第4話 金色の魔法陣
シュヴァルツとレオンハルトはまた談笑をはじめて中々先へ進まない。
ロベールは少し苛立つ。
(まあ、久しぶりなので仕方あるまい)
先ほど二人が再会した時、レオンハルトは満面の笑みを浮かべ、シュヴァルツも「レオン」と親しみを込めて幼少時からの呼び名で呼んだ。
二人の関係は変わらず良好なのだろう。
ロベールは鞄を置き腕組みをする。
しばらく後ろで傍観する事にした。
―――――――国の王子が二人。
はたからみれば、何事かと思うかもしれない。
二国が秘密裡に同盟を結ぶのでは――――――?
もしかしたら、そういった要らぬ疑いの目を向けられるかも。
今この場に誰もいなくてほんとに良かった、と心底ロベールは思った。
横にいて同じく彼らを見ていたアラムをちらり、と見た。
彼は相変わらず涼しい顔で眉一つ動かさず静観していた。
(一年経っても、変わらないな)
自分も冷たい厳しい、と散々レオンハルトに言われているが、彼の方がよっぽど冷たい。
幼少の頃から、どこか捉えどころのない人物だ。
まあ、彼よりももっと冷徹な人物を知ってるけどね、と心の中で苦笑した。
現在、レガリア国とヴァンダルベルク王国の二国に、同盟関係は締結されていない。
数年前に解消された。
理由は様々あるが大きな一因は、戦力の増強。
近年、大陸の各地で争いが起こり、各国は戦力を増強しなければならない状況になってきた。
シュヴァルツのヴァンダルベルク王国は、代々平和主義で、鉱山が豊富にあり、経済面では問題無いこともあり、戦力をあまり持たない国だった。
元々レガリア国とヴァンダルベルク王国は三国間同盟を結んでいた。
そのもう一つの国がドレアーク王国というのだが、その国がレガリア国とヴァンダルベルク王国の戦力の増強を提案し、レガリアはこの条件をしぶしぶ飲むことに。
しかしヴァンダルベルク王国はこの件を却下。
幾度となく会議が持たれたが、色よい回答が無かった。
それに不満を持ったドレアーク王国が一方的に同盟を破棄。
レガリア国もなかば強引に自国と共に破棄させられたのだった。
ヴァンダルベルク王国はその後他の比較的平和主義の二国と同盟を交わし直した。
レガリア国はドレアーク王国との同盟関係はそのままに、そのほかひとつの国と同盟を結び、今日に至る。
・・・しかし、王子二人の間の関係は変わらず良好なようなので、この同盟破棄による二人の心の葛藤が幾ばくなるものなのか、それは本人しか知るすべはない。
「あの祭壇の前で祈ればいいのかな?」
前を見ながらレオンハルトが首をかしげる。
「そうそう。早くしろよ」
「あ、ロベール、せかすなよ!」
「ああもう、俺が先に行くぞ」
シュヴァルツが苛立つ。
「あ!待って!僕が!」
レオンハルトが焦ってそう叫び、祭壇の前へ足を一歩踏み入れた。
―――――――その時。
「う、わ・・・!」
「な・・・!」
突然、レオンハルトの周辺が金色に光り出した。
否、光り出したというより、金色に輝く何かがが地面に浮かび上がっていた!
レオンハルトを中心に、それは大きな円のように描かれている。
「魔法陣だ!」
アラムが叫んだ。
「なに!?」
シュヴァルツとロベールが同時に自身の護身用のナイフに手をかける。
国の上に立つ者として、常に身の危険を案じなければならない。
それが、戦いでも使用される魔法陣ともなると、最悪な事さえ瞬時に頭をよぎる。
しかし、それが今この場で、平和なはずの祈りの場で起ころうとは、誰一人想像していなかった。
(魔法陣?)
