第36話 特務部隊(2)任務説明
「父さんも行くの?」
レオンハルトは驚きを隠せない。
副隊長がうなづく。
「そう伝えてくれと」
「・・・・・・」
(どうして変更になったの?)
(そりゃ、一国の王が行くのが当然だ)
でも、僕がまかされていたんだ。
「・・・信用できませんか?俺の発言は」
ジッとレオンハルトの目を見てくる。
(うっ。すごい真剣なまなざし・・・)
すると、隊長のメイベリーが笑顔で副隊長の肩に手をポンと置く。
「まあ、名前も名乗らない人物には、信頼は無いに等しいですね」
「あ・・・」
副隊長が気づき、バツが悪そうにした。
そしてビシッと姿勢を正した。
「失礼しました、王子。俺は特務部隊所属、ガレス=フォルカードと言います」
「は、はいっ。僕も今日から特務部隊に所属になりました。よろしくお願いしますっ」
(な、なんだか調子が狂う・・・)
そしてお互いお辞儀した。
「い、いや!違うんです!あの、名前を名乗ってないとか、そうじゃなくて、なんで急に変更になったのかな~と考えてて・・・」
「それは私が説明しよう」
「アレクシス兄さん!?」
(ええ!?)
いきなり現れた!
「こ、これはアレクシス王子!」
さっきレオンハルトに陰口を言った隊員たちも一斉に一礼した。
レオンハルトは思わず呆気にとられた。
(・・・ずいぶん態度が違うな)
レオンハルトに対しては、自主的な挨拶すら無かったのに。
なんなの、これ。
一応、レオンハルト達も椅子から立ち上がる。
「同盟を結ぶと云うとても重要な仕事だ。私が説明する他無いだろう」
そう言い、カツカツと靴をならし、こちらへ歩いてくる。
綺麗に揃えられた金髪がふわりとゆれる。
その端整な顔だちは上から目線だ。
それはどの場所にいても変わらない。
レオンハルトの目の前まで来ると、その上から目線をさらに上に持っていく。
「最初父さんの話を聞いた時は驚いたよ。そんな大役をお前にやらせるのかとね」
「・・・・・・」
(たしかにそれに関しては異論ありません)
「しかし、今回の一見で、父さんが直々に同盟交渉に行く事になって安心したよ。ふ、お前の出番も無いかもしれないな」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「・・・・・・」
(・・・相変わらず嫌味)
レオンハルトは言い返すのもめんどくさい。
ロベールも隣ではあ、とため息を付いていた。
(僕が落雷現場で初級魔法を使えた事で、何か変わるかなと、期待したけど、駄目なようだね)
「では説明しよう」
すると、隊員たちがアレクシスの近くへ集合した。
(どんだけ信頼してるんだか)
というか、尊敬?
(たしかに、彼の王族としてのオーラは半端ない)
だったら・・・、
彼が、ここへ配属されればよかったのに。
そうとさえ思わずにいられない。
アレクシスが椅子に座った。
「諸君も座りたまえ」
そう声をかけると、また隊員たちは一斉に着席した。
「今回の任務は、レオンハルトがヴァンダルベルクの新国王となるシュヴァルツ王子に同盟を締結させる交渉を行うことだったな」
レオンハルトがうなづいた。
「しかし今回、状況が少し変わった事により、任務にも多少の変更がある」
あたりは静まりかえり、アレクシスのよく通った綺麗な声だけが室内に響き渡った。
「ヴァンダルベルク王国の幹部が、ドレアークの幹部になったという状況により、我がレガリア国国王が直接同盟の話し合いを進める事になった。一国の主が交渉役の方がより同盟の意思が強いというのを知らしめる事なる。また、国王自らがヴァンダルベルク国内の内情を見たいというのもある」
(そうか、なるほどね。そういう事か)
レオンハルトは納得した。
アレクシスがチラリ、とレオンハルトを見た。
「―――――そして万が一、同盟の交渉が決裂した場合、レオンハルト、お前の出番となる」
「―――――――っ」
ごくり、と喉が鳴った。
(こ、国王に交渉できないものを、僕なんかがなんとか出来るの――――――?)
