第40話 ヴァンダルベルク王国(1)
レオンハルトのいなくなった王宮。
ロベールは一度仮眠を取ろうとして自室に戻った。
ふと、己のある感情に気づく。
(あれ?おかしいな)
(ぽっかり穴が開いたような感覚だ)
この感情の正体は―――――。
「ふっ」
そして一人苦笑した。
いつもはうるさいくらい一緒にいる。
それが今は遠く離れ、手の届く場所にいない。
自分の半身のような存在―――――?
その遠い地があるであろう方向を見る。
「しっかりやれよ、レオンハルト」
目を細め、そうつぶやいた。
****
ヴァンダルベルク王国に着く頃には、すっかり夜が明けていた。
ここはヴァンダルベルク王国の王都ヴァルディン。
辺りを見渡すと、あちこちに巨大な建造物。
「あいかわらず凄いね」
それはレガリア国ではあまり見られない風景だった。
製鉄所や鉱石精錬所。
大小さまざまな工場が立ち並んでいた。
なかでも、国内最大の施設が、王宮近くのヴァルディン魔鉱石精錬所。
太さが違ういくつもパイプが張り巡らされたその工場は、はじめて見るものにとっては圧倒されるだろう。
「さすがはこのあたりの国の中では鉱石生産量ナンバーワンだな」
そう言ってヴィクトールがヒュウと口笛を吹いた。
レイティアーズも工場群を見渡す。
「人の出入りも悪くない。国王が代わっても、工業には支障無いのかもしれんな」
ちょうど仕事がはじまる時間なのか、たくさんの人が工場に出たり入ったりしている。
そして、レオンハルト達はそのままある場所へ馬を走らせた。
「国王側から合図が出るまでここで待機する」
ここは、王宮に近い宿屋。
その宿屋の敷地内の木に、馬をくくりつけておく。
途中、一度だけ休憩はあったものの、さすがにしんどい。
「いや、一番しんどいのは君だよね」
レオンハルトはそう言って馬に水をやる。
レイティアーズが近づいてくる。
「長い距離を走るのは初めてだったんだろう。大丈夫だったか」
レオンハルトはなんとか笑顔を返した。
「う、うん」
この宿屋は、昔からレガリア国騎士団などが、何かあれば使っていたらしい。
最近の情勢もあり次第に使わなくなったらしいが、今回同盟交渉という事で、ヴァンダルベルク側からの了承も得て、あくまでも他の客には素性を知られないよう、内密に宿泊させてもらっていた。
宿屋の一室。
ベッドは六つ備え付けられていた。
宿屋の中では一番大きな部屋だ。
特務部隊のオーウェン以外の二人と、警備兵一人、騎士団のヴィクトールは、そのまま戦力の確認に出向いた。
その他の隊員は、仮眠を取る事にした。
「はあ~やっと休めるう~」
レオンハルトは思わずベッドのひとつに寝転がってしまった。
それを上からジッと見つめるオーウェン。
「・・・あなたは王子であるはずだが」
「・・・王子ですけど・・・?」
それがなにか?
「それはあまり王子らしい振る舞いではない」
そう言って厳しい顔をする。
(い、言われちゃった)
「ご、ごめん!そうだよねっ」
ムクッと起き上がる。
(うーん、やっぱり僕は王族らしくないらしい・・・)
兄弟以外にそう言われると、かなりショックだ・・・。
(でも、オーウェンも敬語使ってない。僕とそんなに変わらないじゃんっ)
と、思ったが言えない。
横でレイティアーズが小さく笑った。
(ガーン!笑われた!)
「まあ、仕方ない。王子はいつも馬車で移動していたみたいだからな」
レイティアーズがニヤリと笑う。
(な、なんか皮肉っぽい・・・)
「王子、先に仮眠を取れ」
レイティアーズが持ち物を床に置く。
「レイティアーズは?」
「私は時間があれば、あとで取るから大丈夫だ」
「そ、そう?じゃあお言葉に甘えて・・・」
「俺は、起きてます」
オーウェンたちが口ぐちに言ったが、有無を言わせぬ口調で否定した。
「いや、みんな休んでいろ。一人で十分だ」
「・・・・・・」
(ね、寝れない・・・!)
レオンハルトは目をつぶりながらも、そう心の中で叫ぶ。
疲れているはずなのに、いや、盛大に疲れているのに・・・!
気持ちが昂って寝れない・・・!