その大きな円の中には、細かい図柄や何かの文字だろうか、レオンハルトには読めないがそれらが金色に発光し、上へ向かって光を放っていた。
確かに、魔法陣のようだ。
魔法陣とは、地面に円を描き、その中に、魔法を詠唱するのと同じ効力を示した様々な図形や文字等を描き、その陣内に少しでも足を踏み入れるとその魔法が発動する仕組みだ。
そのように自動的に発動する魔法陣もあれば、誰かが魔法陣の上に乗っても、描いた術者が魔法を唱えなければ発動しないものもある。
レオンハルトも、魔法学校の実習で実際見たことはあった。
それとはくらべものにならないくらいの大きさと威力を感じるが。
(魔法陣の上に乗るのなんて、はじめてだよ)
そう暢気に考えた。
では、誰かが魔法陣を描いたというのか?
(僕ら四人の他に今は誰もいない)
まさか、さっき一緒に入場してきた人物の中に?
ロベールも疑問に思っているようで、祭壇より向こう側を見た。
「しかし僕たちの前のやつらがこの祭壇に来た時も、何も発動されていない!」
「じゃあその人たちがこの魔法陣を・・・?」
しかしもうすでに僕たちの前には誰もいなかった。
「それにここは魔法が使えない場所のはずだぞ!」
(そう。そうだ、ここは魔法禁止の場所なのに、そんな事、できるの・・・?)
次々と疑問が湧いてくる。
そんな中、
魔法陣が描かれている頭上から、何かが落ちてきた。
レオンハルトはそれに見入ってしまって動けない。
「レオン!そこから離れろ!」
遠くでシュヴァルツの声が聞こえた。
しかし、レオンハルトの耳にはもう届かない。
(これは・・・)
ハラ、ハラ、ハラ、
魔法陣の陣内で、何かが頭上から舞い落ちてきた。
金色に光る薔薇だった。
いくつもの薔薇の花びらが。
ゆっくりと、はらはらと、降り注ぐ。
そしてなんだか温かい温度をかんじた。
(金色の・・・薔薇?)
僕はこれを知っている。
・・・知っている?
しまった、とロベールは思った。
もしも本当に悪意のある魔法陣であればもう終わりだ。
そう思い、動こうとしないレオンハルトをその場から離そうと手を伸ばしたその時。
「ああああああっ!」
突然レオンハルトが叫んだ。
苦痛に眉を寄せ、身をよじらせる。
魔法陣の光が、まるで強い風のように巻き上がった。
レオンハルトのローブが激しく波打つ。
「おいっ、どうした!?」
(くそっ誰かの罠か!?)
案じていた事が現実になってしまった。
ロベールがレオンハルトを助け出そうとする。
「レオン!」
しかしそれよりも先にシュヴァルツが魔法陣内へ入り、レオンハルトの腕をつかもうとしていた。
「おやめなさい!シュヴァルツ様!今あの方は正常じゃない!」
アラムの制止を聞かず、シュヴァルツはレオンハルトの腕をつかむ。
すると。
「ぐあああああっ!」
シュヴァルツが叫ぶ。
「くっ、ああああっ!」
シュヴァルツは叫び続けた。
かなりのダメージを受けているようだが、外から何かがぶつかってきたり切られたり、などという現象は見られない。
「シュ・・・ヴァルツ・・・?」
レオンハルトは痛みが止まり、肩で荒く息をした。
そう。レオンハルトは痛みが消えていた。
激痛で意識が朦朧としていたので、誰がレオンハルトの腕をつかんだのかもわからない。
そして何故自分の横でシュヴァルツが苦痛の表情をしているのかも。
「どういうことなんだ・・・」
ロベールがまったくわからない、という顔をする。
一体、何が起きているんだ。
皆がそう思い混乱した。
「シュヴァルツ!シュヴァルツ!」
レオンハルトが涙目で叫ぶ。
苦しみからか、シュヴァルツは答えない。
ただ激痛に耐えていた。
こんな事など一度も経験した事がない。
