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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第二章 ヴァンダルベルク王国と最強の王
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第39話 ヴァンダルベルク王国への道

暗い夜道を、ただひたすらに馬は走り続けた。



途中悪路があり、レオンハルトはバランスを崩しそうになる。

すると、あの鉄兜の男が手を伸ばし支えてくれた。

彼は、レオンハルトの横で並走していた。


「あ、ありがとう」


「お気を付けください」

そう短く言った。

彼も、今回の任務に参加する特務部隊の一人だった。



レオンハルトは、周囲を木ばかりで囲まれた道の先を見る。

(こんなに長い時間馬で走った事がないからなー)

(早く休憩しないかなー)

まだヴァンダルベルク王国までの道のりの半分まで来たところなのに、疲れている。

(これじゃヤバい。もっと体力つけないと)



一番先頭に騎士団の二人が走っていた。

その後ろに、レオンハルトと鉄兜の男。

そしてその後ろに特務部隊員、最後尾に警備兵だ。



そのレオンハルトの後ろを走る特務部隊の二名が、ボソボソと話しをしていた。


「なんで俺らがこっち側なんだよ。国王側につきたかったよな」

「しょうがない、あきらめろ。あとは任務を全うするまでだ」

「ああ~、ったく。なんであの魔法の使えない王子のお守りとか、ありえないだろ」

「しっ、聞こえるだろう」



(・・・しっかり聞こえてますけど)

レオンハルトの馬と後続の馬との間にある程度距離は取られているのだが、しっかりと聞こえている。

・・・わざと?


も~、こっちが嫌だよ~。

なんでここまで来てそういう悪態を聞かなきゃいけないんだ。



たしかに国王に就いた方が、プライドの高い人物にとっては箔がつくだろう。

現に、実力のあるであろうナンバー2の副隊長ガレスは、今回の任務で国王側に就いている。


でも、仕事はどっちだって同じだ。


唇をギュッと結ぶ。

(・・・僕だって、)


(僕だって、騎士団で仕事がしたかったんだ)


レオンハルトは知らずうつむく。





「危ないっ」



並走する鉄兜の男が小さく叫ぶ。



(え)



その男が、レオンハルトの手綱をぐいっと引っ張った。




「あ・・・」



気づけば、走る列から逸れ、脇の茂みの方へ向かっていこうとしていた。



(ああ、なんてことだ・・・)

レオンハルトは青ざめた。


「お気を付けくださいと、言ったばかりだ!」

鉄兜の男に怒鳴られた。


前を走る騎士団の二人も、何事かと止まる。




「ご、ごめんなさい。つい、ボーっとしてしまって・・・」

レオンハルトの声は震える。



「大丈夫か?」

レイティアーズたちが心配そうに見ている。



(や、やばい。みんなの足を止めてしまった)



「ご、ごめんなさい。行こう」



そしてまた隊列はヴァンダルベルクへと走り出した。





案の定、後ろではまたグチグチと悪態をつきはじめた。

ある程度の速さで走っているが、さすがに騎乗になれているのか、特務部隊員は声もブレずに話している。

レオンハルトも負けじと、手綱を握りながら聞き耳を立てる。


「列からはみだすとか信じらんねーな」

「さすがに今のはどうかしたのかと思うな」

「乗馬訓練とか、お遊びでしかやったことねーんじゃねえの?」

「任務に支障をきたしたら一大事だ」


今回はわざと聞こえるように言っていた。

(たしかに失態を犯したから、何も言い返せないけどね・・・)



極めつけはこれだ。


「アレクシス王子と大違いだな」


(なっ―――――!)

これはさすがに頭にきた。



思わず馬の動きを止めそうになる。





「フォルスネームを」


「え?」


鉄兜の男が突然ポツリと言った。

さっき一度だけ怒られてから、彼とはそれきり言葉を交わしていなかった。

そういえば、彼だけは悪口に荷担していないな。

(どうでもいいのかな)




「フォスルネーム?」

それが何か?


「特務部隊では任務の際、フォルスネームで呼び合う。聞いてませんか?」


「ああ、そっか」

隊長のメイベリーが言っていたな。


「今回は使用しないかもしれないが、今後あんたが任務に就くのであれば、必要になる」


「うん。わかった」

あれ?

ってことは、

「オーウェンさんもフォルスネームなの?」


そう、この鉄兜の男性の名前は、オーウェン=フラムベルガーと云う。

この任務にあたり、参加する人物の顔と名前をなんとか一致させてきた。

その中に鎧の装備をしている人物はいなかった。

ということは、こういう任務の時だけ鎧をつけるということなのだが。


しかし、今回任務に参加している中で、これほどの装備をしている者はいなかった。

むしろ軽装に近い。

(当然といえば当然。だって同盟交渉に行くんだから。話し合いの場にこんないかにもこれから戦います、な装備はしないだろう、普通)

(謎すぎる。あとで装備のこと、聞かなくちゃ)


その鎧は、プレートメイルと呼ばれる鎧で、戦闘に従事し、近接攻撃を主とする者の大半がこれを使用している。騎士団の上層部ともなれば、この鎧を自分なりに改良して装備しているらしいが。

しかし、このオーウェンの鎧は改良せずそのまま、というかんじだ。

(でも、動いても音がガシャガシャと音が鳴らないのは何故だろう・・・)


出発する時は鉄兜だったので顔がわからなかったが、騎乗したらすぐに兜のバイザーを上げて、顔を見せてくれた。


(ああ、あの顔だ)

