第35話 特務部隊(1)
「なんだと!?」
レガリア国王は我が耳を疑った。
国王執務室。
先ほどまでレオンハルト達と話をしていた。
その矢先。
「ヴァンダルベルク王国はどうなっているのだ!!」
怒声が部屋中に響き渡った。
「国王、どうか鎮めてください」
執事長が諭す。
国王は立ち上がりうろうろと部屋中を歩き回る。
「これが鎮まるわけがない!!なぜ、今ヴァンダルベルク王国上層部の一部の人間が、ドレアーク王国の役職に就かなければならないのだ!」
「まさか、同盟を結ぶため、とは考えられませんか?」
国王が立ち止り、うなる。
「うーん、ではなぜわざわざ我が国へ同盟を頼んできたのだ、という事になる」
「そうですよね、不可解です」
「埒が明かん。至急、ドレアーク王国へ連絡を」
「はい」
****
階段を下りると、大きな扉があった。
左奥と右奥に、一つずつ扉が見える。
「右が特務部隊の武器の格納庫。で、左が訓練場。ここが、会議室だ」
そうレイティアーズが説明し、真ん中の大きな扉に手をかける。
「あれ?宿舎は?」
「宿舎は階段を上がる前にあったんだ。さすがに地下には住めんだろう」
「ふうん」
「この王宮の右側の建物は、少し配置が複雑になっているんだ」
「特務部隊は二十年前は無かったからね」
うなづきながらロベールが言った。
「あれ、そうだっけ」
「二十年前の戦争が終わってから作られたそうだ。王宮の右側の方は戦争が終わってから、さまざまなものを増設してきたから少し複雑な配置になっている。必ずしも部隊のすぐ近くに宿舎があるわけではないということだ」
「へえ・・・」
ギイイ
扉を開ける音が、無機質に地下に響く。
地下という事もあり、温度は下がっているのもあるが、全体的にどこか冷たいかんじがする。
いわばここだけ堅固な要塞のようである。
騎士団宿舎とは大違いだ。
「こ、こんにちは・・・」
恐る恐る室内へ入る。
「やあ、お待ちしておりましたよ」
カタン、と椅子を鳴らし立ち上がった。
柔和な笑みを浮かべているすらりとした長身の男性が一人。
笑顔で迎えてくれた。
レオンハルトはホッと安堵する。
彼が近づいてくる。
「はじめまして、ではないですよね」
「えっ?」
「何度か王宮で会ってるだろ」
ロベールが耳打ちする。
「え・・・」
(どうしよう、覚えてない・・・)
金色に近い茶色の髪、顎髭が少しあり、綺麗にそろえられていた。
黒縁の丸い眼鏡をしているので、どこか騎士団のダンダリアンを思わせる。
年齢は、レイティアーズやフィリップたちよりも十歳以上は年上のような気がする。
すると、その男性が笑った。
「王子ともあろうお方は、忙しいですから、私などの事は覚えておられないでしょう」
(うーん、皮肉なのか、本心からなのか・・・)
見ると彼はまだニコニコしていた。
掴みどころのないかんじだ。
「私は、メイベリー=ベルナールと申します。この特務部隊の隊長です」
「よ、よろしくお願いします」
レオンハルトはお辞儀した。
会議室の奥の方にも数名の隊員だろうか、彼らが座っていて、こちらを黙視していた。
(なんか、視線が痛いような・・・?)
「しかし、王子に来ていただけるとは、光栄ですね」
「そ、そんな・・・」
照れる。
「真に受けるなよ、お前は」
社交辞令だよ、とロベールがボソリと言った。
「話はきいておりますよ。どうぞ、こちらへおかけください」
(あ!その前に!)
「レオンハルト?」
ロベールの声を無視し、レオンハルトはこちらを黙ってみている団員たちの方へ行く。
「あ、あの、特務部隊に配属になりました、レオンハルトです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
「・・・・・・」
隊員たちは無言だ。
「お前たち、失礼ですよ。挨拶しなさい」
向こうで隊長のメイベリーが注意する。
「・・・よろしく」
すると、ボソリとひとり、またひとりとバラバラに言った。
(ま、まあ、こんなものか・・・)
それを聞いてレオンハルトは戻った。
レオンハルトが戻る途中。
「王子だからって簡単にこの仕事ができると思うなよ」
ボソリと誰かがつぶやいた。
(な――――――っ!)