シュヴァルツは王国の戦いの訓練で鍛えた強靭な体がある、魔法も使える。
それなのに、こんなにもただ一方的に・・・。
(ど、どうしてこんなことに・・・)
強い風に押されながらも、レオンハルトはなんとかシュヴァルツに近づこうとした。
それをアラムに制止された。
「アラム・・・」
「誰も触れてはなりません!」
アラムの有無を言わせぬ叫び声。
「私が」
アラムが自らがそう言ってシュヴァルツに触れようとした。
その時。
「や・・・めろ」
苦痛の中、なんとか声を絞ってシュヴァルツが一言だけ発した。
「シュヴァルツ様・・・」
制止されたアラムは動揺した。
二人は目を合わせる。
その時間、数秒。
そしてすぐにアラムは、何か覚悟したような瞳でシュヴァルツから離れた。
「きっと触れれば、また同じように触れた者が苦痛を受ける事になる魔法陣なのでしょう」
唇をかみしめながら、目の前をじっと見据える。
ロベールがアラムに訊く。
「レオンハルトからシュヴァルツ王子に痛みが移ったというのか?」
「わかりません。こんな魔法陣、私は知らない」
アラムがかぶりを振る。
彼は上級魔術師だ。
そして博識である。
その彼も知らない魔法陣があるとは。
(通常の魔法攻撃のように、炎や氷が現れるわけでもない)
アラムは焦り、大量に汗をかいている。
そして魔法陣を見る。
「しかし、これはかなりの量の魔力が放出されている―――――――」
この光が魔力なのだろうか?
その巻き上がる風と強大な威力を持った魔力により、三人は容易に動く事は出来ない。
魔法陣の外側にいても、その威力を誰もが肌で感じられるほどだ。
そして、苦しんでいるシュヴァルツの体の中に、魔法陣の金色の光が大量に入っていくように見えた。
「光が取り込まれている・・・?」
アラムがポツリと言う。
「この魔法陣は一体―――――――――」
「誰か、助けてよ!」
藁にもすがる思いのレオンハルトの悲痛な叫び声も、成す術が無く、空に消える。
シュヴァルツは立っている事ができなくなって、倒れ込む。
「あ!」
抱き留めることもできない。
(一体、彼の身に何が起こっているんだ)
「ねえ、少しでも魔法は使えないの!?」
ロベールに訊く。
「魔法が『発動しない』んだから仕方ないだろ!?」
「え・・・」
魔法を禁止している、というのはそういう事か――――――。
「私も先ほど試してみました」
「え?」
アラムがかぶりを振る。
「でも、駄目でした」
レオンハルトはようやく理解した。
なんらかの理由でこの場所では魔法が『発動できない』仕組みになっているのか。
(そんな・・・)
では何故、この魔法陣だけが発動されたのか。
そんな疑問は今、誰もが考えている余裕が無かった。
何の策も無く、わずかな時間が過ぎた。
「あ・・・・」
やがて魔法陣が消えた。
何事も無かったかのように、あたりは静まり返った。
威圧していたあの魔力も、どこにも感じられない。
シュヴァルツはまだ苦痛に顔をゆがめていた。
魔法陣が消えたので、一か八か、アラムが彼の体に触れてみる。
先ほどの、レオンハルトからシュヴァルツへ苦痛が移ったような事はもう起こらなかった。
アラムがその苦痛で弱った体を抱き留めた。
しかしシュヴァルツは苦痛に顔をゆがめるばかりで、なんの反応もしなかった。
「え・・・」
そして突然、シュヴァルツの体が光を放ち、消えた。
抱きしめていたアラム共々。
「え!?」
まさか、
それは。
「瞬間移動か!?」
ロベールが叫んだ。
周辺を探したが見つからなかった。
瞬間移動。
それは、無属性の『時空魔法』の中でも最高難度と云われる魔法。
そして、現在誰も使用する者がいない、幻の魔法であった。