「お前たちは予定通り進めろ。国王たちが先に王宮へ行き、交渉する。その間お前たちは待機していろ。そして話し合いが終わったら、合図するので退却しろ。もし交渉決裂の場合は別の合図を出す」
「了解しました」
「同盟締結の交渉をしたいという話は、すでにヴァンダルベルク側に話しはつけてある。――――――そうだな?副隊長」
「はい、王子」
呼ばれたガレスが口をひらいた。
「私が幹部の皆さんと同行して同盟を結びたい趣旨の書面を渡し、さきほど了承の返事を頂いて参りました」
(そうか、だから彼はこの部屋へ入った時に『任務完了』と言っていたのか)
しかし、若いのにしっかりしてるな~。
レオンハルトは思わず関心してしまう。
「しかし、よく同盟交渉を承諾したな」
「ぜったい無理だと思ってたよ」
「ってことはヴァンダルベルクも切羽詰っているってことか?」
さまざまな意見が飛び交う。
「ヴァンダルベルクに交渉の話を持ちかけに行く途中で、今回の件が明るみになったんだ。だから国王直々に行く事が決まり、そのことをヴァンダルベルクに向かっている道中の者たちに追加で伝えるため、副隊長に行ってきてもらったんだ。彼は飛行魔法が得意だからな」
「どうにか間に合いました」
ベルナールが心配そうに言う。
「国王が行くとなると、おおがかりになりそうですが、大丈夫なのでしょうか?」
アレクシスがうなづいた。
「ああ勿論、配慮しなければならない。今回は周辺諸国に悟られぬよう、内密に事を運ばなければならない。だから、最小限の人数で行動することになる。人員に関しては、なるべくこの通りに決めてくれ」
そう言ってアレクシスは書類をバサッと机に置いた。
メイベリーがその書類を手に取る。
「はい、了解しました」
レイティアーズがふと口をひらいた。
「ところで王子。ヴァンダルベルクの幹部たちは、なぜドレアークの幹部になったのか、理由は判明しましたか?」
アレクシスは大きくため息を吐いた。
「ああ。ドレアークに連絡を取ったところ、ヴァンダルベルクの幹部たちは、自主的にドレアークに来たと言っているそうだ。ドレアーク側は何も働きかけていない。幹部にしたのはその能力を買っての事らしい」
ロベールが皮肉げに笑う。
「ふん、案の定、だな。なんとでも言える」
アレクシスも乾いた笑みを浮かべる。
「まあ、ヴァンダルベルクを去った理由として、国の方針に不満を持っているという事は言っているらしいが」
隊員のひとりが口をひらく。
「理由だけは事実らしいな」
「なぜ同盟国のコルセアやアラザスに行かないのかというのは、やはり、この三国に共通するのは、平和主義だからだ。やはり、平和主義に不満を持っている、という事かもしれんな」
別の隊員たちが口ぐちに言い、室内はざわざわしだした。
「あとは質問は無いな?私はこれで退室する」
アレクシスが椅子から立ち上がった。
隊員達も一斉に立ち上がる。
そして一礼した。
アレクシスはそれを一瞥し、そのまま来た時同様、颯爽とした足取りで退出した。
(なんだか、嵐のように去って行ったなあ・・・)
レオンハルトは思わず脱力し、机に突っ伏してしまう。
メイベリーが立ち上がる。
穏やかに微笑みながら皆を見る。
「では、今回の任務の具体的な話をしていきましょうか」
メイベリーが片手を上へかざす。
すると、奥の方から大きな紙が飛んできた。
「わっ」
思わず声を上げる。
(ま、魔法・・・?)
も、もしかして彼も凄い魔道士・・・?
そんなレオンハルトに気づき、ロベールが教える。
「メイベリーは上級魔道士だよ。レベル的には、そうだな、ダンダリアンとかと同じくらいじゃないか?」
「ええ!?」
(そんな上級魔道士が近くにゴロゴロいるなんて!)
飛んできたのは、一枚の大きなプラネイア大陸の地図だった。
――――――ちょうど、騎士団宿舎会議室にあったようなものと同じだ。
その地図は机に降りてきた。
メイベリーは手をかざした手を一度軽く振り上げる。
すると、その手から小さい光が放たれ、浮かび上がった。
「わ」
思わず声が出る。
綺麗なオレンジ色の淡い光が浮遊していた。
(これは・・・【灯火の光】?)