思わずレオンハルトが振り返る。
が、みなが何事も無かったかのように、無言だ。
誰が言ったのかはわからない。
―――――いや、みんながそう思っているのかもしれない。
(き、気にしない気にしない)
しかし、まさかここへ来て陰口を叩かれるとは思わなかったな。
騎士団の団員たちとは、多かれ少なかれ昔からコミュニケーションがあったから、すんなり入っていけた。
しかし、ここは未知の世界。
レオンハルトは急に、まったく知らない場所に放り込まれた猫のように心細くなってしまった。
騎士団会議室のような、長いテーブルがそこにはいくつかあった。
三人はそこへ座った。
「レオンハルト?どうした?」
ロベールがレオンハルトの様子に訝しむ。
「え?な、なんでもないよ?」
「そうか」
「お二方の事も、お互いに存じ上げておりますので、自己紹介は割愛しましょうか」
レイティアーズとロベールは同時に無言でうなづいた。
「では、すぐに本題に入りましょう」
すると。
コンコン
扉をたたく音。
「はい」
「ただいま戻りました」
「ああ、副隊長。ご苦労様でした。どうでしたか?」
少し興奮したかんじで、ほおを紅潮させ入ってきた。
(副隊長・・・?この人が?)
短髪の銀灰色の髪がツンツン立っている。
(若い。僕と同じくらい?)
だがその切れ長の瞳は、射抜くように鋭い。
その目がチラリとこちらに向くが、話しはじめた。
「はい。滞りなく、無事に任務完了しました」
(任務・・・?)
「それは良かった」
メイベリーは心底ホッとしているかんじだ。
だが、すぐに、先ほどとは違って少し言いにくそうにする。
「それと・・・、国王側からの連絡事項なのですが・・・」
「なんです?」
メイベリーが促した。
「はい。・・・ヴァンダルベルクの幹部の一部が、国を離れドレアークの幹部に就任したそうです」
「な!?」
「なに!?」
そこにいた全員が驚いた。
「どういうことだ・・・!」
「寝返ったということか・・・!?」
みな口ぐちに声をあげる。
ロベールが腕組みをする。
「ということは国王を暗殺したのは王子ではなくそいつらの可能性もあるな」
「そ、そうだよね」
(シュヴァルツの汚名が返上される・・・)
「副隊長、詳しく話してくれないか」
メイベリーが言った。
副隊長がうなづいた。
「その人物たちは、ヴァンダルベルク王国に不満を持った者たちだそうです」
「やはり危険分子があの国にいたか」
「あ・・・」
気づくと、奥で黙って座っていた隊員たちもこちらへ来ていた。
彼らは、諜報活動なども行う。
ということは、ヴァンダルベルクの内情にも少しは通じているのだ。
(でも、そこまでひどい国なの?ヴァンダルベルクは)
レオンハルトには疑問だらけだ。
「一体何が不満なの?平和主義を掲げた素晴らしい国じゃないか」
すると、隊長メイベリーがあいかわらずの穏やかな顔で言った。
「平和主義、ということに不信感をもちはじめ、しだいにそれが不満へと変わっていったのでは・・・」
「そんなことがあるの・・・」
レオンハルトには理解できない。
「で、そいつらが国王暗殺を謀ったのか?」
ロベールがきく。
「そこはわかりません」
副隊長がかぶりを振る。
ロベールが苛立つ。
「仮に国王を殺したとして、その不満を持った者たちに何が残るというんだ。ただの暗殺者としてのレッテルしか残らない」
「だから、暗殺の犯人がそいつらかどうかは――――――」
ロベールの決めつけに、副隊長が焦った。
レイティアーズがふと気づき、口をひらく。
「―――――もし、もしも、国王暗殺の成功の報酬に、ドレアークの役職に就くことを保障されていたのであれば――――」
「怖い事考えるなよ」
ロベールが眉をひそめる。
「ロベール、あんたが話し始めたんだろう」
レイティアーズは苦笑する。
ロベールはげんなりする。
「ますますドレアークが信用できなくなる」
「うん。しかし、一連の流れとしてはつじつまが合いますね」
メイベリーが賛同した。
「隊長まで・・・」
副隊長があきれ顔になった。
メイベリーはにこりと笑う。
「まあ、憶測はそこまでにして、本題に入りましょうか」
「あ!それと!」
副隊長が思い出したように大声を出した。
「国王も参加されるそうです」
「何に?」
「今回の同盟を結ぶ件です」
「え―――――?」