(な、泣きたくなる・・・)
(しょうがない。もう、起きてしまおう)
目をうっすらと開けると、レイティアーズは出窓のカウンターに腰かけ、外を眺めながら自身の剣を手入れしていた。
(『威風堂々』・・・彼の剣の名前)
彼の立ち振る舞いは、まさにその剣の名にふさわしかった。
こんな時でも一人、疲れているだろうに、寝ないでいてくれる。
責任感が強いんだろうな。
僕も、そんな人になれたらいいのに。
「―――――なんだ」
「!」
いつの間にか、そのレイティアーズと目があっていた。
「もう起きたのか」
「う、うん・・・寝れなくて・・・」
レオンハルトは起き上がる。
他の隊員たちは寝ているようだったので、こそこそと静かにレイティアーズの隣まで移動した。
するとレイティアーズは苦笑した。
「任務の事が気になって眠れないか?」
「はは、バレてる・・・?」
レイティアーズはふとこの部屋を眺める。
「・・・この部屋は、なつかしい」
めずらしく、少しほほが緩んでいる。
「泊った事があるんだね」
レオンハルトはレイティアーズが座っている窓の向かいの空いているベッドに腰掛け、ひそひそと小声で話す。
「ああ、何度かな。私がまだ騎士団に入ったばかりの頃から、数度。たしか、ヴァンダルベルク王国までの乗馬の訓練やら、ヴァンダルベルク側の騎士団と練習試合やらで」
「へえ!?練習試合?そんなこともやってたの?」
「ああ。同盟が破棄されるまではな」
「・・・・・・」
(同盟破棄の弊害は、こんなところにもあったんだ)
「そういえば、王子。そのペンダントの事だが」
「え!?」
ドキっとする。
そういえば、レイティアーズにはバレてたんだ。
「少しよく見せてくれないか」
「へ?」
「そのペンダントの魔石を見て、ちょっと、気になるところがあってな」
「え!?この魔石の事知ってるの?!」
思わず声を大きくしてしまい、両手で口を塞ぐ。
「知っているというか、それに似たものを知っている・・・」
「教えて!!」
どうしても声が大きくなってしまう。
(でも、やっと知っている人が現れたかも)
「護身用という他は、何もわからないんだ。というか、秘密にしてるから、あまり調べようが無いんだけどさ・・・」
「いや、私も確実な回答が出せるかはわからないが・・・」
「それでもいいよ。わかる事があれば、なんでも教えてほしい」
レオンハルトのいつになく真剣な表情。
レイティアーズはひとつため息をつき、口をひらく。
「魔物が関係しているのかもしれないなと思ってな」
「ま、魔物!?」
(な、なんか物騒な話になってきたよ?)
レオンハルトは思わず身震いした。
だが、見せなければ何にもならないので、レイティアーズに魔石のペンダントを渡した。
「これは凄いな・・・」
レイティアーズは目を見張る。
魔石の中心では、流星のように流れる物質。
「こういった石を直に見るのははじめてだ」
驚くレイティアーズに、レオンハルトは少し得意げな気持ちになった。
「ふふ、綺麗でしょ?」
「やはり似ている・・・」
魔石を色々な角度から見ながら言った。
ひととおり見終り、魔石を返した。
(魔物が関係する魔石って、一体どんなものなんだろう・・・)
ドキドキしながら、レイティアーズの次の言葉を待った。
しかし。
突然オーウェンがガバッと起きて言った。
「俺は、魔物と戦った事があります」
「!!?」
こちらをジッと見ている。
あきらかにレオンハルト達に言っている。
(ね、寝言じゃないんだね・・・)
「っていうか、起きてたの!?」
レオンハルトが大声を出す。
すると、他の隊員がもぞもぞと動いた。
(あ、やばい)
思わず手で口を覆う。
レイティアーズも少なからず驚いているようだった。
「聞いていたのか」
オーウェンがベッドから降り、レオンハルト達の方へ歩いてくる。
「申し訳ない。聞くつもりは無かったのだが・・・」
「い、いや、いいんだけどね・・・」
(いや良くないか!!)
魔石のペンダントは極秘事項なんだから!!
