第34話 解任
「え!?どういう事!?」
レオンハルトは混乱していた。
ここは国王の執務室。
ついこの間―――――ロベールと一緒にゴールドローズに行った事を報告した時に来たばかりだ。
ロベールは今回も付き添い一緒に部屋に入る事を許された。
しかし。
「どういう事ですか、国王」
怒りをにじませた声で国王に詰め寄るロベール。
「ロベール、離れなさい」
執事長が静かに言う。
「国王。だから私はロベールは一緒に入らせるべきではないと申し上げたのに」
ギロリ、とロベールが執事長の方を向く。
レオンハルトは茫然としてた。
そんなレオンハルトの代わりに、ロベールが怒りの声を上げた。
「なぜ、レオンハルトが騎士団を辞めなければならないんですか!」
****
入室して早々、通告された。
「レオンハルト、お前には騎士団を辞めてもらう」
「はい?え?え?」
だめだ。思考が追い付かない。
そして先ほどのロベールの怒りの声だ。
「なぜレオンハルトが騎士団を辞めなければいけないんですか!」
「ロベール、黙って聞いていなさい」
国王にそう強く言われたら、ロベールでさえもぐっと引き下がるしかない。
「騎士団ではなく、特務部隊に入ってもらう」
「特務部隊!?」
また予想外な話が出てきたぞ。
「特務部隊はまだ王族の人間が入っていない。だから、そこへ行きなさい。戦争が起きれば、特務部隊の活躍も増え、人数が足りなくなるかもしれんしなあ」
(ほんとにそんな理由?)
なんだか、僕なんかが騎士団にいても、活躍できないとでも言っているような気がする。
(僕、魔法がやっと使えたのに、だから、騎士団でも少しでも役に立てるかと思ってたのに・・・)
その矢先に。
ぎゅっと拳を握る。
いったん引き下がったロベールだが、またスッと前へ出た。
「失礼ですが国王。特務部隊はそれ相応の特殊な訓練を受けた者しか入れないところ」
チラリとレオンハルトを見て、続ける。
「レオンハルト王子がそのような訓練を受けた形跡は無いと思われますが」
確かに特務部隊は、騎士団で戦いの訓練をするのとはまた違う訓練を行う。
勿論、戦闘訓練も行うが、大きな立ち回りなどは目立ちすぎてしまうため、もっと特別な戦闘訓練をする。
どんなものなのかは入隊してみないとわからない、謎の多い組織である。
国王はうなづいた。
「うむ。確かにそのとおりだ、ロベール」
「では・・・」
ロベールの言うのを待たず、国王が話し始める。
「しかしだ、ロベール。レオンハルトにしか出来ない仕事もあるはずだ」
「え?」
そう言われて驚いたのはレオンハルト本人だ。
(僕にしか出来ない仕事・・・?)
「まあ、とにかくそういう事だから、よろしく頼む。ロベールも、レオンハルトに付いて助けてやってくれ」
「そういうわけと言われましても・・・」
ロベールはまだ不満げだ。
勿論、僕だって不満だ。
特務部隊が嫌だというわけではなく、騎士団でまだ何もやっていないからだ。
(ああ、それに・・・)
『最後までやり通してみろ』
レイティアーズに、言われたばかりなんだ。
彼に、そう励まされて、やる気になった。
それなのに、申し訳ないよ。
彼に合わせる顔が無い・・・
「レイティアーズ、ここへ」
国王が扉の向こうへ声をかけた。
「はい」
「えええっ!!?」
(なにこの展開・・・)
ロベールも驚いて後ろを振り向く。
扉が開き、レイティアーズが現れた。
相変わらずの着衣や髪の乱れなどなく、騎士団の制服をビシッと着こなしている。
「レイティアーズ、君は休息を取れたかね?」
「ええ、おかげ様で」
飄々としたその綺麗な顔からは、彼がどんな気持ちなのか見て取れない。
(なぜ、レイティアーズがここへ?)