ダンダリアンが立入禁止書庫で見せた光魔法だ。
「――――――!」
(いや、違う)
レオンハルトは目を見張った。
その淡いオレンジ色の光が、二つ、三つと分裂し、それぞれ別の色になったのだ。
「現在レガリア国の同盟国は、ドレアーク王国とウィスタリア公国の二国」
メイベリーが国名を挙げるたび、その光が地図の中の国に吸収され、その国の形となって光りだした。
(すごい・・・これだと地図を見るのもわかりやすい)
「さすがだな、武器も使わず手ひとつでやってのけてる」
隣でロベールが感嘆した。
レオンハルトが小さい声でロベールに訊いた。
「あの魔法は【装飾の光】だね?」
ロベールが頷く。
「あれは光を灯す魔法【灯火の光】の応用編だな」
【装飾の光】に関しては、レオンハルトも実際見たことがあった。
王宮の晩餐会などでも使用したりして、雰囲気を出す目的で使われたりもする。
「燃えないし熱くも無い光を発生させる、色も自由自在さ」
「へえ、すごいね」
「まあただの光だから、あまり実戦向きではないけどな」
「ヴァンダルベルク王国の同盟国はアラザス公国とコルセア王国」
また、別の光が地図に浮かび上がる。
「そして今回の任務は、ヴァンダルベルク王国。場所は王宮」
ヴァンダルベルク王国の、王都――――――ヴァルディンが赤く光った。
(ここに、シュヴァルツがいる)
慣れ親しんだ、王宮。
メイベリーが手を下げ、書類に目を落とす。
そこに詳細が書かれているらしい。
「同盟交渉の日時は、国王就任式が終わった直後です」
(正式に国王になってからって事?)
「国王就任式はいつですか?」
隊員が訊く。
「二日後です」
(わあ!もうすぐだ!)
「就任式の最中は警備が式の方にとられるので、軍の総数、戦力確認をするならば、この時間帯に」
一度皆の顔を見て、続ける。
「そして就任式が終わったら、国王がヴァンダルベルク国王と話し合いの場を持ちます」
「そしてその後はアレクシス王子が言ったとおり、その間は我々の半分は待機、そして戦力を確認している班も任務を終了させ待機。そして交渉成立ならば、そのまま撤退。交渉不成立ならば、すぐにレオンハルト王子たちは王宮に向かってもらい、ヴァンダルベルク国王と再交渉してもらいます」
ひとおおり説明して、メイベリーが書類から目を離す。
「これがおおまかな流れですね」
「人員は?」
レイティアーズが訊いた。
「はい。人員は最小限で行かなければならないので、よく考えて決めなければなりません。騎士団からも二名、護衛として派遣されますが、大丈夫ですね?」
メイベリーがレイティアーズに確認する。
「ああ。騎士団に戻って話し合う」
またメイベリーは書類に目を落とす。
「それと、他に任務にあたるのは、外務大臣、王国警備兵数名、国王直属騎馬護衛隊二名、特務部隊からは国王側に一名とレオンハルト王子側に三名。特務部隊が三名なのは、ヴァンダルベルクの戦力を確認するための人数です」
ふと、ロベールが口をひらく。
「今回、僕は降りたほうがいいですね?」
「ええ!?」
レオンハルトは焦る。
メイベリーは悩む。
「うーん、そうですねえ・・・。これ以上人数をかけるのは無理ですねえ」
ロベールがレオンハルトを見る。
「だそうだ」
そ、そんなあ。
(ロベール、ついてこれないのお~?)
泣きそうだ。
だって、いつも行動を共にしてきたのだから。
「申し訳ありません。従者の方は、ふつうは王子に付くものですが」
「いえ、問題ありませんよ」
ロベールが飄々とした顔で言う。
(何が問題ないだよ!!)
「その分、特務部隊が全力でお守りしますので」
(い、いえ、守るとか、そこまでしてもらわなくても・・・)
なんだかこっちが申し訳なくなってくる。
僕だって、仕事でこの部隊へ入ったのだから。
すると、どこかから乾いた笑いが聞こえてきた。
(またか・・・)
嘲笑、といった方がいいかもしれない。
「では、みなさん、手順などをよく把握しておくように」
そこで話は終わりになった。
レイティアーズが席を立った。
「では、私もこれで失礼する。任務に就く人物が決まったら、またこちらへ連絡する」
メイベリーが声をかける。
「はい。よろしくお願いします」
特務部隊の隊員たちは、メイベリーを囲んで、任務にあたる人物を決める話をはじめた。
レオンハルトとロベールは何もする事がなくなったので、とりあえず部屋の中を散策した。