「それより、魔物と戦ったって・・・」
「そう。その際に、このキズができた」
そう言って左頬をさする。
レイティアーズは座って、とオーウェンにレオンハルトの隣に座るよう指示した。
オーウェンは黙って座る。
「あ、ああ、そうか・・・」
(なるほど、その顔のキズは、魔物との戦いで・・・)
「って、ええ!?ほんとに魔物と戦ったの!?」
レオンハルトにとっては魔物と戦うなど、おとぎ話のような遠い存在だった。
(だって、町に魔物は現れないと信じていたから)
オーウェンはうなづく。
「まあ、あまり信じるやつはいないな・・・」
めずらしくシュンとするオーウェン。
「あ、ごめん。し、信じるよ!うん、信じる!」
「・・・『マギアス・ファウンテン』か?」
レイティアーズが腕組みをして静かに言う。
たしか、オーウェンが二十八歳だから、レイティアーズより二歳年上か。
同年代ということは、何かしらレイティアーズも知っているのかもしれない。
「ああ」
「噂では聞いていた。あんたがその任務に携わっていたんだな」
「?」
レオンハルトにはよくわからない。
(任務?マギアスファウンテンの探索は、今は行われていないはずだ)
「俺は昔、十年前くらいか。マギアスファウンテンの探索の任務を行っていた。特務部隊に所属して間もない頃だな」
ポツポツと語り始めた。
「うん・・・」
レオンハルト達も静かにそれを聞いた。
「今回のように、騎士団のメンバー、警備兵と一緒に行動していた」
「・・・・・・」
レオンハルトは、さっきまで馬で一緒に走ってきた光景を思い出した。
当時もあんな感じだったのだろうか。
「ああ、騎士団も参加していた時があったな」
レイティアーズは難しい顔をして目をつぶっている。
遠い記憶をなんとか手繰り寄せているのだろうか。
「そして、マギアスファウンテンがあるとされる北部の深くまで入っていったところ、突然魔物の群れが襲ってきたんだ」
「え!」
オーウェンはそのまま話し続けた。
「当時ベルナール隊長も一緒にいたのだが、まあ、当時はまだ彼も一隊員だったのだが。そのベルナール隊長と俺と、警備兵は一緒にいたんだが、騎士団員たちとはぐれてしまって」
「そんな・・・」
「しかも、霧も出ていてあまり先が見えず、騎士団員たちとはぐれたまま、俺たちは魔物と戦った」
「だ、大丈夫だったの!?」
オーウェンは頷いた。
「ああ。幸運にもその魔物は弱かったから、なんとか倒して、一度王宮へ引き返す事にした」
「そ、そっかあ」
それは良かった。
(ん?良かったのか?)
レイティアーズを見ると、何か思い出したようで、眉間にしわを寄せている。
「しかし王宮に戻っても、はぐれた騎士団の団員たちは、それきり戻って来る事は無かった」
「え・・・。ゆ、行方不明って事・・・?」
オーウェンがうなづいた。
「そ、そんな・・・」
(そんな事があったなんて)
レオンハルトは愕然とする。
知らなかった。
僕は、国の王子なのに。
どうして知らないんだ。
もっと、国の歴史も知っておかなければ。
「たしか、その行方不明になった騎士団員の子供が、今騎士団にいるはずだ。両親の後を継いで、とても健気な子だと言われている」
「両親?」
レイティアーズがうなづく。
「ああ。確かにいるな。父も母もその任務に就いていたのだろう?」
オーウェンは天井を見る。
「彼らはその任務でも責任を持って行っていた。とても気高い意思を持った素晴らしい騎士団員だった・・・」
しかしレイティアーズは眉根を寄せた。
「ただ、彼女はまだ十三歳だ。両親の遺志を継ぐといっても・・・」
(彼女?十三歳?)
「騎士団って年齢制限って・・・」
「ない」
憮然とした表情でレイティアーズが言った。
「しかし、誰もが入団を止めたようだ」
「私も止めたさ」
「レイティアーズも?」
「私が団長になってからの話だ。だから私が責任持って辞めさせるつもりだったが・・・」
「できなかったの?」
レイティアーズがうなづく。
「入団したのが昨年の十二歳。一年経ち十三歳だが、それでもまだ早すぎるだろう」
レイティアーズは苛立ちながらそう言った。
オーウェンはため息を吐く。
「それほど彼女の意思は固かったという事だ」
それでその話は終わった。
オーウェンが隣を見ると、レオンハルトがどんよりとした顔で下を向いていた。
それ気づき、申し訳なさそうな顔をするオーウェン。
「すまない、話が変な方にいってしまったな」
「い、いや!ありがとう。つらい話なのに、話してくれて」
レオンハルトは無理やり顔を上げる。
すると、めずらしくオーウェンが小さく笑った。
「王子は、なんだか話しやすくて、つい」
「え」
(話しやすい?)
レイティアーズはそんな二人のやり取りを見て微笑んだ。