執事長が扉の外を確認しそのまま外へ出て、扉を閉めた。
「大事な話だからな」
訝しむレオンハルト達に国王が言った。
誰も通さないように、部屋の前で待機するつもりなのだろうか。
(何事・・・)
レオンハルトはただただ国王の話す言葉を待つしかない。
国王がレオンハルトの方を見て笑顔を作る。
「お前にしか出来ない事があると、言ったであろう?」
「!?」
「いや、頼みたい事、とでも言おうか」
ますます訳が分からない。
「国王、騎士団会議もありますので、手短にお願いします」
「おお、そうだった。では、本題に入る」
国王が三人を順番に見た。
「ある任務を行ってほしい」
「任務・・・」
国王は机に広げられたプラネイア大陸の地図に目を落とした。
「ヴァンダルベルク王国に、潜入してほしいのだ」
「せ、潜入!?」
「しっ、声が大きい」
ロベールに注意された。
「ご、ごめ・・・」
レオンハルトは思わず口元を両手で隠した。
レイティアーズが冷静に訊く。
「潜入して、何をしろと?」
「実はな、ドレアーク王国から打診があったのだが、ヴァンダルベルクと同盟を結んでほしいそうだ」
「なっ・・・!」
誰も知らない新事実。
「レガリア国とドレアーク王国、ウィスタリア公国の三国間同盟に、ヴァンダルベルクも加える、ということですか?」
「そうだ」
「なぜ、また同盟を?」
「アラザスと戦争になれば、ヴァンダルベルクも参戦する可能性もある。今この状況に乗じて、というのは忍びないが、国王が死去し暗殺により混乱をきたした国に、同盟話をもっていけば案外受け入れる事もあるかもしれん」
不満げな顔をしたレイティアーズが口をひらく。
「しかしヴァンダルベルクは既にコルセア王国とも同盟を組んでいます。コルセアとて、けっして弱い国ではありません」
国王がうなづいた。
「もちろん、コルセアにも表面化で同盟話を持ちかけているらしい」
ロベールがはんっと鼻で笑った。
「アラザスだけ蚊帳の外、という事になりますね。ひどい話だ」
そう憎々しげに吐き捨てた。
国王が笑った。
「お前たちの気持ちはわかる。しかし、強国にするには、念には念を入れて、さまざまな所に張り巡らせねばならない、ということだよ」
(誰のための強国なんだろう?)
ふと、レオンハルトは不思議に思う。
「うちだとて、一方的に同盟が破棄され、ヴァンダルベルクからの魔石供給がストップし損失を被っている。レガリア国にとっても、またとない機会だ」
「・・・・・・」
ロベールは相変わらず皮肉げだ。
「しかし、国王が亡くなってすぐに同盟を結ぼうとするなど、まるで国王が亡くなるのを待っていたようではないですか?」
「暗殺はドレアーク王国がやった事ではないぞ」
「ふ。ではドレアークはヴァンダルベルクの新しい国王を懐柔しようとしているのですか?果たして懐柔できるのでしょうか?」
「新しく王になるのだ。まだ経験が浅い。王として他国との外交ができるかは未知数だよ」
「たとえ王として経験が浅くても、一国の王を懐柔するなど出来るわけが無いと思います。第一、優秀な部下たちもついているだろうに」
国王はふときづく。
「ああ、部下は優秀そうだ。王子の右腕のアラムは、とても頭が切れるときいた」
(アラム・・・)
今頃、どうしているだろうか。
レイティアーズが今度は話しはじめた。
「そのような優秀な部下たちがいる中で、こちら側から同盟を切ったのですから、そう、上手くいくでしょうか」
「もちろん、それはわかる。今更なんだ、とヴァンダルベルクは思うかもしれん。だが・・・」
レイティアーズが国王の言葉に続ける。
「国王が代われば・・・」
国王がうなづいた。
「そのとおりだ。ヴァンダルベルク王国の方も、今は混乱がおさまってきて、新しい国王の就任式が行われるそうなんだ」
「就任式?」
(新しい国王・・・)
「まあ、混乱を鎮めるには手っ取り早い方法ですね」
「その就任式の最中に潜入して、軍の総数などの軍事力を確認してきてほしい」
「それだけではないでしょう?」
レイティアーズが鋭い視線を国王へ投げる。
「もちろん。一番重要なのは、レオンハルト、お前の働きだよ」
「えっ!?僕!?」
「新しい国王は、シュヴァルツ王子だ」
「あ・・・、そ、そうだよね・・・」
ヴァンダルベルクの国王には、子供は一人しかいない。
その子がシュヴァルツだ。
順当にいけば、シュヴァルツが次期国王なのだろう。
「同盟を結ぶように、シュヴァルツ王子を説得してほしい」
「えええ!」
(それを僕がやるの!?)
