第41話 ヴァンダルベルク王国(2)
「で、もしかしてその魔物から『魔石』を入手する事が出来た、なんて言うのか?」
じとっとした目でレイティアーズがオーウェンを見た。
(そうだ。僕たち、魔石の話をしてたんだ)
すっかり忘れていた。
そのレイティアーズの言葉に、オーウェンが笑う。
「そのとおりだ」
「だから私たちの話に入ってきたんだな?」
「ああ。つい、魔物の話には敏感になってしまってな、すまない」
「いや、いいんだ。ところで、どんな魔石だったんだ?」
するとオーウェンが、自身が寝ていたベッドに置かれたプレートメイルのヘルムを静かに指さした。
「あの鎧は、その魔物を倒した際の戦利品を埋め込んで出来ている」
そう。
頭部を守る、ヘルムだけがあった。
ヘルムだけになっているというのは、このヘルムにすべてを収納しているからなのだそうだ。
なんと、オーウェンは、『収納魔法』の使い手だったのだ。
あの騎士団のレン=レインのように。
鎧に魔法をかけ、その中に鎧自身も収納できるようにする。
そのプレートメイルは、金属板をつなぎ合わせてできているので、パーツを離せるところはすべて離し、その鎧の中で一番小さい部分を残し、あとは収納するというやり方らしい。
彼はヘルムを残し、それ以外のパーツを全部ヘルムの中に収納させていた。
なるほど、これだとあんなに大きくて重そうな鎧をどこで脱いでも、荷物にならない。
とすると、気になる事があった。
「ま、まさか、999個入るとか言わないよねっ!?」
レオンハルトは青ざめながら聞いた。
レイティアーズもオーウェンも何故レオンハルトが青ざめた表情なのかわからずポカンとしていた。
そしてオーウェンが苦笑する。
「999個?そんなには入らない。まあ、特務部隊の隊員全員の装備は入るぐらいの魔法は使えるが」
(ああ、良かった)
レオンハルトは心底ホッとした。
「戦利品?埋め込む?」
レオンハルトにはまたわからない話が出てきた。
「魔物を倒すと、色んなものを落とす」
「落とす?」
「魔物の実態は消え、魔物としての、動く原動力ともなったマギアスが凝縮されたもの。それだけが残る。その凝縮されたものが色んな形で現れる。たとえば俺の場合、防御を補正でき、もう一つ、音を遮断できる魔石を手に入れることができた」
「へえ。それはめずらしいな」
レイティアーズは目を見張る。
オーウェンがうなづいた。
「音を遮断する魔石など、一般的に流通されていないだろう」
「ああ。魔物から入手するという事自体が、滅多に無い事だからな」
「そうだよ!僕だって、魔石は鉱山から採れるとしか知らなかった!」
するとオーウェンがそんな自身満々に言うレオンハルトを見て苦笑する。
「魔物もマギアスファウンテンも、まだまだ解明されていない部分は多いからな。実際に見たものでないとわからない事だから、普通は噂話程度にしかならないのだろう」
レイティアーズがオーウェンに訊く。
「他にも魔石は入手できたのか?」
「ああ。その場にいた魔物すべてから一個づつ入手できた。一緒にいたベルナール隊長も、同じ魔石を魔物から得る事ができた。彼は、その魔石を入手してから、遮音防御の魔法を極める事にした。特務部隊にふさわしい魔法だからな」
「へえ、ベルナール隊長も・・・」
あの柔和な隊長も、魔物と戦った事があるなんて以外だ。
「もしもこれが魔石一個だけ、とかなら自分たちのものにはならなかったかもしれない」
「なんで?」
「国に献上しなければならないからだ」
「じゃあなんで自分の装備につけれたの?」
「全部で六個入手し、三つを国に献上したら、あとは特務部隊で使ってよいと言われたからだ」
「当時の隊長は理解ある人だったため、魔物を倒した本人の装備などにつけろ、と言ってくれた。だから俺たちは個人の装備につける事ができたんだ」
「へえ・・・」
「だから、この鎧は動いても音が鳴らないんだ」
「あ!なるほどー!」
(そういう事だったのか。やっと謎が解けた!)
ふと、自分の装備を思い出した。
(そういえば、僕の父さんからもらった剣も、修理に出さないといけないんだった)
レオンハルトは今、代替の剣を付帯していた。
そしてレオンハルトの魔石の話に戻った。
「ってことは、レイティアーズがさっき言っていた魔物が関係してるってのは・・・」
レイティアーズがうなづく。
「そう。王子の魔石も、オーウェンが魔物から入手したように、魔物から得たものだという解釈ができる」
「特殊で希少であればあるほど、一般的な鉱山ではなく、魔物からと考えた方がいいだろう」
オーウェンも同意した。
「そ、そうか・・・」
納得したと同時に、恐ろしさを感じた。
これが、魔物の体内にあったという事・・・?
