰もがそう思った。
常人でない事は明からだ。
男が壁塔の警備兵に目をやる。
「そいつは人質だぁ。そいつが手を出さなきゃ何にもしねえよ」
下にいるシュヴァルツの周りにいる警備兵や騎馬兵たちが攻撃体制を作っていたが、その言葉で攻撃の手を下す。
壁塔の警備兵も唇をかみしめ悔しそうに手を下げた。
すると、壁塔の警備兵の喉元にあてがわれた剣を男も引っ込めた。
男が舌なめずりをする。
「俺らの目的はそいつじゃあないんでな」
「ど、どうしよう・・・」
混乱の中、レオンハルトはオーウェンの方を振り向く。
オーウェンも焦りの表情だが、さすが特務部隊。
そこらへんは普通の人よりは鍛錬されている。
彼は冷静に周りが見えているようだった。
「あの男たちが何を考えているのかは知らんが、敵襲となると、ここにいる国民が危険だ。それに――――――城の中にいる我が兵たちも」
「あっ・・・」
そうだった。
(父さんたちが、城の中で待機してるんだった・・・)
そして、戦力の確認に出た兵たちもいる。
きっとこの爆音で、この事態に気づいているに違いないが。
オーウェンが何かに気づく。
「国民の方は大丈夫そうだな」
そう言ってチラリと周りに目をやる。
レオンハルトも見ると、正門で警備をしていた守衛やヴァンダルベルクの警備兵たちが国民を門から遠ざけようとして誘導していた。
「城内の国王たちも、ヴァンダルベルク側がなんとかしていると思うが、あとは・・・戦力確認に出て行ったやつらだけだな、うまく、伝わっていて待機場所に戻っているといいのだが」
「うん・・・」
「王子、あんたはレイティアーズ団長に伝えてきてほしい」
「えっ・・・、オーウェンは?」
「俺はここにいてやつらを見張っている」
「あ、危ないよ!」
「大丈夫だ。戦力の確認に行ってた隊員たちも、もしかしたらここに来る可能性もあるだろう?」
すると。
眩い閃光。
「【アースクエイク・フィールド】!!」
三度目の攻撃。
「―――――国王!」
兵たちが叫ぶ。
ガッ・・・!
バリバリ・・・!
地面のレンガがその衝撃で破壊される。
シュヴァルツのいる少し手前の地面に被弾した。
「な、なんという破壊力・・・」
兵たちが茫然とする。
今度は、あきらかに国王を狙っていた。
「国王、迎撃許可を!」
「・・・・・・」
シュヴァルツは沈黙し考え込む。
国王からの返答が無い。
とりあえず兵たちは、防御の体制にだけは入った。
城の方からも援軍がかけつけているのが見えた。
「シュヴァルツ!」
レオンハルトの体からは冷や汗が流れる。
(シュヴァルツが危ない!)
「おいっ」
オーウェンが今にも飛び出さんとしているレオンハルトの腕をつかむ。
「は、離してっ」
「馬鹿な真似はよせ!衝動的な行動をとるな!」
「・・・・・・ッ」
「さっき宿屋でも同じような行動をとっただろう、少しは反省しろ!」
(また、怒られた・・・)
「・・・・・・」
レオンハルトはなんだか悔しくて、唇をギュッと結んだ。
「あんたは一国の王子なんだ、身の程をわきまえてくれ」
そう言ってため息を吐く。
「・・・・・・ごめん」
やっと、そう絞り出した。
「――――だが、解せないな、あれは」
そう言ってオーウェンは正門の中を見やる。
その時。
「おい!オーウェン!」
後ろから声がかかる。
特務部隊のメンバーの一人がこちらへ向かって走ってくる。
「ああ、サミュエル。戻っていたのか」
彼は特務部隊の一人、サミュエルという。
長身で胸板が厚いのが服の上からでもわかる。
騎士団のヴィクトールのようなかんじだろうか。
目は青く、茶色い髪を綺麗に整えている。
貴族出身らしく、どうりで雰囲気に気品があると思った。
年齢はオーウェンと同い年ということで、お互い話しやすいみたいだ。
そのサミュエルが少し息が上がりながら言う。
「宿屋に戻る途中で、爆音がきこえたんだ。それで、一度城のそばまで引き返し確認して、すぐに宿屋に行った」
「そうか」
「・・・さっき国王側が城内から、魔石で伝言を宿屋まで飛ばしてきた」
「なに」
「大事な同盟相手だ。もし万が一の事があれば、ヴァンダルベルク側を援護しろと」
「敵が誰かわからなくても、か?」
「ああ」
オーウェンが少し考え、口をひらく。
「今回の任務の責任者はレイティアーズ団長だ。彼の意見は」
サミュエルがうなづく。
「待機している全員で話しをし、状況に応じて援護した方がいいと」
「――――了解だ」
するとオーウェンはすぐさま、サミュエルから手渡された鎧の一部である自身のヘルムを受け取った。
そのヘルムの中からサミュエルの装備も取り出す。
(わあ!)