「できるか?」
国王がじっとレオンハルトを見る。
(で、でででで出来るかなんて、そんなの、わからないよ―――――――)
今すぐ逃げ出したくなった。
ロベールが少し皮肉めいた口調ではなしはじめた。。
「ドレアークがやるべきではないですか?彼らがヴァンダルベルクと同盟を結びたいのでしょう?」
「まあ、もっとだが。だが、彼らはレオンハルトがシュヴァルツ王子と旧知の仲だと知っている。だからこそ、仲の良いよしみで、穏便に同盟関係を締結させることができるはずだと踏んだ」
(そ、そんなあ)
誰かに助け舟を出したいような気分だよ。
国王が黙り、何か考え事をする。
「まあ、どうしても無理だと言うのであれば、私が直接行ってみよう」
「え!」
「私も彼の事は小さいころから知っているしな」
「え!え、え、え、」
(父さんは、そこまで・・!?)
「もう!わ、わかりましたよ!やりますよ!」
(もう、ヤケクソだ・・・!)
「そうか、助かるよ」
そう言って笑顔になった。
(わざわざ父さんの手を煩わせるくらいなら、その大役引き受けるよ!)
なにより、ヴァンダルベルク王国と同盟を結ぶ事ができれば、またシュヴァルツと一緒にいられる。
(だから、そのために成功させよう)
「それで、レイティアーズに来てもらったのは、騎士団からも今回の潜入任務に二人ほど護衛として参加してほしいからなんだ」
「そうですか。わかりました、騎士団宿舎に行って話し合います」
「そうか。事が事だけに、内密に頼むよ」
話はとりあえず終わった。
終わったかのように思えたが、レイティアーズが話しだした。
「国王。この任務はレオンハルト王子にやらせるとしても、騎士団をやめなくてもいいのではないでしょうか?」
「レイティアーズ!?」
(な、何を言い出すの!?)
レオンハルトは驚きと同時に、嬉しくなった。
そんな事を言ってくれるなんて。
「なに?」
しかし、国王の表情が一変していた。
それでもレイティアーズは続けた。
レオンハルトは彼らのやり取りをハラハラしながら見守った。
「いや、やめてほしくない、と言った方がいいかもしれません」
国王は目を細め、冷笑する。
(え。こんな顔する父さんはじめて見た・・・)
「ほお・・・魔法も使えないのに、騎士団で戦えるとでも?」
国王にそう言われても、レイティアーズの表情は崩れない。
「先ほど、部屋の前で聞いておりましたが、『レオンハルトにしか出来ない仕事もある』そうですね?」
ぐっとつまる国王。
だがすぐに切り返す。
「騎士団でレオンハルトにしか出来ない事があるとでも?」
「そのとおりです」
レイティアーズは国王の目をじっと見ながら即答した。
国王もその目をじっと見る。
一瞬の間。
国王がガタンと椅子をならし立ち上がった。
「もう決まったことだ。どちらにせよ、お前たちが決めることではない、下がりなさい。あとは特務部隊に行き、説明を受けてほしい」
「・・・・・・」
(やっぱりダメだあ)
そして、みなが仕方なく退室しようとしたその時。
「レオンハルト」
「は、はい」
国王がレオンハルトの顔に近づき、耳打ちした。
「そのペンダントの魔石修理士が来るまで、魔法を使うな」
(え・・・)
魔法を使うな・・・?
なぜだろう。
思わず国王の顔を見る。
しかし、その真意をはかり知ることは出来ない。
「でも、どうして・・・」
「さあ、行け」
そう言って強引に背中を押された。
「あっ、と、父さん!」
(理由がわからないじゃないか!!)