そう思った瞬間、ゾワリとした感覚が体を駆け巡る。
いきなり、この魔石がどこか遠い存在に思えてきた。
いつも肌身離さず、まるで自分の体の一部のような存在だったというのに。
とすると、今度は、何故父さんはこのような恐ろしい魔石を自分に身に着けさせたのか?
この魔石は誰が、いつ入手したのか?
という疑問が浮かび上がってくる。
「魔物の魔石って、ゲットしたら必ず国に献上するものなの?」
「ああ」
「じゃあ、僕のこの魔石も誰かが魔物を倒して国に献上したものなの?」
レイティアーズは難しい顔をする。
「まずそれが魔物から得たものなのか、推測の域にすぎんのだ。ただ、国王から貰ったものなのであれば、その可能性は高いな」
「そ、そうかー」
難しい顔をするレオンハルトに、レイティアーズが言う。
「王子。あまり深刻になるな。オーウェンのように、その魔石を有効利用している者もいる。だから、あまり気にするな」
「う、うん・・・」
「私も、他に何かわかることがあったら、教えるから」
「うん、ありがと」
そしてレイティアーズがオーウェンを見る。
その顔はいつも以上に真剣だ。
「王子の魔石の事は、くれぐれも他言しないように、頼む」
「ああ。了解だ」
****
就任式はそろそろはじまるだろうか。
戦力の確認に潜入している隊員たちはまだ戻ってこない。
レオンハルトはソワソワしだした。
実は、眠れない理由がもう一つあったのだ。
ちらり、とレイティアーズを見る。
(ね、寝てるよね)
寝ているか何度も確認した。
今はレイティアーズがオーウェンと変わり仮眠を取っていた。
こそこそと、起きているオーウェンの近くに行った。
「どうした、王子」
「あ、あの・・・」
なかなか言い出せない。
でも、なかなかその衝動を抑えられないのだ。
レオンハルトはオーウェンに耳打ちした。
すると。
「就任式を見たいだと!?」
オーウェンが驚き大声を上げた。
「ちょっ、大きな声出さないでよ!」
オーウェンは頭を抱えた。
「い、いや、王子。これが出さないでいられるか・・・」
そう。
レオンハルトの衝動とは、国王就任式をこの目で見たいというものだったのだ。
「就任式を見る事は予定には入っていません」
オーウェンは有無を言わせぬ口調でレオンハルトの希望を却下した。
「わ、わかってるよ。でも・・・見たいんだ」
「駄目だ。任務遂行に支障をきたしかねない」
「えー、お願いー」
「あのですね・・・」
「おい、何事だ」
レイティアーズが起きだした。
(わっ、ヤバい!)
怒られる!
今までの教訓から、思わず首をすくめる。
オーウェンが仕方なくレイティアーズに事の成り行きを話した。
そして話が終わると、レイティアーズが物凄い威圧感でジロリ、と睨む。
(ひっ!)
恐ろしすぎる!
「任務失敗にでもなりかねない。予定外のことを入れるな」
レイティアーズにそう言われたが、レオンハルトは引き下がらない。
「でも、どうせ新国王に会うんだから、別に就任式を見るのも大丈夫だろ?こっそり見るし!」
レイティアーズは、はーっ、と盛大なため息を吐く。
「こっそりとか、そういう問題ではない!」
「わっ!」
思わず目をつぶる。
(また怒鳴られた!)
「――――まったく、子供の使いじゃないんだぞ!?」
レイティアーズはそう言って右手で顔を覆う。
「いいか、もしも何かの都合で任務が急に変更になったりでもして、もしもこの場にお前がいなかったら、とんでもないことになる。それに、就任式には我が国の国王さえも呼ばれていない。呼ばれていない者がその場にいたら、どうなるか、もし見つかり、ヴァンダルベルク側の機嫌を損ねでもしたら、任務失敗になりかねないのだぞ」
「――――――――っ」
レイティアーズの言っている事はもっともだ。
頭ではわかっているのだけれど。
「・・・でも、僕にとっては、就任式を見ておかないと、同盟交渉に差支える」
憮然としてレイティアーズの顔を見る。
レイティアーズは唖然とする。
「何をへ理屈を言って・・・」
「僕にとっては、大事なんだ」
そう。
大事な友の、一生に一度の大きな舞台なのに。
しかしレイティアーズは、はっきりと、冷酷に告げた。
「友人である前に、彼は同盟の交渉相手なんだ。そしてお前は、王子としてその任を全うしなければならない立場にある」
「――――――っ」
レオンハルトは何も言い返せない。
八方塞がりで自暴自棄になりそうだ。
(レイティアーズなら、わかってくれると思ってた)
「も~、じゃあいいよ!僕一人で言ってくる!!どーせすぐ戻るし!」
「あ!こら!」
レイティアーズの制止も聞かず、レオンハルトは宿屋から出て行ってしまった。
****
「はあっはあっ」
どうか、間に合って。
シュヴァルツの就任式。
レオンハルトは無我夢中で走った。
遠くからでもいい。
姿が、確認できれば。