今回の任務の参加者を確認した中にあった顔だ。


特務部隊の会議室で少しだけ会ったのだが、精悍な顔立ちをしていた。

レガリア国にはめずらしい黒髪を、肩まで無造作に伸ばしていた。


黒く太い眉に、唇はキリリと結ばれている。

そしてなにより目が澄んでいて惹きこまれた。

しかし、それよりも目を引いたのが、その顔左半分を覆う傷跡だ。

(どうしたらあんなキズが付くんだろう・・・。あまりにも広範囲だから、なんだか聞きずらいな~)



「ええ、フォルスネームです」

オーウェンが答えた。

「そうかー、じゃあ本名は隠しているんだね?」

「隠しているというか、まあ、そうなりますね・・・」



それを聞いて、レオンハルトは頭を巡らす。

「僕の、フォルスネームは・・・」




そしてぼんやりと先頭で走る二人の、そのまた先を見た。


今は見えない、望郷の地、ヴァンダルベルク。



そして()()()()()()()()()()()()()()()()()へ、思いを馳せた。






ヴァンダルベルク王国の王宮の庭。

日差しが降り注ぎ、草木がキラキラと輝いていた。

その庭の白く丸いテーブルに、紙をひろげて二人。



「『ルカ』」




「?」


「僕、『ルカ』がいいな。フォルスネーム」


少し驚くシュヴァルツ。

「へえ。いい名前だな。ルカって、伝説上の人物にそんな名前いなかったっけ?」


「そうだっけ?」


「まあいいや。じゃあそれを書こう」



そしてレオンハルトは名前を紙に書いた。



そしてもう一つ、()()()をして、二人だけの誓いの儀式は終わった――――――――。




()()()()()()フォルスネームは無かったのだ。

後にわかったのだが、フォルスネームとは、誰かから与えられるものなのだそうだ。




レガリア国へ帰ってから、父に訊いた。


「父さん、なぜ僕にはフォルスネームが無いの?」


すると父は表情を変えず言った。

「わかった。今決めよう」


小さかったレオンハルトには、父の言を疑問に感じる事も無い。



「僕、『ルカ』がいいんだ」

真剣な表情で言った。



すると、それまで冷静だった父の表情が一変した。

愕然とした表情になる。


そして焦りながら小さく叫ぶ。

「それは駄目だ・・・っ」


「どうして・・・!?」



レオンハルトの疑問を無視し、国王が部屋の中をうろうろと歩きながら考える。


「お前は・・・そうだな、『テオ』だ」

そう言って一人うなづく。



「それがお前のフォルスネームだ」


「そんな・・・」

(僕、シュヴァルツとの契約で『ルカ』にしたのに!)



国王はレオンハルトを諭すように優しく言った。

「『フォルスネームの儀』でまた変えられる。だから安心しろ」


(安心・・・?)


「それとも、私が決めた名前では不満なのか?」

厳しい口調に戻った。



レオンハルトはハッとした。

そうだ。

これは父さんから貰う名前なんだ。

自分の本名以外にもう一つ、父さんからの贈り物なんだ。


「ご、ごめんなさい。僕、その名前でいいよ・・・」

少し青ざめながら、レオンハルトは無理やり言葉を出す。


レオンハルトはそれきり何も言えず、退室した。



廊下に出たら、扉越しに父の声が聞こえてきた。



絞り出すような、苦しいような、その声。

はじめて聞くその父の声。

「何故その名前なんだ・・・っ。何故・・・っ」


(父さん・・・?)



「国王、どうか、心を鎮めてください」


隣で事の成り行きを見ていた執事長の声だろうか、彼の声も苦しそうだった。



レオンハルトは急いでその場を後にした。








なかなか言い出さないレオンハルトに、オーウェンが不安げな表情になった。

「なにか、王族は言ってはいけない、と云うのがあるのであれば言わなくてもいいが」

「あ・・・」

レオンハルトは話しかけられて我に返った。

思わず、子供の頃の記憶に飛んでいた。


「あ、違う違う。そいうのは無いから。僕のフォルスネームはね・・・」



(『ルカ』がいいな!)


(へえ。いい名前だな)



耳に残る、その記憶の断片。


もう、あの頃には戻れない。





レオンハルトは一度、目を閉じる。


そしてゆっくりと目をあけた。



「『テオ』だよ」

「・・・了解です」


それきりで、会話は終わった。








そうだ。彼に訊きたかった事がある。


「オーウェンさん、その鎧、目立ちませんか?」

その目立ちすぎる頭の先からつま先まで全身金属板で覆われた装備。

しかし音はプレートメイルらしからぬかんじで、動いてもあまりガシャガシャと音がしないのが救いか。


「まあ、そうなんだが・・・、いつ戦闘が起きてもいいようにしているだけです」

前を見据えて固い口調で答える。

(うーん・・・。戦闘ね・・・)

(今回戦闘なんて起きるの?)

「そ、そうだけど・・・」


「俺は、任務の際はいつもこの格好です。勿論、目立つのは承知。許可を貰っている」


そ、そうか。

許可をもらっているのであれば、この装備でもいいんだ・・・。

でも、納得がいかない。

特務部隊なのに、これでいいの?


「潜入任務の際は、これをはずします」

「そ、そうですか・・・」

(そ、そりゃそうだよねー)

これだとすぐ見つかっちゃうよねー。






それからは、見慣れた景色を横目に見ながら走った。

そう、いつもは馬車で行く道だった。

ヴァンダルベルク王国への道のり。







やがて、陽が昇ってきた。


(夜が明ける・・・)


まぶしい光が地上を照らし出す。


今からはじまる水面下での任務の事を思うと、僕はまるで、その光を浴びてはいけないような後ろめたい気持ちになってしまった。



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