「ロベール、ここへ」
次にロベールを呼んだ。
「僕、ここで待ってるよ」
レオンハルトは納得のいかない表情で扉の前に立った。
「お前たちは先に行っていろ」
国王がそう強い口調で命令した。
「そんな・・・」
執事長に外から引っ張り出されてしまい、今度こそ、退室せざる負えなかった。
****
「ロベールと、何の話をしているんだろう」
長い廊下をレイティアーズと並んで歩く。
二人は特務部隊の宿舎へ向かっていた。
その宿舎は、騎士団宿舎とは反対側の、王宮から向かって右手にある場所で、王宮の後ろ側に位置していた。
「さあな」
レオンハルトはチラリと隣のレイティアーズを見た。
「・・・さっきはありがとう」
「?」
「騎士団を辞めることは無いと言ってくれて」
「ああ」
レイティアーズが天井を見上げた。
「まだ何も騎士団で何もやっていないのに、いきなり人事異動とは、国王には本当に驚かされるよ」
「・・・うん。僕も頑張ろうと思ってたところだったんだ。なのに・・・」
レイティアーズが微笑み、レオンハルトの頭にポンと手を置く。
「また、いつか機会があれば、だな」
「うん・・・」
今は仕方ないけど、いつか、また・・・、
(レイティアーズたちと仕事できるといいな)
まっすぐ前を見て歩きながら、レイティアーズがおもむろにレオンハルトに言葉を投げかけた。
「魔石ペンダントは?」
「…ぐっ!、げほっごほっ」
あまりの唐突な発言に、何も飲み込んでいないのにレオンハルトはむせてしまった。
するとレイティアーズが立ち止り、クククと笑い声を出した。
「ちょ、なんで笑ってるさ!」
「す、すまん…今のがおかしくて、つい」
「なっ・・・!」
恥ずかしくなってきた。
(でも・・・)
レイティアーズがこんな風に笑うの、はじめて見たかも。
ひととおり笑ってから、レイティアーズはいつものキリリとした表情に戻った。
「悪かったな、笑ったりして。で、魔石の事だが、私は前から知っていた。お前が何か不思議な魔石をつけていることを」
「そ、そうなんだ、一応秘密にしなきゃいけないやつだったんだー」
ちょっとショック。
うまく隠し通せていた気がしてたのに。
「そうか。それは国王命令か?」
「う、うん。護身用の魔石なんだけどね、そこまで身を守ってもらわなくてもーってかんじだよね?」
「―――――護身用?」
「しかも、ひびが入ってしまってさ。さっきも父さん、近いうちに修理の人を頼むから、それまでは魔法は使わないようにって言うんだ、わっかんないよねー」
「―――――――――」
「あ、しまった。しゃべっちゃったよ」
思わず口元を手で隠すがもう遅い。
「そうか」
そのレオンハルトを気にもせず、レイティアーズは何か考えるように押し黙った。
歩いていると、ロベールも駆け付けた。
「ロベール!」
「遅くなった」
「ねえねえ、国王と何を話してきたの?」
レオンハルトは興味津々の表情だ。
「え?ああ、仕事の話だよ」
彼にしてはめずらしく、少し歯切れが悪い。
レイティアーズはそんなロベールをただジッと見ていた。
ロベールは歩きながら、さきほどの執務室での事を思い出していた。
「いいか、ロベール、レオンハルトに魔法を使わせるな。それと、なるべく戦闘の無い場所を選べ」
「?何故ですか」
「あんに弱い魔法なら、使わない方がいいだろう」
(まったく理由になってないな)
「特別な理由が他にもあるのでは?それに戦闘の無い場所なんて、特務部隊にいたとしても、戦闘はありますよね?だとしたらずっと王宮に籠っていた方がいいのでは?」
「―――――――っ。とにかく、使わせるな、わかったな!これは命令だ!」
彼にしてはめずらしく、理不尽な命令だな。
(何かある・・・)
何かあるのはなんとなくわかってはいたが、それにしても。
「ここを下に降りる」
レイティアーズのその声で、ロベールは我に返った。
(まあ、調べるのは後回しだ)
やらなければならない事が山ほどあるからな。
見ると、そこは地下への階段だった。