第37話 特務部隊(3)
レオンハルトとロベールは、部屋を見て回った。
騎士団会議室には、書類やら本やらが入った棚がたくさんあったが、ここにはそもそも物という物があまりない。
最小限の物だけ置いているというかんじだ。
「なんだか殺風景だね」
「まあ、特務部隊は極秘任務なんかもするから、あまりここにはその証拠になるようなものは置かないんだろ」
「ふうん」
「そういった類のものは、『立入禁止書庫』にあるかもな」
「え・・・」
『立入禁止書庫』と聞いて、思わずギクリとする。
「また入ってみるか?」
ニヤリとしながらロベールが言う。
「ロベール!もうっ、変な事言わないでよ!」
それでなくても立入禁止書庫へ行った事は、スリル満点で、もう二度と行きたくないと思ってるんだから!
「あ、ガレス君がこっちに来るよ」
「『君』って・・・。おまえよりひとつ年上だぞ?」
「え!そうなの!?」
ガーン。
幼く見えるけど、僕より年上?
(じゃあ、ガレス・・・さん?)
うーん、なんだかしっくりこないなあ。
(ガレス君でいいっか)
と、ひとり納得していると、もうガレスは目の前に来ていた。
「どうした?」
ロベールが訊く。
「すいません、大事なものを忘れていました」
そう言って、ごそごそと懐から取り出す。
「本当に申し訳ありません」
丁寧に謝りながら、何やらレオンハルトに手渡した。
「なに、これ?」
象牙色の一般的な紙が数十枚重ねて束ねてある。
サイズは一般的な本と同じだ。
一番上は何も書かれていない。
一枚めくってみる。
「!?」
レオンハルトは愕然とする。
「それを読んで同盟に臨んでほしいと言っていました」
「誰が?」
ロベールがガレスをジロリと睨む。
「すっ、すいませんっ。執事長殿です!」
ガレスが委縮する。
「――――――執事長?」
その名前を聞いて、またまたロベールの顔が険しくなった。
ロベールはあまり執事長と友好的な関係を築けていないからだ。
「はい。国王が同盟交渉に参加される伝言を頼まれた時に、一緒に手渡されました。レオンハルト王子にと」
「ふうん・・・」
「では、俺はこれで」
そう言って特務部隊の輪に入って行った。
ロベールがレオンハルトの横から覗き見る。
「・・・同盟の手引書か」
ボソリとつぶやく。
「ろ、ロベールうう」
泣きそうな顔のレオンハルト。
そりゃそうだ。
「僕こんなに覚えられないよお~」
その書類には、膨大な量の同盟交渉に関するマニュアルが載っていた。
「・・・・・・」
ロベールは眉間にしわを寄せる。
(確かに、同盟締結は最重要任務だ。それをほとんど公務を行った事の無い若造にまかせるのだから、当然といったら当然だが。しかし・・・)
それをあと二日で覚えるなど。
しかも、本を読むのが壮絶に遅いレオンハルトだ。
「どれ」
ロベールがレオンハルトから手引書を取り上げる。
「?」
「時間が無いのはわかっている。だから最小限の事だけ覚えておけば大丈夫だ」
「そ、そう?」
「だから、僕が一番大事なところだけ抽出して、お前にもわかるように色を付けておく」
「!!」
レオンハルトは一気に目を輝かせた。
「ロベールううう!!」
レオンハルトは感動で泣きそうになりながら叫んだ。
それを見てロベールは苦笑する。
「僕は任務に行けないからな。その分少しでも役に立つ事にするさ」
そう言って机に座り、手引書を読みはじめた。
「ありがとう、ロベール」
レオンハルトも座り、彼をじっと見て言った。
それをチラリと見て、何やら考えるロベール。
そして声を小さくして言った。
「ここのやつらは、プライドが高い。何か言われたんだろ」
「え・・・」
思わずギクリとする。
ここのやつらって、特務部隊の事だよね?
「・・・うん」
気づいてたんだ、ロベール。
「あんなやつら、今後の任務で見返してやれ」
「!」
ロベールの言葉に少し驚く。
だが同時に、とても心が温かくなった。
「――――――うん」
ありがとう。
(心強い)
彼の言葉で、気持ちが落ち着く自分がいた。
特務部隊はまだ話し合いをしていた。
(僕も、頑張らなきゃ)
レオンハルトは、同盟交渉のイメージを湧かせてみることにした。
(相手は、シュヴァルツなんだから)
大丈夫大丈夫。
彼は親友で良き理解者で。
最後に会ったのは、ゴールドローズだったな。
「あ!」
レオンハルトが小さく声をあげた。
「・・・どうした?」
ロベールが訝しむ。
重要な事を忘れていた。
「シュヴァルツは・・・」
「?」
「ゴールドローズでの出来事、彼は大丈夫だったの?」
あの魔法陣が発動した時、シュヴァルツはとても苦しみ、そして消えてしまった。
「・・・僕も考えていたが、まったく話題になっていない事を考えると、無事だったんだろう」
手引書に目を落としながら、静かにロベールが言った。
「うん、そうだよね。ごめん、作業の邪魔して」
「―――――――いや」
そして少しの沈黙の後。
「そうだ、レオンハルト」
おもむろに顔をあげる。
「なに?」
「僕は今回の任務に同行できない。だから、今言っておく」
その顔はいつになく真剣な面持ちだ。
「?」
「もしも出来ない事があったり、わからない事があったら、僕がいなくても、誰か同行してるやつに頼め」
「わ、わかってるよ!・・・そ、それくらい」
思わぬロベールの発言に、動揺してしまう。
ジッと見つめるロベール。
「それと、あまり感情的になるなよ」
「え?」
「同盟の交渉だよ」
「あ、ああ」
「たとえ友人といえど、あっちは一国の王になるんだ。どう変わるか・・・」
「変わらないよ!!」
レオンハルトは思わず声を張り上げていた。
特務部隊隊員も、何事かとこちらに振り向く。
「静かにな」
「ご、ごめん・・・」
ロベールが大きなため息を吐く。
「――――――そうやって、あまり感情的になってくれるなよ、レオンハルト」
「だって・・・」
レオンハルトは目に涙をためる。
それを見ぬふりをして話を続ける。
「変わるよ。立場が変わるんだ」
「・・・・・・っ」
『変わる』だなんて、考えた事もなかった。
(僕とシュヴァルツの関係も、変わってしまうということ――――――?)
そんなの、恐ろしくて想像したくない。
涙をぬぐって、唇をぎゅっと結ぶ。
「彼は、彼だよ。変わらないよ」
そう、自分に言い聞かせるように言った。
「そうか」
そう短く言い、ロベールはまた作業に入った。
「・・・・・・」
(なんだかモヤモヤする)
早くシュヴァルツに会いたい。
会って、確認したい。
――――――僕たちは、変わらないって。
「できたぞ、ほら」
「あ、ありがとう・・・」
手渡された手引書をペラペラとめくっていく。
(わあ)
これなら確かに色つけされてわかりやすい。
「時間があまりないから、あまり良い出来ではないけどね」
そう付け足した。
「ううん!凄いよ!ありがとう、ロベール!」
「さ、それを見て勉強に励むことだな」
「が、がんばるよ・・・」
(ロベールが色づけした部分だけでも結構ある。こ、これを覚えるのか・・・)
レオンハルトは憂鬱な気分になった。
(で、でも!)
頑張らないと!
シュヴァルツに会って同盟を結ぶんだ!
そうすれば、気兼ねなくシュヴァルツに会いに行ける。
そして、彼と交わした平和のために!
(そう、そのために頑張って同盟交渉するんだ!)