にゅっと出てきたそれは、確かに装備の形をしている。
(うん。まぎれもなく戦闘で使うような鎧だ)
そしてあっという間に、そのヘルムを装備として変化させた。
「うちの方の援軍はあとはあるのか?」
鎧を装備しながら、オーウェンが訊く。
サミュエルはかぶりを振る。
「私一人しか来ていない。あとは宿屋で待機だ」
「了解だ」
そしてオーウェンが肩をすくめる。
「ま、敵が二人なら、ヴァンダルベルク側の兵だけでもなんとかなるかもしれんがな」
サミュエルがレオンハルトの方を向く。
「レオンハルト王子、あなたも宿屋へ戻っていなさい」
「えっ・・・」
はじめて彼に話しかけられた。
(ヴァンダルベルク王国までの道中で、後ろでもう一人の特務部隊員と一緒に僕の陰口を言っていたのに・・・)
そう思いながらサミュエルの顔を見る。
彼は何事も無いような顔をしている。
(もうどうでもいいのかな)
「・・・・・・」
(まあ、サミュエルさんはもう一人の特務部隊員・・・えっと、名前はクリスだっけ?彼に話を合わせてたってかんじもするけど・・・)
なんだかまだモヤモヤするけど、今はそれどころでは無いんだった。
「おい、聞いてるか?」
(そうだ、宿屋へ待機の話だった)
つい気が逸れてしまった。
「あ」
「もしもレガリア国の王子がここにいるとわかれば、何をされるか、何を言われるかわからんからな」
「そうか・・・」
「な、そうしておけ」
オーウェンも厳しい顔で念を押す。
「僕は・・・」
でも、
(僕も・・・)
(シュヴァルツが危険なのに、置いていくなんて出来ない・・・!)
―――――――行かなきゃ!!
「あっ・・・!」
レオンハルトが考えを巡らせている間に、二人は守衛が手薄になったその隙をついて、風のように中へ入っていった。
「ま、待って・・・!」
「二人とも待ってよ~」
レオンハルトが二人に追いついた。
その声にオーウェンとサミュエルが振り向いた。
「よくあそこを通れたな」
オーウェンが驚く。
サミュエルも同様に驚きを隠せない表情だ。
「そうだな、よく我々の後に続いて来れましたね。走るスピードと瞬発力があるんですかね、あなたは」
「そ、そうかな」
(そんなに驚く事なのだろうか)
なんかしかもちょっと褒められた?
ちょうど二人が警備兵の隙をついて正門を抜けたので、レオンハルトもすぐさま追いかけた。
なんとか警備兵に気づかれぬ前に通り抜ける事ができた。
ただ、それだけなのだ。
感心したのもつかの間、オーウェンが大事な事に気づく。
「しかし王子!なぜ来たんだ・・・!」
「黙って待っていられないよ!」
「馬鹿な真似はよせと言ったはずだッ・・・!」
(む~、まだ言うか!)
レオンハルトはどうにかしてオーウェンを説得しようと考える。
「危ない事はしないよ!自分の身は自分で守れるよ!」
そう言って、胸の中にあるペンダントを指した。
そう。
オーウェンならこのペンダントの事を知っているから、僕の言った意味がわかるはず。
「・・・ただの、護身用では?」
皮肉げに言った。
「ふっ・・・。特別な護身用だよ?」
そう言ってレオンハルトにしてはめずらしく、不敵に笑った。
オーウェンが急に苦笑した。
「ああやっぱりあんたにもフォルスネームが必要なようだな」
「?」
「――――わかった。ではそこで待機していろ。くれぐれも顔を出すんじゃないぞ。やつらは国王を狙っている。王子も狙われる可能性はあるからな」
オーウェンは壁際の木を指さした。
レオンハルトは無言でうなづいた。
(ぼ、僕も狙われる・・・?)
心臓が跳ね上がった。
ま、まさか・・・。
レオンハルトが隠れる壁際の大きな木の陰。
その少し先の草叢にオーウェンたちが身をひそめ、行動を注視していた。
(う、動いちゃダメ、動いちゃダメ)
レオンハルトは動かさないように呪文のように頭の中で唱える。
心臓が早鐘を打つ。